第615話 僕が一番父のことを理解しているんだ
「では二つ目の樽は、一樽目のワインが完成してからにしようと思います」
「うむ。それがいい」
とりあえずそんな感じに話がまとまった。まぁ無難だね。それが一番無難な選択。
世界樹の樽の効果とか、世界樹様が踏んだ効果とか、いろいろ検証したいこともあるけれど、それもこれもすべては第一弾のワインが完成した後の話になるだろう。
「それに樽作りは難易度が高いですからね。おそらく僕一人でも作れるとは思うのですが、ジェレパパさんに協力してもらった方が安心です」
「ほー、樽は難しいのか」
「難しいですねぇ。樽は難しい。樽は奥が深いのですよ」
「そ、そうか……」
とてもとても深い。果てしなくディープな世界なのですよ。
「しかし樽が後回しだとすると、これからの予定も白紙に戻ってしまいましたね。はてさて、どうしたものでしょう」
「ふむ。何か別の物を作るか?」
「そうですねぇ……」
樽で世界樹の枝を一本消費するにしても、まだ二本残っている。何か作りたいところだが――
「あるいは、小物とかも良いかなって思っていたりします」
「小物?」
「身の回りの細々とした道具でも、世界樹の枝で作ったら良い物になるのではないかなと」
「うむ。それはまぁそうじゃろうな」
そう言って、世界樹の枝への自信をちょっぴり覗かせるユグドラシルさん。
さておき、世界樹の枝で小物だ。身近な日用品ってのもありだと思う。今まではそういうのを作ってこなかった。
「だから例えば…………耳かきとか?」
「ふむ?」
木製の小物と考え、パッと浮かんだのが耳かきだった。
世界樹の耳かき……。もしかしたら、ユグドラシルさんが耳掃除をしてくれるような感覚を味わえたりするだろうか?
「……あ、でもどうなんでしょう。武器にも使える世界樹の枝ですし、そんな素材で耳かきを作って、耳は大丈夫なんでしょうか?」
「あー、どうじゃろうか。確かに硬い枝じゃが……」
「あるいは、耳かきすら武器みたいになったりしません……?」
「うーむ……」
使った瞬間、耳の中がズタズタにされないだろうか……。ちょっと怖いな……。
「……とりあえずやめておくか?」
「そうですね……」
えぇと、じゃあ他に……。他に日用品と言うと――
「歯ブラシとか?」
「ふむ」
毎日使う日用品で何かないかと考えたところ、歯ブラシが思い浮かんだ。
世界樹の歯ブラシ。もしかしたら、ユグドラシルさんが歯磨きをしてくれるような感覚を味わえたりするだろうか?
……いや、それはどうなんだ? 耳かきはまだしも、歯磨きはアウトじゃないか? なんかちょっと特殊な性癖っぽくなってしまわない?
しかも歯ブラシと言えば、当然口に含むわけで……。そして世界樹の枝と言えば、ユグドラシルさんの抜け毛や切った爪みたいな扱いかもしれないわけで……。
「違いますよ?」
「何がじゃ」
「あのですね、なんというか……。とにかく違うんです……」
「そうか……。いや、いい。言わんでいい。どうせまたろくでもないことを考えていたのじゃろう」
その通りである。
というか、さすがに言えない。ユグドラシルさんの抜け毛や切った爪を毎日じっくり丹念に味わうとか、そんなことを言えるわけがない。
「とりあえず、歯ブラシはやめておきます」
「そうか。悪くはないと思ったが」
「ええまぁ……。でもよくよく考えると、そもそも歯ブラシって大事なのはブラシ部分でしょうし、それならわざわざ世界樹の枝を使うこともないのかなって」
できたら身の回りの日用品で、なおかつ世界樹の枝が上手く機能しそうな道具が良いよね。そういうの何かないかな?
