第555話 日和るアレク
「いろいろありましたが、ひとまずワイン造りは順調に進んでおります」
「なるほど」
引き続き、ナナさんからの活動報告を聞き取り中。本当にいろいろあったみたいだけれど、どうにかこうにか僕がお願いした案件を遂行しようとナナさんは頑張ってくれたらしい。ありがとうナナさん。
「今は樽に詰めて、倉庫で醸造中です」
「あぁ、家の倉庫か。先に見ておけばよかったね」
「家に帰ったら見に行きましょうか」
「そうしよう」
ユグドラシルさんに踏んでもらったユグドラ汁は、今も家の倉庫でひっそりと超ユグドラ汁へと変身している最中らしい。後でちゃんと確認しておこう。
「さて、これで大体の報告は終わった感じかな?」
「――いえ、最後にもうひとつ、大事なご報告があります」
「おや?」
そうなの? なんだっけ? 他に何か頼んでいたことがあったかな?
はて、ナナさんからの大事なご報告とは――
「ダンジョンの――新エリアです」
「あー」
そっかそっか、それがあったか。そういえば世界旅行前にダンジョン会議を開いて、そこで次のエリアも決めたんだった。
「マスターが旅行中、新エリアもしっかり実装しておきました」
「ほうほう。ってことは、つまり8-1エリアに――」
「そうです。8-1に新エリアとして――海岸エリアを実装しました」
海岸エリアである。今回は海岸エリアに決めた。
まぁいろいろと候補は他にもあったんだけどね。海エリアがいいんじゃないかとか、温泉エリアもいいなぁとか、そんな案も挙がっていた。
「あるいは海エリアで本決まりになりそうな雰囲気もあったのですが――直前でマスターが日和ったため、海岸エリアに決定しましたね」
「…………」
日和ったって言い方は、ちょっとやめてほしいなぁ。別に僕はそんな、日和ったりなんか……。
「んー、なんというか僕が考えるに……やっぱり海エリアって普通のエリアとはだいぶ趣が異なると思うのよ。ひょっとすると大きな事故とかも起きてしまいそうで、その対策をどうするのか、しっかりとした安全対策を施せるのか、ついついそういうことを悩んでしまって……」
「なるほど、それでビビったわけですね?」
「まぁ……」
『日和った』から、『ビビった』に変わってしまった。より情けない感じになってしまった……。
でもさー、わかんないけど海エリアって、イメージとしては船とかで進む感じなんじゃない?
だとしたら落ちて溺れたり、あるいは遭難してしまったりとか、そういう事故が怖いのよ。そんな心配から、どうしても日和ってしまうしビビってしまう。
「まぁそういった安全対策を考えること自体は、大事なことだと私も思います」
「だよね。それは絶対そう」
「とはいえ、ここにいる成人エルフならばどうとでもなりそうな気もしますけどね。たとえ大海原のど真ん中に落としても、悠々と泳いで帰ってきそうじゃないですか?」
「うーむ……」
そもそもの身体能力が違うからねぇ。前世の人間基準で考える安全対策は、そもそも過剰すぎる可能性が無きにしも非ず。
「とにかく、そんなわけで今回は海岸エリアに決まりまして――まぁ元々海岸エリアも候補のひとつではありましたね」
「そうだね。確か、牧場エリアだったっけ? 牧場エリアを作るときにも海岸エリアは候補として挙がっていたと思う」
最終的には牧場エリアに決まったわけだが、海エリアや海岸エリアも候補のひとつに……あぁ、そうか、確かあのときも海よりは海岸エリアなのかなって、そんなふうに日和っていた記憶がある。
「しかしマスター、私としては少々気になることがあるのですが」
「うん? 何かな?」
「海エリアが候補に挙がったとき、湖エリアと若干かぶってしまうのではないかと我々は危惧していたはずです」
「ふむ。まぁそうだね」
「だというのに、今回海岸エリアまで実装してしまいました。そうなると最終的にはダンジョンに――湖エリアと海岸エリアと海エリアが出来てしまうのでは?」
「……なるほど」
水辺のエリアが三つも出来ることになってしまう。似たようなエリアが三つというのは、バリエーション的にどうなのだろう。
「これはもうアレですよ」
「アレ?」
「紛れもなく、ネタ切れ――」
「やめなさい」
だからダメだというのに。それは禁句だナナさん。というか、違うから。まだあるから、まだまだネタはあるから。
……まぁそれも、いろんな人からいろんなアイデアを貰ったからって理由だったりもするけれど、一応はまだまだネタ切れではないので、そこだけは気を付けていただきたい。気を遣っていただきたい。
「……さておき、とりあえずその海岸エリアのことを、もう少し詳しく聞かせてもらえるかな? 今エリアの状況はどんな感じなのかな?」
「はぁ、それでは今から行きますか? 百聞は一見に如かず。実際に海岸エリアへ行ってみましょう」
「あれ? もう入れるんだっけ? 年齢制限は?」
出来てばかりの新エリアに、子供エルフは入れない決まりになっているはずだ。
まぁ僕ももう子供っていう年齢ではなくなりつつあるが、二十歳未満は立ち入り禁止という決まりゆえ、年齢的に僕もまだダメかと思ったのだが。
「大丈夫ですよ? すでに実装して一ヶ月以上経っているので」
「あ、そうなんだ」
大人エルフが一ヶ月ほど調査して、危険がないと判断されてからの子供エルフの入場解禁。いつもの流れだね。
ふむふむ。じゃあ行こうか。ダンジョンマスターとして、新エリアの視察をせねばならん。ついでに海岸エリアでリゾート気分を味わえたら言うことなしだ。
「うん、行こうナナさん。視察ついでに、海岸エリアを楽しんでこようじゃないかナナさん」
「そうですね。海岸エリアの砂浜で、ビーチフラッグスでもやりましょう」
「…………」
「冗談です」
「…………」
冗談ですって言われるのも、それはそれで微妙に腑に落ちない。
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