第608話 村の外の大きなテント
――第八回世界旅行、二日目。
「んぅー」
早朝目を覚まし、テントから出てきた僕は、外でぐいーと伸びをした。
うんうん、冬の寒さはあるけれど、気持ちのいい朝だね。
「おはようアレク」
「あ、おはようございますユグドラシルさん」
外にはユグドラシルさんがいた。簡易テーブルと簡易チェアを用いて、何やら優雅にお茶を飲んでいる。
「アレクも飲むか?」
「おぉ、ありがとうございます。いただきます」
僕の分のお茶も入れてくれるらしい。
ユグドラシルさんのユグドラ汁、ありがたくいただこう。
「それにしても早いですねユグドラシルさん」
「わしもついさっき起きたところじゃがな。ジスレアとヘズラトはまだ寝ておるのか?」
「ジスレアさんは寝ていましたね。ヘズラト君は……どうでしょう、あるいはもう起きているのかもしれませんが、ちょっとわからなかったです」
「うん? わからなかった?」
「とりあえず眠っているジスレアさんに、ぬいぐるみのように抱きしめられていました」
そのせいで動けないのか、それともまだ眠っているのかわからなかった。なんかヘズラト君の場合は、ジスレアさんを起こさないように気を遣っている可能性もありそうよね。
「なるほど、それはまたヘズラトも大変そうじゃのう」
「そうですねぇ」
ユグドラシルさんはそう言って苦笑していたが、僕としてはちょっぴりヘズラト君を羨ましく思ってしまったり……。
あと、何気にジスレアさん側の立場も羨ましい。僕もヘズラト君を抱っこして眠りたい。この時期は特にそう思う。あったかそう。
「しかしあれじゃな、こうして実際に一泊してみたわけじゃが、やはり大きいテントで良かったのではないか?」
「お、そうですか。ユグドラシルさんはそう感じましたか」
大きいテントか小さいテントか迷って、結局どちらも家に忘れるという大失態を演じた僕だったが、その後家に取りに戻った際は、とりあえず両方持ってきた。
そして今回、試しに大きいテントを建ててみたのだけれど、ユグドラシルさん的にはこっちの方がおすすめらしい。
「中で過ごしたり、寝る分にはやはり大きい方がよいのう。それにこのテントならば、ヘズラトも中に入れるじゃろう?」
「はい?」
「ん? 今までヘズラトはテントに入らんかったじゃろ?」
「あー、確かに今までヘズラト君は送還していましたが、それは別に、小さいテントだからって理由でもなかったのですが……」
「ん、そうなのか?」
「ええまぁ、そこに関してはいろいろとありまして……。何やらヘズラト君的に、いろいろと気を遣ってくれたようでして……」
「ふむ?」
確か一番最初の世界旅行だったかな? ジスレアさんと一緒のテントで眠ることになり、変にドキドキしている僕を見て、ヘズラト君も妙な気の回し方をしてくれて、『あとは若いお二人で』的な雰囲気を醸し出しながら、送還されていった記憶がある。
「さておき、これからは大きいテントを使っていきますか。テントの設営や片付けがネックですが、慣れればもっと手早くできるようになるでしょう」
「うむ。それがいい」
大きいゆえのデメリットとして、設営の苦労があるのだけれど、昨日もそれほどは時間も掛からなかったしな。昨日テントを建てたときも別に…………あれ?
「……ところでユグドラシルさん」
「うん?」
「今更ですが、ここは大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫? 何がじゃ?」
テントを建てたこの場所。昨日はいろいろあって、それはもういろいろとあって、夜も遅い時間で、村を出てすぐの場所にテントを建てたわけだが――
「この場所です。ここって、ちゃんと村の外に出ていますか……?」
「…………」
エルフの掟を達成するため、僕は一年ほど村を離れて旅に出なければいけない。逆に言えば、一年間は村の中に入ってはいけない掟だ。
だがしかし、改めて気になったのだけど……ここって本当に村の外? 実はまだ村の中だったりしない? うっかり掟破っちゃってない? そこんとこ大丈夫?
「……まぁ大丈夫じゃろ」
「そうなんですかね……。でもメイユ村はすぐそこですよ? もう目と鼻の先で、普通にここから民家とかも見えている場所なのですが……」
「うーむ……」
人によっては『ここもメイユ村』と判定されてもおかしくない位置に思える……。
いや、だからと言ってユグドラシルさんに『うむ。やっぱりメイユ村じゃな』と判定されたら、それはそれは困ってしまうのだけど……。
あ、じゃあここでユグドラシルさんを問いただすような真似はむしろ悪手だったか? それよりもユグドラシルさんがポロッと発言した『まぁ大丈夫じゃろ』の言葉を大事にした方がいい? 言質を取ったとばかりに、その発言を盾に立ち回った方がいい可能性が……?
そんなことを考えながら、なんとなくメイユ村の方向を見ていると――
「おや? 誰か来ますね」
「む? こんなに朝早くからか?」
メイユ村から、誰かがこちらへ向かって歩いてくるのが確認できた。
はて、あれは――
「あれは――レリーナちゃんかな?」
「…………」
レリーナちゃんの名前を出しただけで、ユグドラシルさんは一瞬ビクッとなり、椅子から腰を浮かし、なんならテントへ逃げ込もうかという姿勢すら見せ始めた。
「あー、あとレリーナママ――リザベルトさんもいますね」
「ふむ。……ふむ」
少しだけ考える素振りを見せてから、ユグドラシルさんは改めて椅子に座り直した。母親同伴なら、さしものレリーナちゃんも滅多なことはしないはずと判断したらしい。
……いやまぁ、するけどね。たとえ母親同伴でもレリーナちゃんは滅多なことをしようとする。とはいえ、そのときはリザベルトさんが止めてくれるかな?
それにしても、ユグドラシルさんはどれだけレリーナちゃんが苦手なのだ……。
というか、これほどまでに世界樹ユグドラシルさんをビビらせるとか、どんだけだレリーナちゃん……。
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