第602話 グッと親指を立てながら、溶鉱炉へ沈んでいくユグドラシルさん
「ふーむ。面白いのう」
僕が渡した白いお皿を、ユグドラシルさんが興味深そうにしげしげと眺めている。
表を確認して、ひっくり返して裏を確認して、それから硬さや薄さを確認して、その度にうむうむ唸っている。
「うむうむ。良いのう。ありがとうアレク」
「いえいえ、気に入っていただけたようで何よりです」
シンプルな白いお皿でも、十分喜んでもらえたようだ。
やはり僕としてはセルジャン皿を贈呈したい気持ちもあったのだが……まぁユグドラシルさんが遠慮するなら仕方がない。特別扱いは気が引けるというユグドラシルさんの意志を尊重しようではないか。
「それとですね、ユグドラシルさんにはもうひとつプレゼントがありまして」
「うん?」
「ちょっと待っててください」
年も明けたことだし、アレも渡さねばならん。恒例のアレをユグドラシルさんに奉納せねばならんのだ。
僕は部屋のマジックバッグから、この日のために作った木箱を取り出し、テーブルの上に置いた。
「どうぞ、お納めください」
「…………」
木箱をユグドラシルさんの方にズズズイっと寄せるが――ユグドラシルさんは渋い顔で木箱を眺めるのみであった。
「えっと、どうかしましたか?」
「これは……またあれじゃろ? ダンジョンのお供え物を換金したやつじゃろ? つまりは――金の延べ棒じゃろ?」
「……ふむ」
ダンジョン入口近くに安置されている等身大ユグドラシル神像。いつしかその前には、お賽銭やらお供え物やら置かれるようになって――というか僕も置いてる。主にお賽銭をバシバシ投入している。
さておき、そのお供えはダンジョンが吸収し、金に変換し、年明けにユグドラシルさん本人に納めるのがいつもの流れとなっている。
その金の延べ棒がこの木箱に入っているはずだと、ユグドラシルさんは予想したらしい。
「いやいや、何をおっしゃいますかユグドラシルさん。違いますよ、ただのパンです。パンが入っているだけです。どうぞ開けてみてください」
「……では開けるが」
僕の言葉に訝しむ様子を見せつつ、ユグドラシルさんが木箱の蓋を開ける。
すると中には――
「パンじゃな」
「パンですとも」
今日のパン祭りでも撒かれた各種パンが、綺麗に並べられていた。
というわけで、一見するとパンの詰め合わせ木箱である。
「また二重底か……」
「ふふふ」
その通りである。一見するとパンの詰め合わせ木箱だが、実際には――
……いや、まぁ一見しただけでも違和感はあるかな。というか、よくよく見ると違和感がすごい。
明らかにパンが並んでいる部分と、木箱の大きさが合ってない。これで本当にパンしか入っていないのなら、どれだけ上げ底しているんだって話だ。
「しかしですね、先ほどユグドラシルさんは金の延べ棒を予想されていましたが、そこだけは本当に違うのですよ」
「うん? そうなのか? じゃが、二重底であることは間違いないのじゃろう? 何か違う物が入っておるのか?」
「そうですねぇ。では、その下も確認してみてくださいな」
「ふむ……」
僕の言葉を聞き、ユグドラシルさんが木箱に手を伸ばすが――
「あ、ちょっと待ってください」
「うん?」
ひとまず木箱からパンを取り出そうとするユグドラシルさんに、僕は待ったを掛けた。
「端の方を持ってください。パンと一緒に上の部分だけ簡単に外せるようになっています」
「わざわざそんな仕組みを作ってまで、何故この形式にこだわるのか……」
それはまぁ、僕が悪代官と越後屋ごっこをしたいってだけなんよね。
とはいえ、ユグドラシルさんから『お主も悪よのう』の名台詞を聞ける日は遠そうだ。別にユグドラシルさんは悪くないし、なんなら僕だって悪くない。たぶん悪いことはしていない。……していないと思う。
とかなんとか考えているうちに、ユグドラシルさんが木箱のパン部分を外した。
すると、その下から現れたのは――
「ふふふ。どうです? 金の延べ棒ではないですよね」
「これは……」
