第585話 皮肉と贅肉
「というわけで――今日はディースさんに買い物をしてきてもらおうかと思います」
自室にて、召喚したディースさんにそう告げた。当初の予定通り、今日はお買い物の日である。
「あら? 買い物はいいのだけれど、『してきてもらう』というのは?」
「ええまぁ、いろいろ考えたのですが、今回ディースさんの買い物に付き合うのは、僕じゃなくて他の人に任せようかと」
最初は僕が付いていくつもりだったんだけどね。でも今回の買い物の目的は、ディースさんが下界で生活する上で必要になる日用品やら服やらだ。
そう考えると、付き添いは僕じゃないな。他の人が付き添った方が捗るはずだ。
「まぁ女性の買い物ですから、やっぱり案内人も女性がいいかなと」
「そうなのね。私からすると少し残念だけど、まぁアレクちゃんが言うならそうしましょうか。それで、アレクちゃんの代わりに案内してくれる女性とは誰なのかしら?」
「ええはい、それではお呼びしましょう。今回ディースさんの案内人を務めてくれるのは――」
そこまで言った後で、僕は溜めるように言葉を区切り――床に手をかざして呪文を唱えた。
「『召喚:ミコト』」
「――我が名はミコト。契約により現界した」
いつもの決め台詞とともに、下からミコトさんがババーンと登場した。
――そうなのだ。今回の案内人は、ディースさんの盟友ミコトさんなのだ!
「ねぇアレクちゃん」
「なんでしょう」
「この人選はあっているの?」
「どういう意味だディース」
……どうやらディースさんは、ミコトさんの案内に不安を覚えている模様。ついこの間も、『ミコトはポンコツになってしまった』と嘆いていたくらいだしなぁ……。
「まぁ同じ女性で、同じ女神様で、同じアレクハウスに住むミコトさんですし、そう考えると適任なのではないでしょうか」
「そういうことだディース、諦めろ」
諦めろって自分で言っちゃうのも、なんか違う気がするけど……。
「で、いろいろお店を回ってもらって、必要な物を集めてほしいのですが――そのために、僕からもいろいろと準備させていただきました」
そう二人に伝え、マジックバッグから僕が取り出したのが――
「お金です」
「…………」
お金の入った袋をテーブルにドスンと載せた。これを軍資金に、思う存分物資を調達してきてほしい。
「ごそごそと袋にお金を詰めている姿は上から見ていたけれど……さすがに多すぎじゃない?」
「そうですか? でも足りないよりは余る方がいいですよね。さぁさぁ、遠慮なくお持ちください」
「うーん……」
ずいっとディースさんの近くへ袋を押しやるが、ディースさんは困った顔を浮かべるばかり。どうやらこういう場面でちょっぴり遠慮するタイプらしい。慎み深いディースさんである。
「アレク君のせっかくの厚意だし、受け取っておけばいいじゃないか」
「そうは言うけど、そうやってアレクちゃんに甘えすぎるのもどうなのかしら」
「甘やかしてくれるんだから、甘えておけばいいじゃないか」
なるほど、ミコトさんは逆だな。こういう場面で遠慮しないタイプのようだ。
……というか、今のミコトさんのセリフを聞いていると、やっぱり甘やかしすぎるのはよくないんじゃないかって気にもなってくる。
やっぱり僕なのかな……。僕がミコトさんを甘やかしたばっかりに、僕からの悪影響を受けて、ミコトさんはポンコツになってしまったのだろうか……。
「でもミコト、そんなふうに好きなだけお金を与えられて、そのお金で自堕落に飲み食いして――そうしてアレクちゃんから貰ったお金が、そのまま横っ腹の贅肉に変わってしまったりするんじゃなくて?」
おぉう……。これはまた強烈な皮肉である……。
これに対してミコトさんは――
「そうかな? 別にそれは、自分が気を付ければいいだけだろう?」
「…………」
まるで効いていない……。自分への皮肉だと――自分の贅肉に向けられた皮肉だとは思わなかったらしい。さすがだミコトさん……。
「……そういうわけで、とにかくこちらを使ってください。ひとまずミコトさんに渡しておきますね」
「私に? あぁそうか、そういえばディースはまだ自分のマジックバッグを持っていなかったか」
「そうなんですよ。今回の買い出しで、マジックバッグの調達もお願いしますね」
そんな話をしながら、ミコトさんのマジックバッグにお金を詰めてもらい――それとは別に、僕はお金の入った袋を新たに取り出した。
「これはミコトさんにです。今日は急な申し出を引き受けてくれて、ありがとうございます」
「おぉ、なんだか悪いなアレク君。こんなの全然構わないのに」
「いえいえ、ほんのお気持ちです」
「そうかい? それじゃあ遠慮なく」
そう言ってお金を受け取るミコトさん。
その様子を見ながら、ディースさんは「あれも贅肉に……」なんてつぶやいていた。
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