第621話 至宝を狙う暗黒竜
こうして勇者スカーレットさんと魔王リュミエスさんとの邂逅を果たした僕達は――
……というか、勇者と魔王なんだよね。勇者と魔王のコンビで行動を共にして、ここまで二人旅をしてきたとか、それもなんだかすごい話だね。
さておき、相変わらずの無表情でヘズラト君を抱きしめている魔王リュミエスさんに、今度はユグドラシルさんが話し掛けた。
「うむ。久しぶりじゃなリュミエス」
「…………?」
朗らかに話し掛けるユグドラシルさんに対し、無言の無表情で対応するリュミエスさん。
二人は旧友との話だったが、リュミエスさんの方は無表情で……いや、でも完全に無表情ってわけでもないか? リアクションが薄くてわかりにくいが、微妙に戸惑っている表情に見えなくもない?
「どうした? わしじゃ」
「…………???」
続けて話し掛けるユグドラシルさんだが、やはりリュミエスさんは困惑した様子で首を傾げている。……たぶん首を傾げていると思う。でも傾げた角度があまりにも小さすぎて、ちょっとわからん。気のせいかもしれない。
「む、もしや、この姿ではわからんかったか? わしじゃ、今はこんな小さいなりをしておるが、ユグドラシルじゃ」
「…………!」
どうやらリュミエスさんは、幼女バージョンのユグドラシルさんを見たことがなかったようだ。
ユグドラシルさんの言葉を聞き、リュミエスさんは目を見開いて驚いた……ような気がするんだけれど、これまたちょっとわからん。
うーむ……。正直なところ、会話の流れからリュミエスさんの表情やリアクションを勝手に解釈しているような気がしないでもない。全部ただの思いこみで、実際にはずっと無表情でしたって可能性がなきにしもあらず。
リュミエスさんの表情を読み解けるようになるまで、もうちょっと時間が必要っぽいなぁ……。
さておき、とりあえずリュミエスさんも旧友である世界樹ユグドラシルさんのことを認識できたらしい。
リュミエスさんは抱きかかえていたヘズラト君を下ろし、今度はユグドラシルさんに手を伸ばした。
「…………」
「やめい」
おもむろにユグドラシルさんを抱き上げたリュミエスさんだが、ユグドラシルさんは軽く身をよじり、その手から逃れた。
そして、また抱き上げられてはたまらんと、ユグドラシルさんはリュミエスさんから少し距離をとり、今度はスカーレットさんに向き直った。
「ところで、お主が人界の勇者スカーレットじゃな? わしは世界樹ユグドラシルじゃ」
「おぉ、これはこれは、はじめまして世界樹様。お会いできて光栄です。私が撲殺勇者スカーレットです」
「そ、そうか……」
いつぞやにスカーレットさんから、『勇者としてお偉い人達との会食やらパーティやらもこなしている』との話を聞いた記憶があるが、おそらくその経験が活きているのだろう。案外しっかりした挨拶であった。
……まぁ、『私が撲殺勇者です』という自己紹介の時点で、いろいろと台無しな気もするが。
「うんうん、じゃあ次は私がリュミエスにもみんなのことを紹介していこう。最初にリュミエスが抱き上げた大きなリスの子が――召喚獣のヘズラト君だ」
「キー」
さすがはいつも真面目で礼儀正しいヘズラト君である。丁寧にお辞儀をしてから、『よろしくお願いします』とリュミエスさんに挨拶をした。
「そして、どうやらリュミエスは以前からの知り合いらしいけど――世界樹ユグドラシル様」
「うむ。アレクに懇願されて今はこんな姿になっておるが、ユグドラシルじゃ」
……突然とんでもない刃を突き立ててきたなユグドラシルさん。
そんな誤解を招くような言い回しは……いや、まぁそれが完全に誤解で誤情報というわけではないのかもだけど、その言い回しはさすがに……。
「そして次に――あっちの目付きの悪いのが森の聖女ジスレア」
「…………」
やめたげましょうよ……。それジスレアさん気にしているらしいから……。
「……よろしく」
「…………」
ジスレアさんも相当イラッとした表情を見せたものの、気を取り直してリュミエスさんに挨拶をした。ジスレアさんはスッと右手を差し出して、リュミエスさんもその手を握り返した。
ふむ。しっかり握手には応じてくれるのか。無言で無表情ではあるけれど、意外と社交的な魔王様のようだ。
「そして最後に――そっちの動きの遅い仮面の半ズボンがアレク君だ」
「…………」
……スカーレットさんは人の紹介をするのに向いてないな。
というか、せめて僕にもなんらかの称号を付けてほしかった。世界樹様とか森の聖女とか、僕もそういう紹介をしてほしかった。
普通に至宝でよかったんじゃないの? 至宝でいいじゃん。個人的には大げさすぎる称号で、呼ばれると困ってしまう称号ではあるけれど、『動きの遅い仮面の半ズボン』などという称号よりは数段マシだと思う。
「至宝…………いえ、なんでもないです。はじめまして、アレクと申します。よろしくお願いします」
自ら至宝と名乗ってやろうかと一瞬考えてしまったけれど……さすがにやめておいた。さすがにやめて、普通に挨拶した。
「…………」
「おや?」
おそらく僕の挨拶に対しても、リュミエスさんから言葉が返ってくることはないと予想していたが、それにしても様子がおかしい気がする。ヘズラト君のときと同様に、なんだかじっと見つめられている。
「…………」
「え、あの……?」
なんとなく無言のまま見つめ合っていると――リュミエスさんは僕の方に手を伸ばしてきた。
え、もしかして僕も? まさか僕もヘズラト君やユグドラシルさんのように抱きしめられてしまうの?
