第628話 ミスリード
とりあえず平身低頭の構えでユグドラシルさんに謝罪し、『寂しいのでもう少し居てください』と懇願したところ、『仕方ないのう』とユグドラシルさんも許してくれた。
さすがは慈愛の女神ユグドラシルさんだ。とても優しい。優しさに満ち溢れている。ちょろいとか言ってはいけない。
そんなわけでユグドラシルさんとも仲直りできて、引っ付いていたリュミエスさんも断腸の思いで引き剥がし、三人での狩りを再開した。
それからユグドラシルさんの豪快な戦闘や、竜へと変身したリュミエスさんの迫力ある戦闘を見学させていただき、相変わらず僕自身は大して狩りをしていないが、なんとなく今回の狩りに満足していると――
「あ、そういえば……」
「ん?」
ふと思い出したことがある。竜の姿に変身したリュミエスさんを見たことで、うっかり忘れていた遠い記憶を思い出した。
「どうかしたのか?」
「あー、はい、できたらリュミエスさんにお願いしたいことがありまして……」
「ふむ? お願い? なんだかわからんが、頼んでみたらよいのではないか? お主は気に入られているようじゃから、よっぽどのことでなければ引き受けてくれるじゃろう」
「ええまぁ、そうだといいのですが……」
ユグドラシルさんに言われて、チラッとリュミエスさんに視線を移す。
「…………」
「んー……」
ここでにっこり笑顔で頷いてくれたら僕も頼みやすいのだけど、あいにくとリュミエスさんはいつもの無表情。そうなると、こちらもちょっと躊躇してしまう。
「どうした? よっぽどのことでなければ――もしや、よっぽどのことなのか? いかがわしい願いを頼もうとしているのか……?」
「いやいやいや……」
お願いを躊躇した僕を見て、何やらユグドラシルさんがいかがわしい妄想を始めてしまったらしい。
やめてくださいユグドラシルさん、余計お願いしづらくなってしまうじゃないですか。別にそんなんじゃないです。いかがわしいお願いではないですとも。
でもまぁ、ちょっと変なお願いではあるかもしれなくて……。
「で、なんなのじゃ?」
「んー、なんと言いますか――これなんですけど」
僕は自分のマジックバッグをさぐり、ある物を取り出した。
そして、みんなに提示したのが――
「アレクブラシ?」
「まぁそうですね」
アレクブラシだ。もはやこの世界では『アレクブラシ』の名前が浸透しすぎて、僕ですら『タワシ』と訂正する気も起きなくなっているアレクブラシである。
だがしかし、これはただのアレクブラシではなくて――
「原初のアレクブラシです」
「うん? げん……何?」
「オリジナルのアレクブラシ。一番最初に貰ったアレクブラシなのです」
「一番最初? む、それは…………なるほど、つまり例のアレクブラシじゃな?」
「そういうことです」
つまりこれは、僕が転生前のチートルーレットで手に入れたアレクブラシだ。
僕の事情を知らないリュミエスさんが目の前にいるので、若干言葉を濁しながらだけど、さっきの説明でユグドラシルさんも理解してくれたらしい。
……ふむ。こうしてユグドラシルさんも気を遣ってくれたことだし、僕もアレクブラシに関しては気を付けて喋らないといけないね。
なので、とりあえずオリジナルアレクブラシの説明としては――
「つまり、ユグドラシルさんに貰ったアレクブラシですね」
「……は?」
おぉ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔だ。
そんな鳩豆の顔をユグドラシルさんがしている。
「夢の中にユグドラシルさんが現れて、ユグドラシルさんが枕元に置いてくれたアレクブラシです」
「なんの話じゃ……? お主はいったい何を――――あ、そうか、そういえばそうじゃったな……」
そうなのですよ。一応この世界ではそういう設定になっているのですよ。
「僕が五歳の頃でしたかね。寝ているうちにユグドラシルさんと出会って、起きたら枕元にアレクブラシが――あ、でも正確にはちょっと違ったかな? アレクブラシそのものを贈られたわけじゃなくて、毎週パーツが送られてきたんでしたっけ?」
「うむ……。そうじゃのう……」
そんな感じで、何故か『デアゴス◯ィーニ』の『週刊タワシ』っぽい話になったはずだ。なんか流れでそうなってしまった記憶。
