第620話 魔王リュミエス
カーク村に到着したと思われるスカーレットさんだが、その隣には見知らぬ女性。
なんでもユグドラシルさんが言うには、その女性こそがリュミエスさんであり、しかも魔王との話だが……。
「……魔王ですか?」
「魔王じゃな。魔界の王じゃ」
魔王……。なんという急展開だろうか。まさかの魔王とは……。
「――いや、それよりも、女性の姿をしているのですが!」
魔王のことはさておき、そっちの方が気になってしまった! 先にそっちの詳細を聞かせていただきたい!
「どういうことなのでしょう? リュミエスさんは竜なのだと、ユグドラシルさんは言っていましたよね?」
「ふむ。まぁそうじゃな。種族的には暗黒竜であることに間違いないはずじゃ」
「しかし、今は人間の女性の姿をしているように見えます。そういう変身的なことはできないと、ユグドラシルさんは言っていたはずで――」
「うん? 言ったか?」
言って……あれ? 言ってなかった?
えっと、なんだっけ? ユグドラシルさんはなんと言っていた?
「確か――喋ったりはしないとのことですが」
「うむ。リュミエスは喋らん」
「ですよね、なので竜から変身はしないと――」
「それは言っておらん」
「あれ?」
そうだっけ? 言ってなかった? じゃあ何? 変身はできるの?
え、ということは、もしかして……『喋れない』とだけ聞いて、『じゃあ人間へ変身もできないはず』と早合点してしまった? そんな僕の早とちりだった?
えぇ……。なんてことだ。確かにうっかりや勘違いは僕の十八番ではあるけれど、こんな重要な情報を誤認するだなんて……。
「えっと、ではリュミエスさんは、人の姿に変身することはできるけど、喋れないということで――」
「喋れるぞ?」
「はい?」
「ほぼ喋らんが、喋ること自体はできる。ただ単に――えらく無口なんじゃ。無口で無表情で、よくわからん奴じゃ」
「無口……?」
あ、そうなの? 喋れるの? ただの無口キャラなの?
なんてことだ……。そこも勘違いか。『喋らない』を『喋れない』と誤認してしまったのか。これまた早合点で早とちり。こんなときばっかり早いな僕は……。
「つまりまとめると……リュミエスさんは暗黒竜であり、人の姿に変身することができて、人の言葉も喋れる女性ということですか?」
「そういうことじゃな」
「なるほど、そうだったんですね……」
そうか。そうなのか。そうだとすると……。
じゃあもう――ただの美女じゃん! ただただ美女! 純粋に美女!
結果的には美女だった! 美女を夢見て、その夢が破れたかと思いきや、最後には夢が叶った! なんという僥倖! どんでん返しの逆転勝利! 勝ち申した! アレク君大勝利!
「とりあえず合流しよう」
「あ、それもそうですね」
思わず勝どきを上げようとした瞬間、ジスレアさんからの冷静な声が飛んできた。
そうね、まだスカーレットさん達は歓迎ゲートの下に佇んでいるようだし、早いとこ合流しよう。
……というか、僕達もずいぶんと長いこと話し込んでいたはずだが、スカーレットさんは未だにこちらに気付いていないらしい。
そういえばスカーレットさんは、索敵範囲がえらく狭いんだったかな……。
さておき、そんなわけで僕達は移動を始め、ゲート下のスカーレットさんに呼び掛けた。
「スカーレットさーん」
「ん? おぉ、アレク君!」
僕が名前を呼ぶと、スカーレットさんはこちらへ振り向き、嬉しそうに手をブンブンと振ってくれた。
そしてスカーレットさんと一緒に、リュミエスさんもこちらへ振り返った。
――美女である。やはり美女。
長く艶やかな黒髪に、深く澄んだ黒い瞳、体のラインにぴったりと沿った黒いロングドレスも彼女の美しさを強調している。
暗黒竜の名にふさわしく、夜の闇を思わせる漆黒を身に纏う彼女だが、それでいて肌だけは陶器のように白く滑らかで、そのコントラストが見るもの皆を魅了する。今現在僕も魅了されている最中である。
いやはや、ただならぬ雰囲気を漂わせている美女だなぁ……。
さすがは魔王様と言ったところか。うっかり魔王関連の話はユグドラシルさんから聞きそびれてしまったが、魔界の王というのも納得の佇まいである。
「お久しぶりですスカーレットさん。ラフトの町からここまでの旅路、お疲れ様でした」
「うんうん、ありがとうアレク君」
「それでですね、隣の方は……」
「ん? ああ、そうだったそうだった。彼女は私の友人で、名をリュミエスという。……ふふふ、実はだね、私が今までずっと一緒だった暗黒竜とは――このリュミエスのことなんだ! 今の姿は、暗黒竜が変身した姿なのだよ!」
「え? あ、はい、それでその――」
「そして、何を隠そうリュミエスは――――魔王なんだ!」
「あっ……」
……そうか、そういうことだったのか。
おそらくスカーレットさんは、そのことを隠そうとしていたのだ。だから通話でも暗黒竜とだけ伝え、リュミエスさんの名前も出さず、魔王であることも伝えなかった。そうしてすべてを隠しつつ事を進め、みんなと合流したこのタイミングで、満を持して盛大に衝撃の発表をするつもりだったのだろう……。
やってしまったな。スカーレットさんのサプライズを完全につぶしてしまった……。
「驚いたかなアレク君」
「えっと……」
「ふふふ、そうかそうか。言葉も出ないかアレク君」
……うん、とりあえずなんて言ったらいいかわからない。
でもまぁ、そんな僕の反応にスカーレットさんは満足しているみたいだし、むしろこのまま何も言わない方が良さそうかな……。
ちなみにだが、ふと気になって隣を見ると――気まずげにうつむくユグドラシルさんの姿が目に入った。
えぇと、まぁユグドラシルさんも悪くないですとも……。そう気を落とさずに……。
「それでだね、今回はリュミエスが――リュミエス?」
「…………」
スカーレットさんの言葉に釣られて、僕もリュミエスさんに視線を向けた。
そして、そのリュミエスさんが何をしているかというと――
「…………」
「キー……?」
リュミエスさんは、じっとヘズラト君を見つめていた。
食い入るように見つめられ、ヘズラト君も少々居心地が悪そうである。
「…………」
「キー……」
そしてリュミエスさんはヘズラト君に手を伸ばし、そっと抱き上げた。
「あの……?」
「どうやらヘズラト君が気に入ったようだ」
「なるほど……」
そうなのか……。まぁヘズラト君は可愛いからな。そんなこともあるだろう。
ヘズラト君の方はだいぶ困惑気味の様子だが、ちゃんと優しく抱きとめているようだし、とりあえず問題はないのかな……。
「でも、ダメだぞリュミエス。ヘズラト君はアレク君の召喚獣なんだ。魔界に連れて帰ろうなんて考えてはいけないぞ?」
魔王にさらわれるヘズラト君か……。囚われのお姫様ポジションだなヘズラト君……。
そしてリュミエスさんもリュミエスさんで、やっぱり魔王で暗黒竜なのだなぁ……。気に入った者をさらっちゃうとか、気に入ったお宝を巣に持ち帰っちゃうとか、まさに魔王で、まさに竜のムーブである……。
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