第607話 第八回世界旅行
「やってしまいましたね……。家に忘れてきてしまったようです……」
「なんと……」
第七回世界旅行の初日、移動を終了し、テントを建てようとしたところで気が付いた。
今まさに建てようとしたテントが――ないのだ。
「テントか……」
「テントです……」
肝心のテントを、うっかり忘れてしまったようなのですよユグドラシルさん……。
「むぅ……。それはなんというか、大きいテントの方を忘れたとか、小さいテントの方を忘れたとか、そういうことではなく?」
「そういうことではないですね……。強いて言うならば、両方忘れました」
「両方……」
なんかこう言うと、両方持ってこようとして両方忘れた間抜けみたいに聞こえてしまうな……。
違いますよ? 実際に持ってこようとしたのは片方だけです。なので忘れたのも片方だけなのです。そこだけは勘違いしないようお願いします。
「忘れ物……。うん、それは仕方がない。忘れ物だけは仕方がない」
「ジスレアさん……」
さすがはジスレアさん。世界旅行中の忘れ物に関して寛容。
「というか、なんだか毎回こんなことをやっているような気がしますね」
「ある意味で世界旅行は、忘れ物との戦いだったのかもしれない」
「あまりにも忘れ物が強敵すぎましたね」
「本当にそう思う」
「……そうなのじゃろうか」
うんうんと頷き合う僕とジスレアさんと、怪訝そうな表情を浮かべるユグドラシルさん。そんな対比。
「しかしテントの忘れ物か……。というと、わしと話していたときのことじゃな?」
「あー、そうですね。大きいテントか小さいテントか迷って、マジックバッグからテントを出し入れしている間に、どっちも忘れてしまったようです」
そういえば、そこでユグドラシルさんからも『これで結局どっちのテントも家に忘れるとか、そんなことはないようにな?』なんてことを言われたねぇ……。
そして僕も笑いながら『やだなぁユグドラシルさん、大丈夫ですって』などと返事をしていた記憶がある……。
……今思えば、あれはフラグだったのだな。
見事にフラグを立てて、見事にそのフラグを回収してしまったか……。
「ということは、わしにも責任があるかもしれんのう……。すまぬアレク」
「え? あ、いやいや、そんなことはないです。ユグドラシルさんは何一つ悪くないです」
確かに二人でフラグを立ててしまったけれど……というか、ユグドラシルさんはフラグうんぬんのことを言っているわけではないだろう。
準備をしながら話をしている中で、僕を惑わせてしまったんじゃないかと、その結果テントを忘れたんじゃないかと、そんなことをユグドラシルさんは気にしているのだろう。
とはいえ、それでユグドラシルさんに責任があるかと言えば、決してそんなことはない。ユグドラシルさんは全然悪くない。
これはもう誰が悪いってわけでもないな。あえて言うならば、運が悪かっただけだ。別に誰も悪くは――
「――いや、というか僕が悪いですよね。全面的に僕の責任です。申し訳ございませんでした」
忘れ物をした僕が悪いに決まっていた。どこからどう見ても僕の責任でしかなかった。
……危ないところだった。ジスレアさんとユグドラシルさんの優しさに甘えて、自分の責任まで放棄するところだった
「しかし参りましたね……。いつもの世界旅行なら、じゃあ仕方ないかと村に戻るんでしょうけども……」
「じゃが、もう村には戻れんわけじゃろう?」
「そうなんですよねぇ……」
ついさっきみんなに説明した通りだ。『これから一年間、故郷に戻らず旅を続ける』――これこそがエルフの掟の達成条件。なのでもう戻れない。
じゃあどうしよう。僕達はこれからどうしたらいいものか……。
「……どうするのじゃ?」
「どうしましょうか……」
「掟失敗?」
「いやいやいや……」
諦め早いなジスレアさん。そこはもうちょっと足掻きましょうよ。もうちょっと粘らせてくださいよ。
「キー?」
「え? あ、そっか。だとすると……?」
「キー」
「そうだね、確かにそうだ! ありがとうヘズラト君!」
そっかそっか、さすがだね。さすがはヘズラト君。あまりにも冷静で的確!
僕はヘズラト君の助言に従って、さっそく呪文を唱えた――
「『ダンジョンメニュー』――うん、まだいけますね」
ダンジョンメニューには時計機能がある。現在の時刻がわかるのだ。
そしてその時刻を見る限り――日付が変わるまで、まだ時間がある。
うっかりしていた。僕が村に戻れないのは、二十歳になってからだ。二十歳の誕生日を迎えた後は戻れないけど、十九歳だったら戻ることができる。今日の日付が変わるまで、僕はまだ十九歳。今ならまだ間に合う!