……今振り返っても、あまりにも荒唐無稽すぎる作り話である。
しかし僕がでっち上げた荒唐無稽な作り話も、ついにはでっち上げられた本人にも認めさせることになってしまったようで、それもなんだかすごい話で……というか、申し訳ない話である。
「あ、そういえばリュミエスさんはアレクブラシを知っているのでしょうか? どうやら魔界でも売り出しているようですが」
「…………」
「えぇと、知っている感じですかね?」
「…………」
「あ、知っているんですね」
リアクションが薄くてわかりづらいが、ほんのちょっと頷いている様子が見えた。知っているらしい。
……そうか、普通に知っているんだな。本当に魔界にまでアレクブラシは浸透しているのか。
「ではリュミエスさんもアレクブラシ自体は知っているとのことで、こちらのオリジナルアレクブラシの事情も詳しく説明させていただきたいと思います」
はてさて、ここからが大変だ。真実を伝えることはできないけれど、まるっきり嘘を教えるのも気が引ける。そのあたり、上手いこと考えて説明しないといけない。
「すべての始まりは、まだ僕がエルフの神ユグドラシルさんと知り合う前のことで、正直僕は神様がどういう存在かわかっていなかったのですが――でもまぁ結果的に、このアレクブラシは神様からの贈り物ということになるのでしょうね」
――とかなんとか話し始めてみた。
ちなみにここで言っている神様とは――ディースさんのことである。
セリフの冒頭で『エルフの神ユグドラシルさん』などと言っておきながら、次に出てくる『神様』とはディースさんのこと。
喋っていることは別に嘘ではないが、まるっきり真実というわけでもない。意図的に相手を誤解させる物言い――いわゆるミスリードというやつだ。
そして、当然ユグドラシルさんはこのミスリードに気付いたらしく、複雑そうな顔をしている。
そんなユグドラシルさんを尻目に、僕は虚実入り混じった説明をリュミエスさんに伝えていく。
「というわけで、僕は眠っている間に神様と出会ったわけです」
ちなみにこれは、僕が五歳の頃の話ではなく――転生時の話である。
確かに僕は眠っていた。深い眠りに付いていた。というより永眠だった。前世の佐々木が永眠し、それから僕は天界でミコトさんやディースさんと出会ったのだ。
「その後に神様から、アレクブラシを貰うことになったわけです」
貰ったと言うか、ルーレットで引き当てたと言うか、まぁそんな感じだ。
「僕としては、あまりにも意味がわからなすぎて、この神様はいったい何を考えているのか、この神様はちょっとおかしいんじゃないかと疑いを持ってしまったほどで――いたたたたたた」
話している最中、ユグドラシルさんからウッドクローを受けてしまった。
ち、違いますよユグドラシルさん、今のはユグドラシルさんじゃなくてディースさんのことです。ディースさんへの疑義だったのです。
「……えぇと、それでですね、とりあえず神様の贈り物ですし、何か特別な力を秘めているのではないかと考えて、僕もいろいろと試してみました。初めて狩りをしたときなんかは、もしかしたら身を守ってくれるんじゃないかと服に忍ばせてみたり……。僕では勝てそうもない強敵ワイルドボアと遭遇したときも、秘められた力でやっつけてくれるんじゃないかと投げ付けてみたり……」
これらは全部本当のことだ。思えばいろいろやったよねぇ。転生してからこれまで、要所要所でアレクブラシは僕に絡んできた気がする。
……まぁ、どうにかこうにか活躍させようと僕が無駄に手を尽くした感もあるけど。
「しかし結局なんの役にも立たず、やはりただの日用品なのではないかと……。あの神様は、妙に大げさな催しを開いたわりに、ただの日用品を渡してきただけなのではないかと……。やはりあの神様は、ちょっとおかしいんじゃないかと――いたたたたたた」
違いますって! だからこれはディースさんに――! ミスリードで――!
……いや、まぁミスリードしているせいなんだけどね。
エルフの神様がポンコツだとミスリードしているのだから、それはエルフの神様からウッドクローを受けるのも当然のことではあった。
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