第531話 超ユグドラ汁
「違いますよ。どういう勘違いですか……」
「むぅ……」
何故かドン引きしている様子のユグドラシルさんに、いったいどうしたのか尋ねたところ……何やらとんでもない勘違いをしていたことが発覚した。
「『ユグドラシルさんが素足で踏んだぶどうを飲みたい』だなんて、そんなこと僕が言うわけないじゃないですか」
「その通りのことを言っていたじゃろうに……」
「……あれ?」
あ、そうか。確かにそう言っていたか……。
――いやいや、でも違う。ニュアンスが違う。そうじゃないんだ。そんな変態的な願望を抱えていたと思われるのは困る。
「とりあえず、すべては誤解だったと言わせてください」
「うむ……」
「僕がお願いしたかったのは、そういうことじゃなくて――まぁ先にあれを見てもらいましょうか。それから説明しましょう」
「ふむ?」
◇
ユグドラシルさんに少々お待ちいただいて、僕は家の倉庫へ向かい、とある物をマジックバッグに入れて戻ってきた。
……というかまぁ、物が物だけにマジックバッグに出し入れするのも一苦労で、結局ユグドラシルさんに手伝ってもらってしまったわけだが。
倉庫まで付いてきてもらい、収納を手伝ってもらい、それから部屋に戻り、取り出すのも手伝ってもらった。
そうして苦労して運んできた物。というより、ユグドラシルさんに運んでもらった物が――
「こちらが――世界樹の樽です」
「……うむ」
一連の流れがあったためか、ユグドラシルさんのリアクションも若干微妙である。
まぁねぇ。今まさにユグドラシルさん本人が運んできた物だしなぁ……。
「さておき、なんやかんやありまして、ようやく完成したのですよ」
「ふーむ。収納しているときにも思ったが、ずいぶんと大きな樽を作ったのう」
「そうですね。それなりに苦労しながら、ジェレパパさんと一緒に頑張って作りました」
高さが1メートル近くあり、胴の部分の直径が70センチほど。こうして見ると、やはり大きい。結構な迫力がある。
でもサイズのわりにそこまで重量はないのかな? なにせ素材は世界樹の枝だからね。世界樹の枝といえば、軽くて硬くて、それでいてどことなく温かみがあることで有名な枝だから。
「うむ。良いのではないか? わしも樽について詳しいわけではないが、何やら立派な樽に見える」
「お、そうですかそうですか。ユグドラシルさんにそう言っていただけて何よりです」
枝の提供者であり、枝の大元でもあるユグドラシルさんにも立派だと評価していただけた。何よりである。
「というわけで、これがユグドラシルさんに報告したかったことです」
「む?」
先ほど僕はユグドラシルさんに、『報告したいことと、お願いしたいことがある』と伝えた。
この樽の完成が、ユグドラシルさんに報告したかったことである。
――そしてここからが、ユグドラシルさんにお願いしたかったことだ。
「実はですね、この世界樹の樽を使用して――お酒を造るつもりなんです」
「お酒?」
「お酒です。二十歳の誕生日を迎える前に、お酒の準備をしておこうと思ったのです。今からお酒の仕込みをしておけば、僕が世界旅行を終えて戻ってくる頃にはお酒も出来ていて、ちょうど僕も二十歳で、エルフの掟も無事達成していて――そして僕は、勝利の美酒に酔いしれるのです。そんな計画を立てていたのです」
「計画というよりも、ただのお主の願望のようにも聞こえるが……ふむ、それで酒造りか」
「そうです。それでせっかくなら、美味しいお酒を造りたいと思っていたんです」
世界樹の樽を用いてお酒を造れば、それはそれは美味しいお酒が出来るはずだ。
それはもはや世界樹の酒。それはもはや真ユグドラ汁。お祝いで飲むのにピッタリなお酒となってくれるだろう。
とりあえずそんな計画を立てていた僕だが――さらにもう一歩。さらにもう一段階、計画を進化させてみよう。
「そのお酒造りに、ユグドラシルさんも参加していただけたら嬉しいなと思いまして」
「む? わしもか?」
「今回造る予定のお酒は――ワインです。ぶどうをつぶして造るお酒ですが、その協力をしてほしかったのです」
「ワイン? あぁ、そういうことか……。それでぶどうを踏んでほしいと言ってきたのじゃな……」
「その通りです。適当に大きな桶かなんかを用意して、その中へぶどうをしこたま流し込み、ユグドラシルさんにはキャッキャしながら素足で踏んでいただきたいなと願う次第です」
「キャッキャて……」
ユグドラシルさんがキャッキャしながら踏んだぶどうを原料に使い、世界樹の樽で熟成させて造ったワイン……。
――超えたな。これはもう真ユグドラ汁を超えた。造る前からすでに真ユグドラ汁を超えてしまった。
つまりこれは――超ユグドラ汁!
