第56話 え、食べるんですか?
「アレクー? もういいかい? まだかな?」
部屋の外から父が、隠れんぼの鬼役のような声をかけてきた。
僕とユグドラシルさんがドタバタやっている間に、結構な時間が経ったらしい。そろそろ大丈夫かと父は判断したんだろう。……大丈夫なのかな?
「ええと、いいですか?」
「うむ」
「すみません」
僕が小声でユグドラシルさんに確認したところ、ユグドラシルさんも律儀に小声で返してくれた。
「父、どうしたの?」
「そろそろご飯だよ?」
「あ、うん。えーと、わかった」
そう返答すると、父は部屋から離れていった。
そうか、もう夕食の時間か。……どうしたもんかな。
「その、ご飯らしいです」
「ふむ。ではご相伴にあずかろうかの」
「はい……は? え?」
僕は別に、『ユグドラシル様、お夕食の準備が整いました』と伝えたかったわけじゃない。……いやまぁ確かに夕食だとは伝えたけど、そういう意味じゃない。
というかそもそも、ユグドラシルさんの夕食は準備していない。
「え、食べるんですか?」
「なんじゃ、用意ができたのじゃろ?」
むしろ世界樹様は、人間の食事を取るのか? 根から水とか吸うのでは?
というか、こっちのユグドラシルさんは分体で、本体の方がしっかり吸っているんじゃないのか?
「いえ、たぶんユグドラシルさんの分は用意していないと思うのですが……」
「この体ではそれほど多くは食えん。みなの分をちょっとずつ分けてもらえればよい」
「はぁ……」
なんか小学校のとき、給食でそんなのあったな。ぶちまけちゃったクラスの分を、他のクラスで融通するやつ……。
「なんじゃ? お主の事情を聞くために、わざわざここまで来てやったのじゃぞ? それくらいはしても罰は当たらんじゃろ?」
「いえ、はい。確かにそれは申し訳なかったです……」
「夕食を一度馳走になるだけで、これまでの行いも、ここでの無礼も、許してやろうと言っておるのじゃ」
「え……? 本当ですか!?」
なんてことだ。なんて心が広いんだユグドラシルさん!
……というか、僕はわざわざ来てもらったユグドラシルさん相手に、ここでさらに無礼を働いていたらしい。……まぁ心当たりは大いにある。
「一応はお主の事情もわかった。それにまぁ、元々は一言文句を言いに来ただけじゃからのう」
「そうですか……。ありがとうございます。じゃあ、行きましょうか?」
「うむ」
僕とユグドラシルさんは立ち上がり、一緒にリビングに向かうことにした。
「そもそもお主はディースの使徒なんじゃろう? さすがに使徒をわしがどうこうするのものう」
「使徒……? いえ、別に僕はそんなんじゃないですけど?」
「なんじゃと……? それだと、少し話は変わってくるか……?」
「と、とりあえず、行きましょう。きっとユグドラシルさんも満足できる料理を提供できるはずです」
話が不穏な方向に向かい始めたので、僕はユグドラシルさんの背中をグイグイ押して先を促す。
「おい、押すな」
「まぁまぁ――あ、僕の前世の話は、くれぐれも両親には……」
「わかっとる、わかっとるから……」
「お願いします、両親に変な心配はかけたくないんです。前世のことは内緒でお願いしますね?」
「わかっとる、押すなというのに……」
「絶対ですよ? 絶対言っちゃダメですよ、前世のことは絶対――いたたたたたた」
◇
二人でドタバタやりながらも、僕達はリビングの前まで来た。
さて、神様と一緒に食事か。両親にどう説明しよう?
突然夕食に人が増えただけでも大変だというのに、それが神様だからな……。
「えぇと、じゃあ両親に説明してきますので、ちょっと待っていてくれますか?」
「うむ」
とりあえずユグドラシルさんには待機してもらって、僕一人でリビングへ乗り込むことにした。
「あ、アレク、もう大丈夫なのかい? 新しい風は……?」
「新しい風って何?」
「えぇ……?」
リビングへ入ると、父がいきなりおかしなことを聞いてきた。なんだ新しい風って……?
「それよりね、ちょっとお客さんが来ているんだけど……」
「お客さん?」
「う、うん。できたら一緒に食事をしていってもらいたいんだ……」
「急に言われても困るわ」
母が困っている。まぁ急に言われたら困るよね。
僕なんか急に真後ろにいられたんだから、すごく困ったよ……。
「うん。まぁ見ての通りいつもの食事だし、お客さんに出せるような……いや、待ってミリアム、そういう意味じゃ――」
父が口を滑らして、母にとんでもない目で見られていた。
「ママの料理はいつも美味しいし、お客さんもすごく喜んでくれると思うんだ!」
「そう……? そうかもしれないわね?」
父の失敗を逆手に取って、僕は話を進めた。おまけに『ママ』呼びのダメ押しで、母は喜んでいる。……父は若干恨めしそうな目で僕を見ていた。
「じゃあ呼んでくるね?」
「ええ。というか、お客さんって誰なの?」
お客様は神様です。
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