まぁなんというか、それは僕としてもやぶさかではなくて――あ、いや、やぶさかではないというのは、抱きしめられる行為がどうのという話ではなく、親愛の情を示してくれることがやぶさかではないわけで――
「いたたたたたた」
リュミエスさんは僕の仮面に手を伸ばし、強引に引き剥がそうとした。
なんか全然違った。想像とは全然違う行動に出てきた。
「ちょ、なんですか?」
「…………」
まぁそこまで強力にへばりついているわけではないので、実際にはそんなに痛くもないのだが、突然のことに驚いて、思わず大げさに痛がるリアクションを見せてしまった。
そして、そんな僕の様子を見て、リュミエスさんもひとまず引いてくれたようだが……。しかし、いったいなんだと言うのだ。何故急に仮面を……。
「あー、アレク君の顔が気になるのかな」
「顔? どういうことですかスカーレットさん」
「リュミエスと二人でいるときも、アレク君の顔は大層整っていると私が話していたから」
おぉ、そうなのか……。それはちょっと照れてしまうな。僕のいないところで僕がイケメンだと噂されていたことに、なんかちょっと照れてしまう。
「というわけでアレク君、どうかな? 一度仮面を外してやってくれないか?」
「え、それは……」
「一度見たらリュミエスも満足すると思うんだ」
「はぁ……」
「だから頼むよアレク君。ちょっとでいいんだ。見せてくれないかな? 見せてくれてもいいだろう? いいじゃないかちょっとくらい。減るもんでもないし」
「…………」
それはスカーレットさんが見たいだけなのでは……?
何やらスカーレットさんから邪な感情が伝わってきて、どうしたものかと考えていると、再びリュミエスさんが僕に手を伸ばしてきて――
「いたたたたたた」
「…………」
「いや、あの――いたたたたたた」
「…………」
わりと強引だなリュミエスさん……。
「わかりました。わかりましたから仮面を引っ張らないでください」
「お、じゃあ素顔を見せてくれるのかな?」
「ええまぁ……」
確かに減るもんでもないし、別にいいけどさ……。
「あー、じゃあ外しますよ? いいですか? ――『ニス塗布』」
僕は仮面に手を掛けてから呪文を唱え、ニスを除去した後に――仮面を外した。
「はい。外しました。外しましたよー。これが素顔のアレクです」
んー、やっぱ恥ずかしいね。なんか恥ずかしいんだよなー。
顔を見られること自体はなんでもないんだけれど、こうやってみんなから注目を集めた上で、満を持して素顔を晒すシチュエーションがどうにも気恥ずかしい。
「おぉぉ……。久々に見たが、やはりこれは……。これはもう……」
「…………」
例によって、変に興奮したような仕草を見せるスカーレットさんはさておき、やはり気になるのはリュミエスさんのリアクションだ。
果たしてどんな反応を示すのだろう。やはりこれでも無言で無表情なのか。至宝などという大げさな称号を授けられた僕の素顔でも、リュミエスさんの無表情は崩せないのだろうか?
そんなことを考えながら、ちらりちらりとリュミエスさんの反応を伺う。
そしてリュミエスさんも、僕の素顔をじっと見つめていて――
「え?」
体に軽い衝撃。そして圧迫感。
何事かと思ったら、いつの間にか何者かに体を拘束されていた。
――竜だ。
目の前には、大きな翼をもつ漆黒の飛竜。
おそらくはリュミエスさんなのだろう。竜へと姿を変えたリュミエスさんが、足の爪で僕の体をガッチリと掴んでいた。
そのことを僕が認識するやいなや――今度は突然の浮遊感。
「わー」
「アレクー!」
そしてリュミエスさんはバッサバッサと翼をはためかせ、僕を掴んだまま飛び立ってしまった。
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