第534話 第六回世界旅行
なんやかんやで、あっという間に一週間経ってしまった。
一週間の準備期間を経て、いよいよ今日僕は第六回世界旅行へと出発する。
今はリビングにて出発の時を待ちながら、のんびり母と雑談を交わしていた。
「だけどさー、なんかいいよね。なんとなく好きなんだよね、出発を待つこの時間が」
「そうなの?」
「出発前の雰囲気が――というより、お祭りの雰囲気かな? 家の外からみんなの楽しげな声が聞こえてきて、僕も楽しくなる」
「ああ、そうね。わかる気がするわ」
今、村ではお祭りが行われている。毎回恒例の『アレク出発祭』である。
お祭りの雰囲気を味わいながら家でぼんやりしているこの時間が、僕はなんとなく好きだったりする。
「だけど、アレクは行かなくていいの?」
「ん? 僕?」
「ユグちゃんはお祭りを楽しんでいるみたいだけれど」
「あー……」
楽しんでいる……。うん、まぁ楽しんでくれているのかね……。
ユグドラシルさんは現在――お神輿中である。
こちらももはや恒例となったお神輿でのパレードだ。大シマリスのヘズラト君が引く人力車に乗って、村を回っている最中だ。
なのでまぁ、とりあえず村のみんなを楽しませてくれているのは間違いないと思うけど、ユグドラシルさん本人も楽しんでいるかというと……いや、きっと楽しんでくれているはずだ。きっとそのはず。
「まぁあの人力車は一人乗りだしさ、僕はいいや。それに、今僕が外に出るわけにはいかないでしょう?」
「そうなの?」
「一応今は家で待機しておきたいのよ。出発のときにようやく家から出て、そのまま旅に出るって流れにしたいの」
「そうなのね。そこが一番の盛り上がりなのね?」
「そういうこと」
一応そんな流れをイメージしている。一応そんなイメージでもったいぶっている。
まぁ村の人達からしたら、いつもの見慣れたアレクであり、もったいぶったところで、ただのアレクでしかないのだが、一応はそんな雰囲気でよろしくお願いしたい。
「それにしても、このお祭りのことを考えると、やっぱり出発を一週間遅らせてよかったかもね。スカーレットさんには申し訳ないけれど、さすがに一日じゃあお祭りを開催できなかっただろうし」
「そうね。アレク出発祭は、みんな楽しみにしているから」
「ふむふむ。やっぱりそうだよね」
「もうメイユ村の伝統行事だから」
「……そうなの?」
……それはさすがに早くない? 伝統になるのちょっと早すぎない?
いや、そりゃあみんながそれほどまでに楽しんでくれているのなら、僕としても嬉しいけれど……。
「ところで、今回はいつ頃帰ってくるのかしら?」
「ん、今回か……」
んー、どうだろうね。ちゃんとは決めていないけど、エルフの掟のことを考えると……とりあえず二十歳になる前に、一度は戻ることになるのかな。
もちろん僕としてはこのまま一年三ヶ月旅を続けて、そのまま掟を達成しちゃっても構わないのだけど、一応は刻んだ方が安全だろう。なんか安全な気がする。
だからまぁ――半年くらいかな? 半年くらいしたら村に戻ってきて、それから二十歳になる前に再び旅に出て、それで残りの掟ノルマを達成する感じ?
うん。半年だな。ここで『一年三ヶ月』とか言ったら、また母に『そういうのはいいから』って言われちゃいそうだし、ここは半年で。
「――うん。たぶん半年くらい旅してくるんじゃないかな」
「半年?」
「そのくらいだと思う」
「そう。半年とは――大きく出たわね?」
「…………」
別に大きく出たつもりはなかった。
なんなら少し控えめに言ったつもりだった。
「アレクがそう言うのなら、おそらく三ヶ月くらいで帰ってくると母は予想するけれど、三ヶ月にしろ二ヶ月にしろ、体に気を付けていってらっしゃい」
「うん、ありがとう母さん」
僕が伝えたはずの期間を、さらっと半分にしたり三分の一にされてしまったわけだけど、とりあえずは僕のことを気遣ってくれているようで、そこはありがとう母よ。
「また手紙なんかを出してくれたら嬉しいわね」
「あー、手紙か」
手紙なー。僕が旅行中にみんなへ書いた手紙、案外好評っぽい感じだったよね。
「でもなぁ、ここに届くまで結構掛かるからさ。もしかしたら、また僕が戻ってきた後に手紙が届いて、自分で手紙を配ることになったりしない? あれってやっぱりちょっとマヌケっぽい感じがするから……」
「そう? 別にいいじゃない。多少マヌケだって」
「うーん……」
……なんか僕が望んでいたフォローとは微妙に違った。できたら『マヌケではない』といった方向でフォローしてほしかった。
「思ったのだけど――今のうちから手紙を書いたらどう?」
「……うん?」
「今のうちに――むしろ今手紙を書いておいて、カーク村に着くと同時に手紙を出せば、アレクが旅をしている間にメイユ村に届くのではない?」
「…………」
それはまぁ、確かにそれなら僕が戻るよりも早く手紙が届くかもしれないけれど……。いやしかし、さすがにそれは……。
「……ちなみに、なんて書くの?」
「別に内容なんてどうでもいいのよ。『元気でやっています』ってだけでも、手紙を送られた方は嬉しいものよ?」
なんだろう……。そのセリフだけ聞くと普通のセリフなんだけどね……。
