第630話 さようならユグドラシルさん、いつかまた逢う日まで3
カークおじさん宅の庭にて、今日も今日とて――伏線回収。
異世界のドラゴンをタワシでピカピカに磨いて仲良くなるという伏線を回収するため、竜形態のリュミエスさんをタワシでわしわしと磨いていた。
「んー、でもどうなんですかね」
「…………」
「こうしてオリジナルアレクブラシを毎日使っていて思ったのですが、案外ただのブラシってわけでもないんですかね」
「…………」
「もう貰ってから十五年になりますが、まだまだブラシとして問題なく使えます。普通はもっと劣化しそうなものですよね」
「…………」
そんなふうにリュミエスさんと会話を続けて――うん、会話だ。あくまでこれは会話なのだ。
なんかひたすら僕が独り言を呟いているようにも見えるし、あるいは僕がリュミエスさんにガン無視されているようにも見えてしまうが、これは僕とリュミエスさんの会話なのだ。
さておき、オリジナルアレクブラシの件である。十五年という歳月が流れたにも関わらず、まだまだアレクブラシは貰ったときの状態をキープしている。すり減ってヘタったり、毛が抜けて痩せ細ったりといったことも起きていない。
そう考えると、やはりただのタワシではないのだろうか? さすがはチートルーレット産のチートアイテムといったところなのか?
……でもまぁ、これがチートアイテムかっていうと、それもちょっと微妙だよね。
どうなんだろう。『すごく丈夫なタワシ』って、チートアイテムなのかな……?
「やっぱりちゃんとしたチート能力も期待したいなぁ……」
「…………」
まだそこを諦めきれない。特別な力を秘めている可能性を捨てたくはない……。
そんなことを願いつつも、今はただのタワシとしてアレクブラシを活用するあべこべな日々よ……。
「さて、今日はこのくらいにしておきますか」
「…………」
「また明日も時間があったらやりましょう」
「…………」
相変わらずの無言ではあるけれど、別に嫌がっているわけではないのよね。
僕が声を掛けると付いてきてくれるし、あるいはリュミエスさんの方から誘われることもある。……無言で僕の前に立ち、じっと僕を見てくるのだ。
最初はリュミエスさんの意図がわからなくて、どうしたのだろうと小首を傾げることしかできなかった。そうしたところ、軽く腕を引っ張られ、庭まで連れていかれ、それからリュミエスさんが竜に変身したのだ。
そこでようやく僕もリュミエスさんの意図に気付いたわけだが……一瞬、また攫われてしまうのかと勘違いしてしまった。
というか、普通に攫おうと思えば攫えたはずで、リュミエスさんにその気がなくて良かったねって話でもある……。
もしもこれで本当に攫われていたら、攫われるまでの展開があまりにも迂闊すぎて間抜けすぎるでしょうよ……。
そんなことを思い返しつつ、今日の作業を終えて、僕が後片付けをしていると――
「ん、今日はもう終わりか?」
「あ、ユグドラシルさん」
ユグドラシルさんも庭に出てきたようだ。僕が磨き上げたばかりのリュミエスさんを見上げている。
「ちょうど今終わったところなんですよ。どうですか?」
「……え? あ、えぇと、そうじゃな。ピカピカじゃな」
「……ええはい、そうでしょうとも」
いかんいかん。ついうっかり感想を求めてしまった。実際には何ひとつ変わっていないというのに、ユグドラシルさんに気を遣わせてしまった。
「ちなみにですが、今日でようやく半分終わりました」
「半分? そうなのか?」
「右半身は磨き終わった感じです」
「ほー? それで、掛かった日数が――」
「二週間ですね」
ここまで二週間掛かった。いろいろと試行錯誤しながらの二週間であった。
まずは足場を作って組むところから始まり、それから効果がありそうな洗剤をいくつか見繕ってみたりして、アレクブラシでの磨き方にも頭を悩ませ、水の掛け方も工夫して、水を拭き取る『ポケットティッシュ』も吟味して――
その結果が――変化なしである。
