第609話 二十歳の誕生日
世界旅行二日目の早朝、のんびりユグドラシルさんと雑談を交わしていたところ、レリーナちゃんとリザベルトさんがこちらへ近付いてくるのが確認できた。
いったい何事かと不思議に思っていた僕達だが、つまるところレリーナ親子の用事とは――
「お誕生日、おめでとうお兄ちゃん!」
「おー、ありがとうレリーナちゃん、嬉しいよ」
――とのことだ。なんでもレリーナちゃんは、僕の誕生日をお祝いに来てくれたそうだ。
「急に押しかけて悪いねアレクちゃん。レリーナがどうしてもって聞かなくてねぇ」
「いえいえ、嬉しいです。リザベルトさんもありがとうございます」
レリーナちゃんを一人で行かせるわけにはいかないと判断したリザベルトさんは、レリーナちゃんの保護者として……というか監視者として同行することを決めたらしい。
でもまぁ、正直その判断はありがたい。もしもレリーナちゃんが一人でこちらへ近付いているのを見てしまったら、ホラーにしか見えなかっただろうし……。
「お兄ちゃんがまだ近くにいるってわかったから、直接お祝いを伝えたかったの!」
「そっかー、それはわざわざありがとうね……」
……その情報を、どこからどうやってキャッチしたのかは気になるところだけれど、とりあえずありがとうレリーナちゃん。
「でもそうか、二十歳か。ついに僕も二十歳なんだねぇ。なんだかそこまで気が回らなかったな」
一応はこの旅も誕生日が出発の目安となっていて、誕生日の前日に出発したはずが、そこからがあまりにもバタバタとした展開だったため、誕生日を迎えて二十歳になったという実感は薄かった気がする。
誕生日を迎えることよりも、誕生日を迎える前に村から出られるかどうかを気にしていたのだ。それがこうしてレリーナちゃんにお祝いを伝えられて、ようやく実感が湧いてきた感じだ。
「ふーん? そうなのかい? 誕生日自体は祝ったって、ミリアムから聞いたけどねぇ」
「あぁ、確かに家族だけでちょっとしたお祝いをしましたね。一昨日のことです。送別会兼誕生日会みたいな感じでしたけど」
誕生日にはもう出発していることがわかっていたので、前倒しでお誕生日会を開いてもらったのだ。
そんな前倒しのお誕生日会。ちなみにナナさんからは――
『生前葬みたいなものですか』
――などと言われた。なんとなく言いたいことはわかるけど、間違っても葬儀ではない。というかずっと生前だ。誕生日会をやった一昨日も生前だったし、誕生日を迎えた今日以降も生前である。
「でもまぁ、こうして実際に誕生日を迎えてから祝ってもらうと、また少し違いますね。なんだか二十歳の実感が湧いてきます」
ついに僕も二十歳。大人エルフの仲間入り。成人を迎えた一人の大人エルフとして、責任と自覚を持って行動しなければならないなと、そんな決意が湧いたり湧かなかったり。
「さて、それじゃあせっかく来てもらったことですし、お茶の一杯でも飲んでいってください。椅子も出しますね」
「ああ、悪いねアレクちゃん」
「ありがとうお兄ちゃん!」
わざわざ来てくれたのに、すぐさまお別れというのも味気ない。もうちょっとお喋りしようじゃないか。
というわけで、僕が椅子やらお茶やらの準備をしていると――
「ん、なんか人が増えてる」
「キー」
ジスレアさんとヘズラト君も目を覚ましたようだ。二人がテントから這い出してきた。
そしてジスレアさんは、レリーナ親子の姿を確認してから――
「リザベルト」
「うん?」
「娘が恐ろしい目で私を見ている」
「あー、ほら、やめないかレリーナ」
ジスレアさんの言葉を聞き、釣られるように僕もレリーナちゃんへ視線を向けたが――僕が見たときには、すでにレリーナちゃんは恐ろしい目はしていなかった。すまし顔で平然としている。おそらく一瞬で切り替えたのだろう。
……なんか以前にもあったなこんなやり取り。どことなく懐かしい。
というか、あんまり揉めないでほしいなぁ。二十歳の門出であり、世界旅行の門出でもあり、そこそこめでたい日とも言えそうだし、できたらジスレアさんもレリーナちゃんも和やかに歓談していただけたらなって……。
「やめてほしい。確かにアレクは私のことが大好きで、私達は毎日一緒に寝ているけれど、そんなふうに敵意を向けないでほしい」
「シャーッ!!」
「ちょ、やめな! あとジスレアもやめな!」
……和やかとは程遠い雰囲気になってしまった。
ジスレアさんもジスレアさんで、そんなふうに煽るから、そんな目で見られると言うのに……。今のはどうやったって敵意を向けられる発言でしかないでしょ……。
「それで、二人はどうしたの?」
「なんでアンタはそんなに無駄に落ち着いているんだい……。とりあえず今日は、アレクちゃんの誕生日をお祝いしようと思って来たんだよ」
「あぁ、そういえば今日がアレクの誕生日か。――じゃあ、今からアレクの誕生日会?」
「ん? いやいや、別にそこまで長居するつもりはないよ、ちょっとお祝いを伝えに来ただけだから」
「そう? せっかくだし、ゆっくりしていったらいい。こっちも別に急ぐような旅じゃない」
まぁどう考えても急ぎの旅ではないな。今回ばかりはいろいろとバタバタとしていたが、基本的には急いだり焦ったりとは無縁のゆっくりな旅である。なんならゆっくりしているだけで、ろくに旅もしていない。
「で、どうする?」
「…………」
ジスレアさんはレリーナちゃんに、どうするのかと尋ねた。
レリーナちゃん的には、願ったり叶ったりの提案だろう。とはいえ、その提案をしてきたのが宿敵ジスレアさん。果たしてレリーナちゃんは、どう返事をするのか……。
「…………」
「レリーナ?」
「あ………りがとぅ……ざぃま……」
おぉ、えらいぞレリーナちゃん! なんかもう表情は苦痛に歪み、苦虫を噛み潰したような顔をしているが、しっかり御礼の言葉を伝え、ジスレアさんに頭を下げている!
「――チッ」
……でもまぁ、頭を下げたまま舌打ちも飛び出した。
何やらレリーナちゃんの深い葛藤が感じられる一幕であった……。
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