「ふむ。ではそうじゃな――コップとか良いのではないか?」
「ほほう? それはそれは――なるほど、面白いですね」
良いね。それは良い。なんか世界樹の枝による特殊な効果とか発揮しそう。わからんけど、保温効果とか保冷効果とか凄そうな気配がする。
そんな世界樹のコップ。世界樹のタンブラー。是非作ってみたい。
「興味深いですね。これは後で作ってみようかと思います」
「うむうむ。そういった食器類は良いのではないか? 他にも例えば、ナイフとかフォークとかスプーンとか」
「……なるほど」
世界樹のナイフに、世界樹のフォークに、世界樹のスプーンか……。
フォークとスプーンは、これまたユグドラシルさんがご飯を食べさせてくれるような感覚を味わえたりするのだろうか……。そしてこれまた口に含むことに……。
……いや、もうやめよう。もうそのあたりのことは考えないようにしよう。とりあえずフォークとスプーンも候補としてはありだと思う。
でも、世界樹のナイフはどうなんだろう。それは本当に武器になっちゃわない? しかも無駄に強力すぎる武器で、お皿ごと一刀両断しちゃったりしない……?
「世界樹のナイフは――――あ、そうだ」
「うん?」
「ナイフで思い出したんですけど――剣を作ってみたいかもしれません」
「剣? 世界樹の剣か? それはもう作ったじゃろう? 今も使っているはずじゃが」
まぁそうね。世界樹の剣は今も僕が愛用している。なんなら初めて作った世界樹シリーズだ。
「今考えているのは、僕用の剣ではなく――父用の剣です」
「む? セルジャンの?」
「前々から、父も世界樹の剣を羨ましがっていたんですよ。事あるごとに『使わせて使わせて』と言ってきます。なのでいっそのこと、新しく剣を作ってプレゼントしたらどうかなと」
「ほほう? それはいいのではないか? 良い親孝行じゃ」
「お、そうですかそうですか。ユグドラシルさんもそう思いますか」
じゃあ作ろうか。二本目の世界樹の剣だ。一本目を作ったのが、もうかれこれ九年以上前のことになるはずで、きっと今ならもっと良い剣が作れると思う。
「しかしそうなると、ユグドラシルさんからいただいた世界樹の枝を、他の人にプレゼントする形になってしまうのですが……」
「ああ、別に構わん。良い剣を作ってセルジャンを喜ばせてやれ」
「おぉ、ありがとうございますユグドラシルさん。そうですね、きっと父も喜んでくれますよね」
「まぁお主は普段からセルジャンに迷惑を掛けておるからのう。もっと親を労り、恩返しするべきじゃな」
「僕が父に迷惑を……? そうですか?」
「そうじゃろう……? まさか、迷惑を掛けていないと思っておるのか……?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんですけど……」
それはまぁ、今までいろいろと苦労や迷惑は掛けてきたと思う。しかし、傍から見てもそう思われるほどなのかな。そこまでなのかな……。
それに、恩返しはしている方じゃない? 日頃から、父のためにあれやこれや動いているはずだ。
「僕なりに、父を喜ばせる努力はしてきたつもりだったのですが……」
「喜ばそうとして、むしろ逆に苦労を掛けておるじゃろうに……」
「むむ……」
まぁ確かに、ちょっぴり空回りしちゃうことがなくはないかも……?
「……では、とりあえず父のために世界樹の剣を作るということで」
「うむ。ようやく決まったな。次の世界樹シリーズとやらは、二本目の世界樹の剣じゃ」
うん、決まりだね。無事に決まって何よりだ。……でもさ、なんというか、それだけじゃあちょっと味気なくない?
十分喜んでもらえるとは思うけど、さらに父を喜ばせるために――
「とりあえず剣の鍔のあたりに、父の顔を彫っておきましょうか」
「何故そうなる……。それがいかんのじゃ。そういう余計なことはせず、普通の剣を作ってやれ。それが一番喜ばれるはずじゃ」
「そういうものですかねぇ……」
だめなのかな……。世界にたったひとつ、父専用の世界樹の剣になると思ったのに……。
うーむ。ユグドラシルさんの言うこともわかるけど、なんかちょっと腑に落ちない。息子の僕より父のことがわかっているふうなのが腑に落ちない。
だって僕は父の息子なんだよ? 父の愛情をたっぷり受けて育った一人息子なんだ。むしろ僕よりも父のことをわかっている人などいないだろうに。僕が一番だ。僕が一番父のことを理解しているんだ!
――うん、そうだな。きっとそうに違いない。
だからやはりここは、リアルな父の顔を剣に――
「イマイチ信用ならんので、もう一度言っておくぞ――剣にセルジャンの顔を付けるな」
「あ、はい」
僕の思考を読み切ったユグドラシルさんから、改めて釘を刺されてしまった。
なんというかユグドラシルさんは、僕に対しての理解度も抜群に高いようである……。
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