第631話 さようならユグドラシルさん、いつかまた逢う日まで4
帰省を口にしたユグドラシルさんに対し、僕が了承の意思を示したところ――むしろユグドラシルさんは帰省を迷う様子を見せ始めた。
なるほどなるほど。――そういうことなら話は別だ。ユグドラシルさんが構わないのであれば、こちらとしてもユグドラシルさんの同行延長は願ったり叶ったり。
是非とも同行を続けていただきたい! このまま何日でも何ヶ月でも同行していただき、そして最終的に、ユグドラシルさんと一緒に世界旅行完走を目指したい!
と、思いきや――
「まさかなぁ……。まさか本当に帰ってしまうとは……」
あの話し合いから一週間後、ユグドラシルさんはエルフの森へ帰ってしまわれた……。
ユグドラシルさん曰く、自分から帰省を言い出したのだから、しっかりその言葉を守って帰るとのことだ……。
「こんなことなら、余計なことを言わずに引き止めればよかった……」
何を分別のある大人エルフのふりをして、『同行してくれたことに感謝しつつ、お見送りさせていただこうと思います』などと余計なことを言ってしまったのか……。
いっそのこと、でんぐり返ってジタバタしながら『ユグドラシルさん帰っちゃ、やーやーなのっ!』とでも駄々をこねていればよかった……。
いや、もう後の祭りか……。今さらそんなことを後悔しても仕方がない。
感謝しつつ見送ると僕も言ったのだし、ユグドラシルさんを見習って、僕も自分の言葉に責任を持つとしよう。
というわけで、今までの二ヶ月間、大変お世話になりました。
ありがとうユグドラシルさん。さようならユグドラシルさん、いつかまた逢う日まで――
「いつかまた…………十ヶ月後かな?」
とりあえず掟のノルマが終わるまで僕は帰れないので、次にユグドラシルさんと会うのは十ヶ月後になると思われる。
……というか、もしも十ヶ月以内に会えたとしたら、それはつまり掟を失敗したということであり、それはむしろ非常事態である。
「いやー、でも寂しいなー。この二ヶ月ずっと一緒だったからなー」
寂しい寂しい。あまりにも寂しいので、ユグドラシル神像を引っ張り出してきてテーブルに飾ってみた。
そしてテーブルの上で僕が項垂れていると――
「…………」
「んん?」
「…………」
「あ、リュミエスさん」
リュミエスさんだ。いつの間にやら僕の背後に忍び寄ってきて、肩をぽんぽんと叩かれた。
「…………」
「もしや、寂しがっている僕を慰めてくれたのですか?」
「…………」
「そうなのですね。ありがとうございますリュミエスさん」
わからんけど、たぶんそうなのだろう。優しいなぁリュミエスさん。
「ええはい、リュミエスさんの言う通りです。いつまでも下を向いてちゃダメですよね。僕も顔を上げて――え? なんですか?」
「…………」
「あ、はい、では行きましょうか」
クイクイと服を引っ張られ、庭に出るよう促された。どうやらこれから、リュミエスさんをタワシで磨くいつもの作業が始まるらしい。
あるいは、落ち込んでいる暇があったらさっさと私をタワシで磨けという魔王様からの命令だったのかも……。
いや、まぁそれがリュミエスさんなりの慰め方で、励まし方なのだろう。何か作業でもしていた方が気が紛れるとか、そんな心遣いなのだ。たぶんそう。きっとそう。そうだと信じよう。
◇
というわけで、いつものようにリュミエスさんをタワシでわしわしと洗っていく。
「予定通り、あと一週間ほどで全身洗い終わりますねー」
この作業もあと一週間で終わり。そう考えると、何やら名残惜しいような気持ちも湧いてくる。
……まぁ、それからすぐ二周目に突入したりしないかと、ちょっぴり不安も抱いていたりもするが。
「さてさて、それじゃあ流しますねー」
一声掛けてから、洗剤とアレクブラシで洗っていたリュミエスさんの左膝あたりに、『水魔法』の水をザバーっと掛けて流していく。
「そして仕上げにペーパーで水分を拭き取って…………んん?」
いつものように『ポケットティッシュ』能力でペーパーを取り出したところで、ふと思った。
このペーパーって……もうちょっと別の物にしたら良くない?
今のペーパーは、水をよく吸う厚手のキッチンタオルのような代物である。肌触りや吸水性は吟味したものの、要は水を拭き取るためだけのペーパーだ。
それでもいいのだけど、どうせならもっと別の――例えば、洗車シートのような物を取り出したらどうだろう。
洗車できて、ワックスもかけられて、撥水効果とか艶出しとかもできるやつ。そういうシートの方がいいんじゃないかな?
というか、むしろそれだけでよくない? 元々がピカピカなのだから、わざわざタワシで擦り洗いするよりも、そういうコーティング的な効果を優先した方が――
「…………?」
「――いえ、なんでもないです」
なんでもない。何もなかった。僕は何も気付かなかった。
少なくとも、それを今始めるわけにはいかない。――オリジナルアレクブラシを使っての伏線回収という目的がどこかへ飛んでいってしまう。
というわけで、僕は何も気付かなかったことにして、無心でリュミエスさんの左膝を拭いていく。
すると、その作業中に――
「――アレク」
「おや、ジスレアさん」
ジスレアさんだ。ジスレアさんも庭に出てきたようだ。
「ちょうど今終わったところなんですよ。どうですか?」
「うん? 何が?」
「リュミエスさん磨きです。今日は左の膝あたりを磨いてみました。どうでしょう」
僕が感想を求めると、ジスレアさんはリュミエスさんの膝をじっと見つめてから――
「何も変わっていないように見える」
「…………」
おぉ……。そうもきっぱり言いきってしまうのか……。
ここ三週間ほど、僕が毎日のようにリュミエスさんを磨いていたことはジスレアさんも知っているだろうに、それでもそのセリフを言い放つか……。
――いや、むしろジスレアさんはこうでなくては困る。
さすがだジスレアさん。ブレないな。なんだか一本芯が通っているように感じる。素晴らしい。ブラボーだジスレアさん。
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