第60話 お兄ちゃんどいて!
僕とユグドラシルさんは、教会へ到着した。
「何事もなく着いてよかったですね?」
「あったじゃろうが!」
「…………」
……まぁ、あったといえばあった。
教会へ向かうため、僕はユグドラシルさんと一緒に家を出た。
その時だ、僕達が家から一歩外に出たその瞬間――――遊びに来たレリーナちゃんと鉢合わせしたのだ。
「なんじゃったのじゃ、あの娘は……」
「その……普段は優しくて良い子なんですよ? ただ、ときどき我を忘れるといいますか……」
「忘れすぎじゃろ……」
まだ朝も早い時間だった。
朝早くに、一緒に連れ添って家を出る男女――そんな決定的瞬間を、レリーナちゃんに見られてしまった。
しかし、意外や意外、レリーナちゃんは能面のような顔にはならなかった。
――普通に般若のような顔になっていた。
コーディネーター兼ボディガードの僕は、ユグドラシルさんを守るため、レリーナちゃんの前に立ち塞がることを余儀なくされる。
その様子を見て、レリーナちゃんはさらに激昂した。
その結果――
『お兄ちゃんどいて! そいつこ――』
『ちょ、だめだレリーナちゃん! それ以上いけない!』
『離して! 離してお兄ちゃん!』
『ゆ、ユグドラシルさん! いったん家の中へ!』
『な、なんじゃ!? いったいなんなのじゃ!?』
『シャーッ! フーッ! フーッ!』
『れ、レリーナちゃん? な、なんだか人間性すら失われているんだけど……? お、落ち着いて? 戻ってきてレリーナちゃん――って、力強いな! ち、父ー! 父ー! 手を貸してー!』
……みたいなことになった。
それから僕はユグドラシルさんがどういう存在で、何故ここにいるのかをレリーナちゃんに説明した。
『あの人は神様だから。別にそんなおかしな関係じゃないから』と必死に伝え、レリーナちゃんをなだめ続けた。
彼女が怒りをしずめ、人間性を取り戻すまで、おそらく二時間はかかっただろう。
余談だが、もちろん『同じベッドで一夜を共にした』なんてことは伝えていない。そんなことを知ったら、レリーナちゃんは人に戻れなくなってしまう……。
「出発前にちょっとしたゴタゴタはありましたが、ちゃんと着くには着いたことですし……」
「何がちょっとしたゴタゴタじゃ、大騒ぎじゃったろうが……」
ちなみに遊びに来たレリーナちゃんは、申し訳ないけど家に帰ってもらった。
いくら彼女が落ち着いたとはいえ、ユグドラシルさんと一緒に三人で行動するのは難しいと判断した。
……さすがに護衛対象と警戒対象の同伴は、ボディガードである僕の負担が大きすぎる。
「まぁとにかく教会へ着いたので、中へ――あ」
「どうした?」
「いえ……ちょっと待っていてもらってもいいですか?」
……このままユグドラシルさんを教会の中に入れるのは、まずい気がする。
ユグドラシルさんは、ある意味教会のトップだ。
たぶん中のローデットさんはいつも通り残念な感じだと思うから、このままだとローデットさんは、会社のトップから直々にお叱りを受けることになってしまう。
僕はあのゆるい感じのローデットさんを好ましく思っているんだ。叱られてローデットさんが更生するようなことがあったら――いやまぁ更生することは良いことなんだろうけどさ……。
というか、あんまり更生するとも思えないけど……。
「なんじゃ、どうした?」
「いや、その、準備があるかもしれないので、少々お待ちいただいても?」
少し迷ったが、やはりローデットさんが叱られるように仕向ける真似もしたくない。というわけで、少し待つようユグドラシルさんに伝えた。
「準備? なんのじゃ?」
「えっと、やはり世界樹様を迎えるにあたって、それなりの体裁というか、準備は整えたいかと……」
「いらんいらん。少し話をして、日頃の苦労をねぎらってやるだけじゃ。そこまで大事にするつもりはない。……というか、お主はどこの立場で話しておるのじゃ」
同じ村人としての立場かな……。一応世話にもなっているし、怒られているところを見るのは忍びない。
しかし、『ねぎらう』か。やっぱり会社の社長と社員のような関係らしい。
まぁ、ねぎらわれるような活動をローデットさんがしているかどうかは、ちょっとわからないけど……。
「いや、しかしですね、いきなりだとローデットさんもびっくりすると思うんですよ」
「ローデット? あぁ、ここの修道女がそんな名前じゃったな」
「はい。ローデットさんも自らが信仰する世界樹様との対面となると、気持ちの準備も必要かと」
「いらんというのに、ほれいくぞ?」
「あ、ちょ――」
ユグドラシルさんは僕の制止も聞かず、教会のドアを開け、中へ進んでしまった。
だ、大丈夫かな……。
い、いや、まだ怒られると決まったわけじゃない。もしかしたらローデットさんが真面目に仕事をしている可能性だってあるんだ。かなり期待薄だけど、一応は可能性がある。
とりあえずローデットさんが真面目に仕事をしていることを祈ろう。幸いにもここは礼拝堂で、祈るにはピッタリの場所だ。
「おーい、ローデットとやらー。おるかー?」
ユグドラシルさんがローデットさんの名を呼びながら礼拝堂を進む。
僕も祈りながらその後に続いた。
「む?」
「どうかしましたか?」
「礼拝堂で寝とる不届き者がおるな」
「あぁぁぁ……」
ユグドラシルさんの視線の先――長椅子で寝ているローデットさんの姿を、僕も確認した。
レリーナちゃんといいローデットさんといい、何故この村の人達は、こうも神様に喧嘩を売るのだろう……。
……あ、僕もか。僕も含めてだわ。なんて村だ。
「えぇと、その人がローデットさんです」
「えっ? ……寝とるが?」
「寝てますね……」
一瞬だけ、『その人はローデットなんて人じゃないです』作戦を決行しようかとも思ったけれど……すでに『僕はアレクなんて人じゃないです』作戦が失敗していることを考慮し、作戦は中止した。
同じ轍を踏みたくはない。というか失敗する未来しか見えなかった。
「こやつがこの教会の修道女なのか?」
「そうです……」
相変わらず口を半開きでだらしなく眠るローデットさん。これにはユグドラシルさんも呆れ顔だ。
「いつもこんな感じなのか?」
「いや、それはその――あ! あれを見てください!」
「ん、なんじゃ? ……箒?」
僕は目ざとく、ローデットさんが寝ている長椅子の側に、箒が転がっていることを発見した。
「はい。箒です! つまりローデットさんは、掃除の途中だったんです!」
「そのようじゃが……何故お主がそこまで興奮しているのかわからん」
あれ? いまいちユグドラシルさんの反応が悪いな……。
『ローデットさんが掃除をしていた』――これがどれほどの奇跡か……。
「だ、だってこれは、ローデットさんが掃除をしていたってことですよ……?」
「……つまりこの女は、掃除をしただけで驚かれるような――それだけ普段から怠けておるというわけじゃな?」
「え? えぇと、いや、それは――あ」
ユグドラシルさんが、いつの間にかローデットさんの顔面を掴んでいた……。
「たわけが」
「――!? 痛い痛い痛い! 痛いですー!!」
あぁ、無惨な……。せっかく久しぶりに頑張っていたローデットさんだったのに……。
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