午前零時の鐘はまだ鳴っていない! シンデレラの魔法が解けるまで、まだ時間はある!
……うん。なんか上手いことを言おうとしたつもりが、微妙に失敗した気がしないでもない。
「アレク、どうしたの?」
「あ、はい、ダンジョンメニューには日付を確認する機能があるんです。それによると、まだ僕は誕生日を迎えていません」
「んん? それはつまり――村に戻っても問題ないということ?」
「そうなります」
午前零時までは村を出入りできる。僕はそんなシンデレラ。
「む、しかしどうなのじゃ? アレクの足でも間に合うのか?」
「大丈夫です。僕の足でも間に合います」
「そうなのか。だとすると、日が変わるまでだいぶ猶予がありそうじゃな」
「ええそうです、まだまだ時間は残されています」
そうは言ってもタイムリミットは刻一刻と迫ってきている。なので僕もユグドラシルさんも、若干焦り気味で会話を続け――
焦っていたこともあり、深く考えずに会話を続けてしまったが、今なんかひどいこと言われなかった?
「じゃあアレク、今からすぐに戻る?」
「そうしましょう」
僕は急いで今来た道を引き返すことに決めた。
そうしてマジックバッグを背負い直し、みんなに声を掛ける。
「じゃあ早速――」
「アレク」
「はい?」
「アレクの足でも間に合うとのことだけど――でもやっぱり不安なので、そこは人力車に乗って移動した方がいいと思う」
「…………」
なんかみんな僕にひどいこと言ってない? 気のせいかな?
確かに言っていること自体は間違っていないし、的確なアドバイスな気もするけど、いやでも、なんかちょっと……。
◇
なんやかんやあって――
「無事に再出発できましたね」
「そうじゃのう」
急いで自宅に戻り、テントを回収し、日付が変わる前に再び村を出発した。
これでなんとかエルフの掟も継続できる。無事にチャレンジを続けることができそうだ。
だがしかし、いったん家に戻ってしまったため、そうなるとこの旅は――
「第八回世界旅行ですか……」
世界旅行の最短記録を更新してしまった……。
たった一日での帰還。というよりも、たった数時間で第七回世界旅行を終えてしまった。ファイナル世界旅行とはなんだったのか……。
……まぁいいや。こうして無事に出発できたんだし、今はそのことを喜ぼう。
第七回は終わったけれど、第八回を始めることができた。七転び八起きというやつだ。七回転んでも、八回立ち上がって成功させる。そんな七転八起の世界旅行になったわけだ。
「ふふふ」
「……どうしたのじゃ?」
「あ、いえ、なんでもないです」
今回ばかりはだいぶ上手いことを言えた実感があったため、思わず笑みがこぼれてしまったらしい。ユグドラシルさんが軽く引いている。
「では改めてになりますが、これから第八回世界旅行です。みなさまご協力のほど、何卒よろしくお願いいたします。掟達成のため、これから一年間頑張りましょう」
「おー」
「キー」
「うむ。……いや、さすがにわしは一年付き合わんがな?」
ゆるく声を掛け合いながら、みんなで拳を突き上げた。
これから一年間、みんなで頑張っていこう。
「それはそうとアレク、もう今日は進むつもりはないのだけれど」
「……むむ」
まぁそうだよね。第七回の時点で、もう休もうって話をしていたものね。
「では、テントの準備をしますね」
「うむ。……ところで、今度こそテントはしっかり持ってきたのじゃな? これでまた忘れたなんてことはないじゃろうな」
「ええまぁ大丈夫です。確かに僕といえば手段と目的を間違えることで有名ですが、今度ばかりはさすがに大丈夫です」
「そうか……。というか、アレクも自分のことがしっかりわかっておったのじゃな……」
そんな冗談を言い合いながら、僕はマジックバッグに手を伸ばす。
まぁさすがに大丈夫ですとも。わざわざ家に戻ったのに、戻っただけで満足して、肝心のテントを再び忘れるとか、そんなことはさすがにありえないですとも。
だから大丈夫。マジックバッグにはしっかりテントが……。テントが…………?
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――なんてことにもならず。しっかりマジックバッグにはテントが入っていた。
ユグドラシルさんに変なことを言われて、ちょっぴり焦ってしまった僕がいるけれど、とりあえずはこれで一安心。
ではでは――第八回世界旅行の始まりである。
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