でも今のうちから『元気でやっています』なんて書くのは、どうやったっておかしいでしょうよ……。むしろ知っているでしょうに。元気でやっていることを、今まさにその目で確認しているでしょうに……。
◇
「戻ったぞー」
「あ、お疲れ様ですユグドラシルさん」
戻ってきた。ユグドラシルさんがお神輿から戻ってきた。
「今回もありがとうございました。ゆっくり休んでください」
「うむ」
ユグドラシルさんに椅子を勧め、僕はいそいそとお茶の準備を進める。
「あとはもう出発するだけじゃな?」
「そうですね。というか、それも含めてありがとうございます。今回も旅に同行してくれるとのことで」
前回同様、今回もユグドラシルさんが付いてきてくれるらしい。エルフ界まで――森が途切れるまでとのことだが、僕達に同行してくれるらしいのだ。ありがたいことである。
「もうしばらくしたらジスレアさんが来ると思うので、そうしたら出発ですね」
「うむ。いよいよか」
「いよいよです。……村を抜けるまで、頑張っていきましょう」
「うん? あ、そうか……。またゆっくりゆっくり村の外へ向けて進んでいくあれか……」
「それです。お祭りが一番盛り上がる部分ですので、三人で頑張りましょう」
「むぅ……」
これから小一時間ほど、ゆっくりゆっくり村を進みつつ、観衆の声援に答えながら笑顔で手を振る儀式が待っている。気合入れて頑張っていこう。
「む? というか、三人?」
「三人です。僕とヘズラト君とユグドラシルさんの三人ですね」
「ふむ……。今回もジスレアは参加せんのじゃな……」
「ジスレアさん、恥ずかしいとのことで……」
一応話は振ってみたのだけどね。でも、一時間笑顔で手を振るのはイヤだとのことだ。自分には向いていない的なことを言っていた。
「というわけで、ジスレアさんは後から合流するそうです」
「わしもそっちがいいのう……」
「それを言うなら、正直僕だってそっちがいいですよ……」
しかしそうなると、村の外へ向けて出発するのがヘズラト君だけになってしまう。無人の人力車を引っ張るヘズラト君のみのパレードとなってしまう。アレク出発祭のフィナーレを飾る儀式だというのに、あまりにも謎すぎる映像である。
というか、普通にヘズラト君もイヤかもしれない。そうなると、もはや誰も出発しない状況が誕生してしまう……。
だからまぁ、仕方ないのだ。頑張ろう。村のみんなは喜んでくれているし、みんなのためにも頑張っていこうではないか。
◇
頑張ってパレードしてきた。――四人で。
四人である。ジスレアさんもパレードに付いてきてくれた。
夕方頃、ジスレアさんが家にやってきて、ユグドラシルさんと二人で『それじゃあ頑張りますかー。大変だけど頑張っていこー』といった会話を交わしていたところ、さすがに悪いと感じたのか、ジスレアさんも付いてきてくれた。
というわけでユグドラシルさんが人力車に乗り、ヘズラト君が人力車を引き、その両脇を僕とジスレアさんが固めるといった布陣で、ゆったりゆったり村の中を進んでいった。
そうして大盛りあがりでアレク出発祭もフィナーレを迎え、僕達も村の外までやってきた。これからが本格的に、第六回世界旅行のスタートである。
「さて、いよいよ旅が始まりますね」
「…………」
「…………」
「あれ?」
軽く声を掛けたのだけど、ユグドラシルさんとジスレアさんからはなんの反応も示されなかった。
なんだろう。二人とも疲れてしまったのだろうか?
……いや、というより、なんだか二人の様子が変だ。二人とも、何やら一点を見つめている。なんの変哲もない草むらの一点を、じっと見つめている。
「二人とも、何を見ているんですか?」
「うむ……」
「うん……」
えっと……何? どうしたの? 何か言ってくれないと、僕もヘズラト君も困ってしまうのだけど……。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
二人が何も言ってくれないので、僕とヘズラト君も無言になってしまい、四人とも無言で草むらを眺めることとなった。
なんだこの状況は。いったいなんなのだ。というか、あの草むらにいったい何が……?
そんなこんなで、どうしたものかと困っていると――
「おーい、アレクちゃんやーい」
「おや?」
あれは――リザベルトさんだ。
レリーナちゃんのお母さんであるリザベルトさんが、手を振りながらこちらへ歩いてきた。
「こんにちはリザベルトさん。見送りにきてくれたんですか?」
「まぁそんなところかね。アレクちゃん、頑張ってきな」
「あ、はい。ありがとうございます」
「じゃあアタシは――アタシ達は帰るから」
え、それだけ? というか、アタシ達……?
そんな疑問を投げ掛ける間もなく、リザベルトさんは僕達が先ほどまで見ていた草むらに向かって歩き始め、おもむろに草むらの中に手を伸ばし――
「ほら、帰るよレリーナ」
「あっ! ムー! ムー!」
「そんじゃーねー、アレクちゃん」
「ムー! ムー!」
おぉ……。いたのか……。
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