「えぇと……わしなのか? その作業は、わしでなければいけないのか?」
「是非お願いしたいです。個人的には、ユグドラシルさん以外にはいないと思っています」
「そうなのか……」
超ユグドラ汁なので、そこはやはりユグドラシルさんじゃないと。
ここで他の人を起用しちゃうと、コンセプトが大きくブレてしまうので。
「しかし素足とは……。わしも詳しくは知らんのじゃが、ワイン造りとはそういうものなのか……?」
「あれ? ユグドラシルさんも詳しくないですか?」
「ん? うむ。知らんのう」
あー、知らんのか……。でもそっか、ユグドラシルさんは幼女だからな。そりゃあお酒のことなんかわからないか。
「しかし、だとすると困りましたね」
「うん?」
「僕もお酒の造り方なんて知らんのです」
「…………」
何分前世からお酒には疎くて……。とりあえず僕が知っているワイン造りの知識は、美女か美少女か美幼女がぶどうを素足で踏むってことだけだ。他はよくわからない。
だもんで、ちょっと残念だね。ユグドラシルさんがワインに詳しかったら、ついでに造り方も教えてもらおうと思ったのに。
「お主は酒の造り方も知らんのに、樽を作り、ぶどうを踏めと頼み込んできたのか……」
「え? あ、えっと、まぁそうなりますかね……」
「どれだけ行き当たりばったりで成り行き任せで無計画なのか……」
「う……」
うぅむ……。それは確かディアナちゃんにも言われたな。あまりにも計画性がなさすぎると、ディアナちゃんからも叱責された記憶がある……。
そう考えると、さすがに反省した方がよさそうだ。無計画を怒られたのに、結局計画を練り直すこともせず、無計画のままでここまで来てしまった……。
いや、でもほら、別に間違いではないんでしょ? ワイン造りでぶどうを踏むことも、樽を使うことも、どっちも間違ってはいないと思うんだ。……たぶん。
そういうこともあって、こちらとしてはひとまず樽作りに注力していた。
あとはまぁ、アレクハウスの増築工事も平行して行っているわけで、何気に忙しい日々を過ごしている僕は、どうしてもそういったリサーチが不足してしまった感じで……。
「あの、その……すみませんでした。お酒の造り方は、後でしっかり調べておこうと思います」
「うむ。まずはそこからじゃな。この村にも詳しい者はおるじゃろうから、探して聞いて学んでからじゃろう」
「そうします。それで、それはそれとして……ぶどう踏みの件はどうでしょう?」
「むぅ……。まぁそうじゃのう。お主の祝い酒ということになるのじゃろう? お主がそこまでどうしてもと言うのならば、わしも踏まぬこともないが……」
「おぉ。ありがとうございます」
いやはや、ありがたい。さすがはユグドラシルさんだ。なんとも雑すぎる僕の計画であるにも関わらず、一生懸命お願いすると、やはり大抵のことは聞き入れてくれる。さすがはユグドラシルさん。ありがとうユグドラシルさん。
「しかし素足か。素足のう……。わしが素足で踏んだぶどうを、アレクが喜んで飲むというのもなぁ……」
「……いえ、その後にいろいろと工程があるはずですけどね?」
踏んだ直後にゴクゴクと直接いってしまうわけではないのですよ……?
というかその言い方だと、まるで僕がユグドラシルさんの素足に異常な執着を見せているように聞こえるので、ちょっとやめてほしい。困るのよ。別にそんな変態的な願望を抱えているわけではないのよ。
「できたら、もっと他の方法で協力したいところじゃったがのう。何か他に、素足以外の方法で」
「素足以外?」
むむ? 素足以外でユグドラシルさんが協力できそうで、さらには超ユグドラ汁になれそうなお酒だって?
さすがにそんなお酒は存在して…………いや、あるか。一応あるにはあるか。
確か、酒の名は――
「……口噛み酒か」
「うん? なんじゃ?」
「あれならあるいは…………あ、いえ、なんでもないです」
「ふむ?」
確かにあれなら超ユグドラ汁と言っても過言ではない。それどころか、『超ユグドラ汁を超えた超ユグドラ汁』にすらなれそうな代物ではあるが……。
とはいえ、さすがにないな。さすがに頼めない。ぶどう踏み以上にドン引きされる未来しか見えない。
というかユグドラシルさんだって、それは普通に素足よりも抵抗がある製法だろう。
……でもさ、どうなんだろうね。ひょっとするとユグドラシルさんならば、それすらもお願いしたらやってくれるんじゃないかって雰囲気もあったりして……。
うん、そう考えると、むしろ余計に頼めないね……。
next chapter:第六回世界旅行は、だいぶ先のことになりそうですね




