第618話 激萎え
萎えたー。マジ萎えたー。
いやー、マジかー。まさか暗黒竜さんが、喋ることもできないただの竜だったとはなぁ……。
美女だと確信した直後に、ただの竜だと聞かされてしまった。テンション爆上げからの激萎えである。なんという感情のジェットコースター。
でもまぁ、そりゃあ萎えるよね。なにせ今までの経緯ってものがあるわけだしさ……。
初めて暗黒竜の話を聞いたのが……十八歳のときだったかな? そこで聞いたのは邪竜の群れって話だったけど、あのときから密かに『この竜って、もしかして美女なのでは?』などと期待に胸を膨らませ、ついでに想像だか妄想だかを膨らませ続けてきたのだ。
そんな感じで二年近く続いた僕の願望。ようやく願いが成就されたかと思いきや――すぐさま夢も希望も打ち砕かれてしまった。
儚いなぁ。『人の夢』と書いて『儚い』とは、よく言ったものだ。
「大丈夫かアレク。ここ三日ほど、なんだかずいぶんと落ち込んでいる様子だけれど……」
「ええまぁ……」
三日か……。気付けばもうそんなに経っていたか。三日三晩萎え続けてしまった。
「ありがとうございますカークおじさん。怒涛の展開で、少々ショックを受けてしまいました。とはいえ、いい加減立ち直らなければなりませんよね。――というわけで、切り替えて前向きにいきましょう」
「ん、そうなのか。何がなんだかわからないが、人間前向きなのはいいと思う」
もう無理矢理にでも立ち直ろう。むしろポジティブに捉えようじゃないか。
どっちにしろ、美女じゃなくてガッカリするのは確定だったんだ。であるならば、ここで知ることができて良かったと前向きに捉えよう。
実際に暗黒竜さんと会った場面でガッカリしていたら、暗黒竜さんも気分を害するだろう。
そもそもこちらが勝手に期待して勝手に萎えているだけで、暗黒竜さんは何も悪くないのだ。あまりにも身勝手な思い込みで暗黒竜さんを不快な気持ちにさせずに済んだと、そのことを喜ぼうではないか。
「というわけで、カークおじさんも元気出してくださいね」
「ん? 俺も?」
「カークおじさんも暗黒竜さんの話を聞いて、ショックを受けたのでは?」
「あー、まぁカーク村に来ると聞いて、俺も驚きはしたけれど……しかしだな、なんだか俺とアレクの間ですれ違いというか、話にズレを感じているんだが……?」
「そうですか?」
そうなの? 話にズレ? わからんけど、僕もカークおじさんも暗黒竜さんが美女でないことを知ってショックを受けていることに違いはないわけでしょう? そこ以外でなんかズレてる? そんなのはもう些細なズレじゃない?
「まぁとにかく、その暗黒竜さんですよ。スカーレットさんと一緒にカーク村へ来訪するとのことなので、その対応を考えねばなりません」
「対応なぁ」
なにせ暗黒竜さんは美女ではなく、ただの竜とのことで……。ただの竜かぁ……。ただの竜なんだよなぁ……。
――ハッ、いかんいかん。気を抜くとすぐに萎えてしまう。前向きに前向きに。
「んー、そうだな、とりあえず村のみんなには伝えておいた方がよさそうかな」
「ですね。突然村に竜がやってきたら、きっとみんな驚いてしまうでしょう。あらかじめ勇者様の知り合いだと周知しておけば、混乱も少ないかと思われます」
だから、例えば――
『歓迎! 勇者スカーレット様! 暗黒竜リュミエス様!』的な横断幕でも掲げておいたらいいかもしれん。
そうしたらスカーレットさんもリュミエスさんも気分良く入村できるだろうし、そんな人達が入村してくることをカーク村住民にも広く周知できそうな気がする。
「それであとは――暗黒竜さんが住む場所ですか」
「住む場所?」
「とりあえず、暗黒竜さんもカークおじさん宅に住めないかなと――」
「……無理だろ」
ふむ。まぁ無理か。せっかくなら暗黒竜さんにもカークおじさん宅の素晴らしさを感じていただこうと思ったのだけど、さすがに厳しいか。
ユグドラシルさんの話では、だいぶでっかい竜みたいだし、無理やり押し込んだところでドアでつっかえてしまいそう。
「やっぱり外に居てもらう以外ないんじゃないか?」
「そうですねぇ。王都では近くの森に巣を作っていたらしいですし、ここでもそんな感じになりますかね」
適当に良さげな場所を見付けてもらって、そこでくつろいでもらおうか。
「あと準備といえば…………これですか」
「うん? それは?」
僕は自分のマジックバッグから、とある物を取り出した。
そう。これこそが――
「アレクブラシか?」
「……まぁそうですね」
タワシである。この世界の言葉で言うところのアレクブラシ。
「しかしこのアレクブラシは、ただのアレクブラシではなく――オリジナルのアレクブラシなのです」
「オリジナル?」
「一番最初に生み出されたアレクブラシ。すべての原点であり、原初のアレクブラシ」
そんな始まりのアレクブラシ。つまりは――僕が転生時にチートルーレットで貰ったタワシだ。
「えぇと、なんだか大層な物みたいだが……。それで、そのアレクブラシで何をするんだ?」
「これで――暗黒竜さんを磨かせていただけたらと考えております」
それこそが、僕がチートルーレットでタワシを手に入れたときに考えていたこと。
あのとき僕は――
きっと異世界のドラゴンならば、喋ったりもできるはずだ。なんとか交渉して、『ここにタワシという掃除道具がございます、これをもってあなた様をピカピカにしてご覧入れましょう』なんつったりして、どうにかこうにか仲良くなって、たぶん異世界のドラゴンなら幼女か美女に変化できるはずだから、それでなんとかほのぼの異世界ストーリーを……。
――てなことを考えていたのだ。
……まぁ、もうすでに異世界のドラゴンでも喋れないことと、幼女にも美女にも変化できないことは確定してしまったわけだけど、もしも本当にタワシを使って仲良くなれるのならば、それは是非とも実現したいと考えている。
「そんなことを考えていたのか……。アレクは勇気があるなぁ……」
「ふふ、これでも森の勇者の息子ですからね」
「あぁ、そうだったな。お父さんの名に恥じぬ勇気だ。立派だなアレク」
「ありがとうございます」
なんか褒められた。なんか前にもあったなこのやり取り。
……とはいえ、これは本当に勇気ある挑戦な気がしないでもない。大丈夫かな。暗黒竜さんに嫌がられないか、今からちょっと心配。
でもなー。できるならやりたいよね。かれこれ二十年ほど前の伏線であり、なんなら生まれる前からの伏線だ。これが異世界転生物のweb小説だとしたら、おそらく第3話くらいで張られる伏線だろう。
そんな伏線を回収できるかもしれない機会が訪れたのだ。できることなら、是非とも回収したいところだが……。
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