……まぁやる前からそんな気はしていた。なんというか、元が美しすぎるんだよね。とても美しい漆黒。もうそういうものなのかな。暗黒竜だから、もうどうやったって綺麗なのかね。
「ユグドラシルさんはどうです? ユグドラシルさんにはどう見えます?」
「む、いや、わしは……その、なんというか……」
「――やっぱり、ピカピカですか?」
「え?」
「僕が磨き上げた右半身は、ピカピカじゃないですか?」
「それは……うむ。そうじゃな、ピカピカじゃな……」
「そうですよね。そしてさらに二週間後には、全身ピカピカになっているのでしょうねぇ」
「う、うむ……」
とかなんとか、つい感想を求めてしまった。実際には何ひとつ変わっていないし、これからも変わらないであろうに、しどろもどろで困るユグドラシルさんを面白がったり、そしてさらには自分の求める感想を強要してしまった。
いかんいかん。そろそろ怒られそうなのでやめておこう。
「……ところで、アレクよ」
「はい? なんですか?」
「わしはそろそろ――森に帰ろうかと思う」
「え……?」
――えぇ!? なんだって! ユグドラシルさんが森に帰るだって!?
「な、何故ですか!? 怒ったのですか!?」
「うん? 怒った? なんの話じゃ? 別に怒ってはおらんが」
「じゃあ何故です!? 急にどうしたのですか!?」
「別に急でもないのじゃが……」
「む……」
……まぁそうか。全然急ではないな。むしろしょっちゅう言っているもんな。
「そうですか、帰省を希望しますか……」
「うむ」
「えぇと……じゃあまた狩りに行きますか?」
「……そうではない。狩りに誘ってほしくて帰ると言い出したわけではない」
「なるほど……」
違うらしい。構ってほしくて帰ると言い出したわけではないらしい。というか、今更ながらその扱いはあまりにも不敬である。
でも狩りに誘ったら、また付いてきてくれて、それでしばらく引き止められそうな気もするけど……。
であれば引き止めたい。僕としては是非とも引き止めたいところではあるけれど……。
「とはいえ……二ヶ月ですか」
「うん?」
「なんだかんだでカーク村での滞在も一ヶ月半が経過しました。世界旅行全体で考えると二ヶ月経過です。つまりユグドラシルさんにも、二ヶ月付き合ってもらったことになります」
「まぁそうじゃな」
「二ヶ月も僕のワガママに付き合わせてしまい、申し訳ないと思っていたのです」
「……思っていたのか」
「それは思っていましたよ」
「そうなのか……」
なんですかその反応は。まさか思っていないと思っていたのですか? まさか僕のことを、厚かましくて図々しくて非常識なエルフだと思っていたわけじゃあないでしょうね。違いますよ? それは違いますとも。
「なのでユグドラシルさんのお気持ちが固いようでしたら、今まで同行してくれたことに感謝しつつ、お見送りさせていただこうと思います」
こういう提案もできるのだ。なにせ僕は控えめで慎み深くて常識のあるエルフなもので。
……でもやっぱり寂しいけどね。そりゃあ寂しい。
とはいえ、これからまだまだ世界旅行は続くのだ。ずっと一緒にいられるわけでもなくて、いつかは別れが来るもの。であれば今の二ヶ月というのも、良い区切りなのではないだろうか。
「というわけなのですが、どうでしょう」
「ふーむ……」
「ユグドラシルさん?」
「う、うむ……。いざ本当に帰るとなると、なんだかわしも躊躇してしまい……」
「…………」
これもう本当に何ヶ月でも同行してくれるんじゃないかな……?
このまま一緒に世界旅行を完走してくれそうな雰囲気すら漂っている……。
しかしユグドラシルさん、これでやっぱり帰らないってことになると、先ほどの『帰る』発言が、本当に『構ってほしくて帰ると言い出した』ってことになってしまいますが……。
ええまぁ、僕はいいんですけどね、なんか微笑ましいし。
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