「金のユグドラシルさん――純金ユグドラシル神像です」
「…………」
今回はお供えを変換した金で、棒ではなくユグドラシルさんの神像を作ってみた。
可愛らしく、それでいて気品があり勇壮な純金のユグドラシルさんが、躍動感あふれるポーズでにっこりと笑っている。これまた輝くような笑顔である。さすがは純金。
「いったい何を作っておるのじゃ……」
「さぁどうぞ、お手にとってご覧ください」
「うぅむ……」
だいぶ困惑した様子で、純金ユグドラシル神像に手を伸ばすユグドラシルさん本人だが――
「……というか、これはなんじゃ?」
「はい?」
「何やら光っておるのじゃが……。いや、人形ではなく、その周りの……」
「ああ、ヒカリゴケです。緩衝材として敷き詰めてみました」
「そうか……」
金って案外柔らかいみたいだし、せっかくの純金ユグドラシル神像が傷付くのも嫌なので、何か緩衝材を用意することにした。
そこで緩衝材に抜擢したのが、僕のヒカリゴケだ。なんとなく試しに敷き詰めたところ、わりといい感じに収まってくれたので、そのまま採用してみた。
「今日の朝に作って詰めたヒカリゴケです。なので、おそらくですが――」
「うん?」
「あと一週間は光り続けると思います」
「だからなんじゃ」
かなり気合を入れて作ったから、そのくらいは保つはずだ。最低でも一週間、もしかしたら二週間くらいいけるかもしれない。
そんなヒカリゴケに包まれている純金ユグドラシル神像をユグドラシルさん本人が取り出し、テーブルに置いた。しげしげと眺めながら、うーむうーむと唸っている。
「……正直この人形に対して、なんと言ったらいいのかよくわからん。わし自身の感情がわからん。……まぁ、よく出来ているとは思う」
「そうでしょうそうでしょう」
「というか、これはどうやって作ったのじゃ? ダンジョンで作った物なのか?」
「ですね。金の延べ棒と同じ要領で作りました」
「ふーむ。やはりダンジョンか……。それにしては、何やらお主が作るわしの人形と似た印象を受けるのじゃが」
「おぉ? そうですか? そう感じましたか」
ほうほう。なんだか嬉しいね。そこに気付いてくれたのは嬉しい。
「実はですね、元の神像は僕が作ったんですよ」
「うん? どういうことじゃ?」
「元となるユグドラシル神像を僕が木で作って、それをダンジョンに吸収させて記憶させて、それから同じ造形の神像を金で生み出したのです」
「ほぉ? そんなことができるのか」
「みたいですね。ナナさんにお願いしてやってもらいました」
そんな感じで完成した純金ユグドラシル神像。良いよね。とても良い物だ。
というか実際に価値がある物なんじゃない? そもそも純金で価値があるし、しかもこの造形だ。躍動感あふれる笑顔のユグドラシル神像なのだ。これはもうとんでもない価値になっちゃいますよ? 売ったらえらいことになっちゃいそうですよ?
「しかしこれは、どうしたものかのう……」
「そうですねぇ。まぁ、お部屋に飾るとか」
「飾るのか……」
高値で売れそうではあるけれど、ユグドラシルさんはお金に困る人でもなさそうだし、だったら飾るのが無難かと。
「あるいは、誰かに譲与するとか」
「譲与のう……」
どこかの教会とかに、褒美として下賜するとか?
たぶん喜んでくれるんじゃないかなって……うん、まぁ貰った教会の人も困りそうではあるけれど。
「それか――金貨にしちゃってもいいですよ?」
「金貨?」
「全部溶かして、金貨に」
「えぇ……?」
あんまりにも悩むようなら、ただの金として使っちゃってもいいかと思ったのだけど……僕の言葉にユグドラシルさんは軽く引いている様子。
まぁデザインがデザインだけに、若干溶かしづらいかな。溶けていく様も、だいぶシュールに感じそうだし……。
……ふむ。溶鉱炉で溶けていくユグドラシルさんの神像か。
親指をグッと立てているポーズとかの方がよかったかな?
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