第59話 朝チュン
チュンチュンというすずめの鳴き声で、僕は目を覚ました。
「……ん、んん?」
起きたばかりの僕の目の前には、緑が広がっていた。――といっても別にここは草原でも森の中でもない、自室のベッドだ。
一瞬何かと思った緑は、ユグドラシルさんの緑髪だった。
「神様が僕の隣で寝ている……」
ユグドラシルさんと一夜を共にしてしまった。
まぁ別にそんな色気のある話でもないんだけど……。そもそもユグドラシルさんの見た目は八歳児なのだから、色気を感じることはない。むしろ色気を感じたらまずい。
さておき、どうやら遅くまで二人で遊んでいるうちに、同じベッドで眠ってしまったようだ。
「それにしても、普通に寝ているなユグドラシルさん」
世界樹様でも普通に寝るんだね……。
たぶん僕と同じように寝落ちした感じだと思うんだけど、世界樹様でも普通に寝落ちするんだね……。
「ちゃんと呼吸してる……」
なんとなくユグドラシルさんを観察する僕。小さな寝息が聞こえ、胸がゆっくりと上下しているのが見てとれる。
世界樹様でも普通に呼吸するんだね……。もしかして、二酸化炭素を吸って酸素を吐いていたりするんだろうか?
ぼんやりとそんなことを考えながらユグドラシルさんを見ていると、僕の視線を感じたのだろうか、ユグドラシルさんの目が開いた――
「な、なんじゃ貴様!?」
「――ふぐッ」
「ぬぅ、ここはいったい……? うん? アレクか?」
「ごふ、ごふ……」
「あ、すまぬ……」
非常に強烈な前蹴りを腹部にいただいてしまった。僕は業界の人ではないから、これをご褒美とはとても思えない。
あの細い足に、いったいどれだけの力が秘められているのか、昨日食べたライ麦パンが出てしまいそうだ……。
ユグドラシルさんは、たった一人で暴力ヒロインの復権でも目指しているんだろうか? なんだか僕に対する攻撃性が無駄に高い。
そういえば昨日はコマやヨーヨーなんかでも遊んだのだけど、無闇矢鱈と僕にぶつけてきたな……。それは暴力ヒロインではなく、ドジっ子属性な気がするんだけど……?
とりあえずあれだ、やっぱりジスレアさんのところへ行きたい。そう強く思った……。
「だ、大丈夫か……?」
「大丈夫です……」
あんまり大丈夫じゃない。喋るのもつらいし、しばらくは立ち上がれそうにない。少なくともテンカウント以内に立ち上がるのは無理そうだ。ボディブローは地獄の苦しみと聞くが、まさにだな。
「すまぬ。驚いてつい……」
「いえ、こちらこそ……」
まぁよく考えたら、幼女の寝姿をまじまじと観察して、寝息を聞いたり胸元を凝視するなんてのは、紛れもなく変態の所業だ。
そんな変態が起きたら目の前にいたのだから、驚いて前蹴りを叩き込んでしまうのも納得だ。
「えぇと、とりあえずおはようございます」
「うむ、おはよう。いい朝じゃな?」
「そうですねぇ……」
「起きんのか?」
ダメージの回復まで、もうちょっと待っていてくれますか?
◇
「朝食も美味かったのう」
「そうですねぇ」
どうにか回復した僕は、リビングで家族と朝食を取ってから、部屋に戻ってきた。ユグドラシルさんにも『食べますか?』と聞いたところ『うむ』とのことで、一緒に食べてきた。
食事中、なんだか僕を見る両親の視線が微妙に痛い気がした。息子が部屋に女の子を連れ込んで朝まで一緒にいたら、あんな目にもなるだろうか?
だけど僕はまだ八歳の幼児なんだし、そんな心配をしなくても――いや、八歳のうちからそんな不健全な生活をしていたら、逆に心配するか……。
「ところでアレクよ」
「はい?」
「わしはこの村――メイユ村じゃったか? メイユ村に来たのは初めてでのう」
「あぁ、そうなんですか」
「できたらお主に案内してほしいのじゃが?」
「それは別に構いませんが……」
どうやらユグドラシル編はまだ続くみたいだ。
今日はジスレアさんのところで治療してもらおうと思っていたんだけど、ちょっと難しいかもしれない。さすがにユグドラシルさんが一緒なのに、治療してもらうのは気まずい。
「案内といっても、特別何もない村ですよ? まぁ僕は外に出たことがないので、他の村のことはわからないですけど……」
「構わんぞ? そういう民の何気ない日常を見守るのも、神の役目じゃ」
「あ、何だか神様っぽいですね?」
「神じゃからな」
そんな軽口を叩き合い、二人でキャッキャッと笑い合う。……なんだかユグドラシルさんとは、ずいぶん仲良くなれた気がするなぁ。
……しかしそうだな。どうせならユグドラシルさんには、僕だけではなくメイユ村のこともよく知ってもらって、この村や村の人達のことを好きになってもらいたい。
――よし。ならば今日一日、僕はコーディネーターとして頑張ろう。頑張ってユグドラシルさんに村を案内して回ろうじゃないか。
「じゃあ、まずはどこへ行きましょう? 何か希望はありますか?」
「ふーむ、やはりまずは教会かの?」
「おぅ……」
教会か……。頑張って案内しようと意気込んだばかりだけれども、いきなりの難所だ……。
教会を管理している人は、あんまり信仰心を感じられないような人なんだけど……信仰対象をうまくもてなすことができるだろうか……。
まぁ仕方がない。とりあえず教会へ行こう。
あとはどこかな? ジスレアさんの診療所と、ジェレッドパパのホームセンターとかかな? 逆にいえば、この村にはそのあたりしか見どころがない気もする。
他にどこか僕が案内できるような場所はあったっけかな?
……訓練場とか? 一応見てもらう? いやけど、何もないしなぁ……。ぽつんと存在する米俵を見せられても、ユグドラシルさんだって困るだろう。
「えーと、ではまぁ、とりあえず教会へ向けて出発しましょうか」
「うむ」
よく考えたら――って言い方はアレだけど、一応は――って言い方はもっとアレだけど……とにかく、ユグドラシルさんはエルフ達の神様なわけだ。
ともすれば、村人が集まってきて騒ぎになったりするかもしれない。
そうなった場合、僕はユグドラシルさんのガードマンにもならなければいけないだろう。それは結構責任重大だ。
まぁ、この村の人達はみんな穏やかで優しいから、そんな大変なことにはならないと思うけど。
少しだけ気になるといえば――レリーナちゃんだ……。
今現在ユグドラシルさんは、見た目だけなら僕と同じ八歳の子どもだ。同じ年頃の女の子と一緒に歩いているところをレリーナちゃんに発見されたら…………ちょっと怖いな。
しかも僕は、ユグドラシルさんを守らなければいけない立場なのだ。
怒って詰め寄るレリーナちゃんからユグドラシルさんを守るように立つ僕とか……まずいよね、火に油を注ぐことになりそう……。
……いや、大丈夫、きっと大丈夫だ。あの日、あれほど献身的に僕を看病してくれたレリーナちゃんを思い出せ。たぶん大丈夫、大丈夫だと信じたい。
基本的には優しい子だから……。ジャ◯プもガ◯ガンもマーガ◯ットも、必要ないはずだから……。
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