第539話 『仕方ないのう』と甘やかしてくれるユグドラシルさん
「ダメじゃぞ? 別にわしは、なんでもかんでも『仕方ないのう』と笑って甘やかす神ではないのじゃ」
――とのことである。きっぱりユグドラシルさんに断言されてしまった。
ようやくカーク村のカークおじさん宅までたどり着いた僕達だったけれども、ユグドラシルさんは明日にもエルフ界へ帰ってしまうという……。
寂しいなぁ。とても寂しい。
僕としては、できるだけ長くユグドラシルさんに付き合ってほしい。一緒にカークおじさん宅でダラダラしたいし、むしろこれからも一緒に旅を続けてほしい。
それがダメなら、せめてあと一日。あと一日だけでもいいから、カーク村でのんびり一緒に過ごしたい。
そういった胸の内を伝えたところ――
「むぅ……。仕方ないのう」
――ということで、もう少しだけ一緒に居てくれることになった。
チョロいな……。あまりにもチョロい……。
いや、チョロいとか言ってはいかんね。ユグドラシルさんはいつものように慈愛の心でもって、僕のワガママを聞き入れてくれたんだ。ユグドラシルさんは『チョロい』わけではなく、『優しい』んだ。
そんなユグドラシルさんの優しさに感謝しながら、僕達はカーク村での日々を共に過ごした。
ひとまず一緒にカーク村の観光に出掛け、村の教会でディース神像を見物したり、お世話になった布屋さんでペナント作りの現場を見学したり、他にもただただカークおじさん宅でダラダラしたりと、なんだかんだでユグドラシルさんも一週間ほどカークおじさん宅に滞在してくれた。
しかし、一週間が経過して――
「いかん……。このままでは、いつまでもズルズルと長居を続けてしまいそうじゃ……」
といったふうに、ユグドラシルさんも焦りを見せ始め……まぁ、まさにそれこそが僕の狙いであり、このままズルズルと長居してもらおうとこっそり企んでいるわけではあるが。
「うむ。やはりわしはそろそろ帰ろうかと――」
「まぁまぁユグドラシルさん。いいじゃないですか、あと一日。あと一日くらいはよくないですか?」
「うぅむ……」
そんな問答を繰り返し――さらに一週間が経過した。
良い感じである。このまま日数を重ねていけば、ひょっとすると最後まで世界旅行に同行してもらえるかもしれない。
そんな希望まで見え始めていたところであったが――しかしそこは意志が強く、しっかり者のユグドラシルさん、今度こそ決意を固めたようで、再度僕に帰還の意思を告げてきた。
「明日じゃ。明日には帰る。絶対に帰る」
――とのことだ。さすがはユグドラシルさんである。そう簡単には流されてくれない。
……まぁすでに十分流されているような気もするが、しかしここでしっかり流れを断ち切ろうと頑張れるのは、さすがはユグドラシルさん。
とりあえずそんなユグドラシルさんに対して、僕は――
「まぁまぁユグドラシルさん、ユグドラシルさんのお気持ちはわかりました。僕も無理に引き止めようとは思いません。ですが――どうです? あと一日くらいならいいんじゃないですか? うんうん、あと一日くらいなら別に――いたたたたたた」
僕の企みになんとなく気付いたのか、そして僕に喋らせるとろくなことにならないと気付いたのか、ユグドラシルさんは無言で僕にウッドクローを仕掛けてきた。
どうやら今度ばかりは、本気の本気で帰ることを決めたらしい……。
そうしてカーク村に到着してから二週間後の今日、ついにユグドラシルさんの帰還が決まってしまった。
カーク村を囲む小さい柵の前で、僕達はエルフ界へ帰るユグドラシルさんを見送ることになってしまった。
「すまなかったのうカークおじさん、居心地が良く、ついつい長居してしまった」
「あ、いえ、俺としては、いつまでも居てくれて全然構わないのですが」
「そうですよユグドラシルさん。カークおじさんもこう言っていることですし、やっぱりもう一日くらい――いたたたたたた」
再びのウッドクローである。
ユグドラシルさんの決意は固いようだ。
「うぅ……。わかりました。では名残惜しいですが、今回の同行はここまでということで」
「うむ。わしは帰るのじゃ」
「今日までありがとうございました。メイユ村に戻ったら、また連絡しますね」
「うむ。ではな」
「ありがとー。ありがとーユグドラシルさーん」
そうしてエルフ界へ帰ってゆくユグドラシルさんを、僕達は手を振って見送った。
「あぁ……。行ってしまいましたね……」
「そうだなぁ」
「もうちょっと居てほしかったですねぇ……」
「もう十分すぎるほど居てくれただろ……」
まぁ確かにだいぶ粘ったね。限界まで粘った感がある。
とりあえず今回はこの辺りが限界だったのだろう。次回また頑張ろう。
「しかし、見た目だけ言ったら幼い女の子なわけで、一人で送り出していいのか不安になるな……」
「とはいえ、世界樹様ですしね。実際には超強いらしいですよ? 生涯無敗とか言っていました」
「生涯無敗……。そうか、まぁ世界樹様だしな……」
そもそもその見た目も、僕達の前限定の姿らしいしね。
もしかしたら今頃は大人バージョンのユグドラシルさんに変身していて、エルフ界を目指して全力疾走している最中かもしれない。
「それにしても、やっぱりちょっと緊張したな。なんというか、厳かな雰囲気があった」
「そういえば毎回かしこまった感じで話していましたね」
「そりゃあそうだろ。何か失礼があったら大変だ。……というか、アレクの方こそどうなんだ?」
「はい? 僕ですか?」
「アレクの方こそ、失礼とまでは言わないが、だいぶ気安い感じで喋っていて――というより、あれくらい気安い感じだと、むしろもう普通に失礼なレベルじゃなかったか……?」
むむ……。いやそんな、僕はそんな……。
でもまぁ、確かにな。なにせ際限なく甘やかしてくれるユグドラシルさんゆえ、僕もついつい甘えてしまって……。
「んー、まぁ何気に付き合いも長いですしね。もうユグドラシルさんとは十年以上の付き合いになります」
「あー、そうなのか。じゃあアレクも最初はもっとかしこまった感じだったのか?」
「そうですね、僕も最初は……」
最初は…………いや、どうかな? 初めて会ったときとか、一応かしこまって対応していたはずだけど、それより何より、だいぶ失礼なことをしていたような……。
「……ふむ。初対面で、さっきみたいに顔面を掴まれた記憶がありますね」
「なんでだよ……」
「『お主がアレクか?』と聞かれ、『いいえ、僕はアレクじゃありません』と答えたところ、結局バレて顔を掴まれました」
「何してんだよ……」
いろいろとありましたがゆえ……。
でも懐かしいね。十年も前のことだと思うと、なんだかあれも美しい思い出のひとつに感じる不思議。
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