第627話 ユグドラシルさん足止め作戦
カーク村での滞在も、一ヶ月が経過した。
一ヶ月である。一ヶ月ともなると、やはりユグドラシルさんが事あるごとに――
『そろそろ帰ろうと思うのじゃが……』
――てなことを僕に訴えかけてくるようになった。
まぁわかる。ユグドラシルさんの言いたいことはわかる。だけど僕は、ユグドラシルさんに帰ってほしくない。それがただの我儘だとわかっているけど、やっぱりユグドラシルさんが帰ってしまうのは寂しい。
というわけで、どうにかユグドラシルさんの帰省を待っていただくために、どうにかユグドラシルさんに思いとどまっていただくために、僕がやるべきことと言えば――狩りである。
今日も今日とて狩りである。ユグドラシルさんを誘い、ユグドラシルさんのご機嫌を伺うための狩り。あるいは接待ハンティングと言ってもいいかもしれない。
「今回のメンバーは、僕とユグドラシルさんとリュミエスさんの三人となります。お二人とも、どうぞよろしくお願いいたします」
「うむ」
「…………」
いつものようにユグドラシルさんと狩りへ向かうことを決めて、他の同行希望者を募ったところ、今回は魔王リュミエスさんが付いてきてくれることになった。
なかなかユニークなパーティになった気もするが、兎にも角にも怪我なく安全に、それでいて楽しく狩りができたら何よりである。
「さぁさぁ今日も張り切っていきましょうユグドラシルさん。……ユグドラシルさん? どうかしましたか?」
「…………」
何やらむっつりと黙り込んでいる様子だが、はて、どうしたのか。
「……とりあえず狩りに連れ出しておけば静かになると思われているような気がする」
「あっ……」
いかん、バレてきている……。僕の考えたユグドラシルさん足止め作戦――『とりあえず狩りに連れ出してご機嫌取り作戦』が、さすがにバレ始めてきている……。
……でもまぁ、それはそうだよね。ここまで何度も繰り返した作戦だしさ。むしろ今までよくもった方だと思う。なんなら今でもそこそこ効果を発揮していそうな気もするし。
とはいえ、初期に比べて効果が薄れているのは確か。
であるならば――次の作戦だ! こんなこともあろうかと、僕はすでに次の作戦を準備しておいたのだ!
「リュミエスさんリュミエスさん」
作戦のため、僕はリュミエスさんに視線を送り、小声で話し掛けた。
僕の合図に気付いたリュミエスさんは、こちらに視線を返した後、スススっと僕の後ろに回り込み、両手を広げて――僕にキュッと抱きついてきた。
これで準備は完了である。
この状態で、僕はユグドラシルさんに向かって――
「わー、攫われてしまうー」
これだ。これこそが僕の考えたユグドラシルさん足止め作戦第二弾――『いいのですか? もしもユグドラシルさんが帰ってしまったら、攫われた僕を助ける人がいなくなってしまいますよ作戦』である。
僕がリュミエスさんに攫われたとき、ユグドラシルさんは真っ先にすっ飛んできてくれて、僕を救助してくれた。そんなユグドラシルさんに対し、僕がまた攫われるんじゃないかと不安を煽ってユグドラシルさんを帰りづらくさせるという、人の優しさにつけ込んだ極悪非道な作戦だったりもする。
だがそれでも――そうまでしてでもユグドラシルさんと一緒にいたいという僕の気持ちを、どうか汲んでいただきたい!
ちなみにだが、この作戦にはリュミエスさんの協力が不可欠で、しかも作戦の内容が内容なだけに、もしかしたらリュミエスさんも気を悪くするんじゃないかと心配していたのだが、案外リュミエスさんもノリノリで――いや、まぁリュミエスさん自身はやっぱりいつもの無表情であり、ノリノリかどうかはちょっと怪しい気もするけれど、とりあえず協力はしてくれている模様。
というわけで僕はリュミエスさんに感謝しながら、あと心の中でユグドラシルさんに謝罪しながら、作戦通りユグドラシルさんに助けを求めた。
「ユグドラシルさーん」
「…………」
「あれ? あの、ユグドラシルさーん」
「…………」
「おぉう……」
ユグドラシルさんが、えらく冷めた目をしている……。呆れた様子で、冷めた視線を僕に向けてくる……。
うーむ。ちょっとダメそうだね。まぁリュミエスさん変身もしてないもんな。これではあんまり危機感を演出できない。あんまり攫われそうな感じが出ていない。
ユグドラシルさんも落ち着き払って冷静に対応するだけで――というか、むしろこの状況に一番戸惑っているのが、おそらく僕である。
軽く腰の辺りを掴むか、なんなら肩に手を置くだけでいいとリュミエスさんには伝えていたはずが、何故か後ろからガッチリホールドされてしまっている。
なんだこれは。どうなっているんだ。僕はどうしたらいいのだ。喜んでいいのだろうか? もしかしたら僕の喜びがちょっぴり漏れ出ているせいで、ユグドラシルさんに冷めた視線を投げつけられているのではなかろうか。
……兎にも角にも作戦は失敗したらしいので、名残惜しいが作戦の撤収作業を始めよう。
「ありがとうございましたリュミエスさん、もう大丈夫です」
「…………」
「リュミエスさん?」
「…………」
「えぇと……」
リュミエスさんが抱きついたまま離してくれない……。
どうしたものかな……。うん、まぁリュミエスさんがいいなら、僕ももう少しこのままでいいかなって……。
「リュミエス、なんならそのまま連れて行っても構わんぞ」
「あ、ちょっと待ってください! 違うんです。違うんですよユグドラシルさん!」
助けてもらうどころか、むしろ助けないと明言されてしまう始末!
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