第606話 第七回世界旅行
「ではユグドラシルさん、そろそろ出発しましょうか」
「む、そうか」
自室にて、のんびりと雑談を交わしていた僕とユグドラシルさんだったが、時間的にはそろそろいい頃合いだと思われる。
「では行くか。えぇと、これで第七回か? いよいよ七回目の――」
「――第六回です」
「うん?」
「ええまぁ、確かに世界旅行は七回目ですが――アレク出発祭は六回目です」
「……アレク出発祭?」
世界旅行の前に、アレク出発祭がある。
みんなに見送られながら、村の中をゆったりゆったりパレードするイベントが残っているのだ。
「そうか、あの行進がまたあるのか……」
「むしろ村の人達からすると、あれこそがメインイベントなのではないでしょうか」
「うーむ……。まぁ見送る立場からすると、確かにそうかもしれんのう……」
「村のみんなも、ユグドラシルさんのパレードを楽しみにしていますからね」
「そうなのじゃろうか……。というか、それもどうなのじゃろう。元々はアレクの旅立ちを祝うものじゃろう?」
まぁそうね。それはそうなんだけど、でももう僕は何度も旅立っているからなぁ……。
それこそ最初の方は『頑張れよアレク! 気を付けてな!』ってな感情もあったのだろうけど、今はそれよりも『近くで世界樹様見たい!』って感情の方が上回っているんじゃなかろうか……。
「ところで、世界旅行が七回目で、出発祭が六回目なのか?」
「確かそうだったと思います」
「ふむ。出発祭の方が一回少ないのじゃな」
「あー、第三回世界旅行が二日で終わり、その直後に第四回世界旅行が始まりましたゆえに……。それで第四回のときは出発祭がなかったんですよ」
「ああ、確かにそんなこともあったのう……」
忘れ物があって、すぐ戻ってきたんだよね。……その再出発で出発祭とか、とてもじゃないが御免被りたい。どんな辱めだ。むしろ出発祭が開かれないように、こっそり出発した記憶すらある。
「というわけで、今回が六回目のアレク出発祭です。はりきっていきましょう」
「ふむ……。ところでアレクよ」
「はい?」
「ジスレアがおらんが?」
「…………」
あー、それなー、ジスレアさんなー。
「ジスレアさんは……後から合流します」
「…………」
「ああいうパレードはやはり苦手なようでして……。それでもジスレアさん本人は参加すると言ってくれたのですが、そこまで無理をするものでもないかなと思いまして……」
「わしも別に得意ではないのじゃが……」
いやでも、ユグドラシルさんはもう慣れたもんじゃないですか。もう何度もパレードをこなしていますし、みんなも楽しみにしています。なのでどうかユグドラシルさんには参加していただきたいなって……。厚かましいお願いだとは思うのですが、今回だけは甘えさせていただけないかなって……。
◇
無事にアレク出発祭も終わり、村の外までやってきた。
その後ジスレアさんとも合流し、いよいよ第七回世界旅行の始まりである。
「さてさて、こうして世界旅行が始まったわけですが――ここでひとつ、現状の確認をしておきたいと思います」
「む? 現状の確認?」
「そもそもこの旅はなんなのか、いったい僕達は何をしているのか、そういう確認です」
「ふむ。確かにアレク出発祭でパレードをしたり、カークおじさん宅でダラダラと過ごしているときなどは、『わしらはいったい何をしているのか』という気分になるな」
「…………」
そういうんじゃないんだけどね。
そういう、ふと冷静になって我に返った瞬間の話ではないのだけど……。
「そもそも世界旅行とは、若く優秀なエルフが世界を知るための旅であり――――別に僕が言っているわけではないですよ? 別に僕も自分が優秀だとは思ってませんし、そこを突っ込まれても困ります。やめてください」
「……別に何も言っておらんが」
「あ、すみません」
なんか被害妄想モードに入ってしまった。何か言われるんじゃないかと勝手に恐れ、自分から言い訳を始めてしまった。
「アレクは優秀だと思う」
「え? あ、はい、ありがとうございますジスレアさん」
「十四歳でワイルドボアを倒すなんて、才能がなければできない。自信を持っていい」
「……ありがとうございます」
えぇと、まぁその、そう言ってくれるのは嬉しいけれど……。
でもそのフォローはなんだかなぁ……。確かにそれが世界旅行の発端だったりするんだけれど、でもそれってチート回復薬の力を借りてゴリ押しただけだしなぁ……。
「……とにかく、そんな感じで僕は旅をしなければいけないのです。そういう決まりです。そういう掟です」
「うむ。エルフの掟じゃな」
「そうです。その掟の達成条件が――『二十歳までに世界旅行に旅立ち、累計で二年旅してくる』というものです」
「…………」
「なんですか?」
「いや、別に……」
ええまぁ、確かに紆余曲折あった掟の達成条件ではありますが、一応はこれで決まったので、この条件でやらせていただきたく存じます。
「とりあえず現状では、累計で一年間旅したので、残りのノルマが一年です」
「ふむ。そしてアレクの誕生日が明日で、一応二十歳前に出発はできたか」
「そうですね。なので結論としては、『これから一年間、故郷に戻らず旅を続ける』――これができたら無事に掟達成です」
さすがにこれ以上いろいろと解釈をこねくり回して、条件を変更しようとは思わない。これで決まりだ。これを目標に旅を続ける。
というか、たぶんこれでも僕からすると結構大変な条件っぽいよね。僕の世界旅行記録は最長でも半年、最短は二日である。そこを一年間旅しようってんだから、何気に大変そう。
「……あー、でもそう考えると、これで最後なんですね」
「うん?」
「もちろん掟を達成した後でも、エルフ界の外を旅することはあるかと思いますが、掟のための旅は今回が最後なんですよね」
「ふむ。まぁそうじゃな。第七回世界旅行が最後か」
長く続いた世界旅行も、これが最後。そう考えると何やら感慨深いものがある。
というか……これはもうあれだな。そうなると、もう第七回世界旅行なんかじゃないな。言うなればこれは――ファイナル世界旅行。
これで終幕。これで決着。正真正銘最後の戦い。ファイナル世界旅行。
そのことを意識して、一歩一歩噛み締めながら旅を続けようではないか。
あ、うん。まぁ僕は人力車に揺られているだけで、一歩一歩歩いているのはヘズラト君なのだが……いや、でもなんか僕も気合が入った。最後の旅を頑張ろうって気になった。
うんうん。頑張ろう。これから一年間、頑張って旅しようじゃないか。そして無事に掟も達成し、エルフとしての使命を成し遂げるのだ! 頑張れ僕! エルフ界の未来のために、前へ前へ突き進むのだ!
「アレク」
「はい?」
「なんだか気合を入れているところで申し訳ないのだけど、今日の移動はここまでにしよう。もう日も暮れてきた」
「あ、はい、わかりました」
……やはり世界旅行の初日はすぐ終わるな。まぁ出発が夕方頃で、そこからゆったりゆったりパレードが始まるため、そうなってしまうのも仕方がない。
じゃあ今日はここまでか。いきなり肩透かしをくらってしまったが、とりあえずファイナル世界旅行の初日はこれにて終了らしい。
「ではテントの準備をしますね」
「うん、よろしく」
僕は人力車から降りて、マジックバッグに手を伸ばす。そしてバッグの中からテントを――
「…………」
「どうかしたか?」
「テントが……」
「うん?」
「テントが見付からないのですが……」
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