第53話 僕はアレクじゃないです
嘘が嘘を呼ぶ。
人はひとつ嘘をつくと、その嘘を隠すため、さらに嘘を重ねるという。……まさにだな。
『タワシは僕が作った』から始まり、『タワシの素材は世界樹に貰った』『世界樹に作るよう指示された』などと嘘を重ね、その結果『世界樹様からのお告げにより、アレクブラシ販売』なんて虚偽の広告が踊るまでになった。
そして極め付きが今回の、『一連の騒動を巻き起こしたアレク? 知らない子ですね』だ。
……やってしまったな、どうしよう。
正直に答えるべきなのはわかっていたけど、十字軍に磔にされた妄想を、つい思い出してしまったんだ……。
それにユグドラシルさんが『アレク』に対し、どんな罰を下すのかがわからなくて……。
わざわざ自らが出向いてきたことや、少し話した印象からは、子どもにそこまで酷い罰を与えるとも思えないけれど――
だけど、髪の色が緑だからな……。緑髪の人はなぁ……。
「うん? お主はアレクではないのか?」
仕方ない。もうこうなったらこの嘘を貫き通してやる。毒を食らわば皿までだ。
「はい、僕はアレクじゃないです――」
「アレクー? 今いいかい?」
僕が改めて宣言したその瞬間、部屋の外からのんきな父の声が聞こえてきた。
……今はよくないね。うん、すごくよくない。むしろ最悪のタイミングだ!
「父! 父! 今はダメ、今はちょっと立て込んでいるから!」
「え、アレク、どうしたんだい? 何かあったのかいアレク? ねぇアレク? ……アレク?」
何故今日に限ってそこまで名前を連呼するのか……!
もうわざとやっているんじゃないかと疑いたくなるレベルだ……。
仕方ないので、僕は急いでドアまで駆け寄る。少しだけドア開き、その隙間から父を伺う。
「あ、アレク、一体何が?」
「今はダメなんだ。えぇと今は……木工? うん、木工をしているんだ。木工がいい感じなんだ、僕の中で新しい風が吹いているんだ」
「えぇ……。またミリアムが大変なことになったりしないよね?」
「大丈夫。大丈夫だから。そんなわけで今はちょっと手が離せないんだ」
僕は部屋の中から手だけを伸ばし、父をグイグイ押しやり、部屋から離れるように促す。
「う、うん……。今月のお小遣いだったんだけど、またあとで来るね?」
「あぁ、お小遣い……。いや、僕から行くよ。これが済んだら僕から貰いに行くから。ごめんね父」
父が部屋から離れたのを確認してから、僕は部屋のドアを閉めた。
……最後、なんだか死亡フラグっぽくなっちゃったんだけど大丈夫かな?
しかも、『僕、これが終わったらお小遣い貰いに行くんだ』という、あんまり格好良くない死亡フラグ……。
ひとまず僕は元の位置に戻りつつ、ユグドラシルさんの様子をこっそり伺ってみる。
……なんだかユグドラシルさんは、より一層呆れた顔を僕に向けている気がした。
えぇと、どうしようか……?
「……はい。僕はアレクじゃないです」
「………………」
とりあえずユグドラシルさんに対して、改めて宣言してみた。なんとかならんかな? 無理かな?
「え……?」
気がつくと、ユグドラシルさんが僕の目の前に立っていた。
というか、僕はユグドラシルさんをずっと見ていたはずなのに、移動の瞬間が見えなかったんですけど……?
ベッドの上で胡座をかいていると思ったら、いつの間にか僕の目の前に立っていた。催眠術とか、超スピードとかだろうか……?
あと、僕の頭を鷲掴みにしているのはいったい……。
「えっと? あの……?」
「たわけが」
「――いたたたたたた」
あ、握力が! 握力がすごい!
「貴様、事もあろうにわしを騙そうとしたな?」
「いや、それは――いたたたたたた」
「しかも父親に名前を呼ばれておるのに、平然と『アレクじゃない』などと……わしを馬鹿にしておるのか?」
痛い! たぶんこの人、コインを軽々とへし曲げられる人だ! 重ねたトランプの一部をむしり取れるタイプの人だ!
「ち、違っ、ちなうんです! ま、待ってください! 確か……この村にある武器屋の息子が『アレク』って名前だった気が――」
「まだ言うか貴様」
「――いたたたたたた」
◇
「すみませんでした」
「たわけが」
しばらくユグドラシルさんのアイアンクローを受け続けた僕だったけど、ようやく解放してもらえた。
まだズキズキするんだけど、僕の頭は大丈夫だろうか? どうにかこの場を乗り切ったら、あとでジスレアさんに診てもらおう……。
どうでもいいけど……世界樹様だからアイアンクローはおかしいのかな? ウッドクロー? ……いや、まぁ本当にどうでもいいな。
「あ、そういえば、みんな僕のことを『アレク』と呼びますが、僕の本名は『アレク』ではないんですよ?」
「だからなんじゃ?」
「い、いえ、なんでもありません」
僕の小賢しい言い訳は一蹴された。
本当に本名じゃないのになぁ。本名は確か……アレクシスって名前だ。それこそみんな呼ばないから、自分でも忘れそうになる。
もしかして、みんな僕の本名を知らないんじゃないだろうか? 人の名前くらいちゃんと覚えておいてほしいものだけど……。
僕の本名を呼んでくれるのは、レリーナパパくらいなものだ。
「それでアレクよ、お主には聞きたいことが山ほどある」
「はい……」
「そもそも、何故嘘なぞついた?」
「その、磔にされるかと……。あと、ユグドラシルさんが怖くて……」
もうウッドクローは嫌なので、正直に答えよう……。
「怖い? わしがか?」
「すみません……」
「なんでじゃ? お主に年齢も合わせてやったというのに」
……うん? 年齢を合わせる?
それは、僕に合わせて外見を八歳児に変化させたってこと……? 凄いな、そんなことができるんだ。アンチエイジングってレベルじゃないな。
なるほど。それでユグドラシルさんは、子どもの僕をむやみに怖がらせないよう、自分も子どもの姿に変身したのか。
詐欺事件を働いた僕に対しても心を砕くほど、ユグドラシルさんは慈愛に満ちた人のようだ。
「怖がるような外見ではないと思うのじゃが」
「あ、その……髪が……」
「髪?」
「髪が緑色だったので……」
「ふむ……なるほど。まぁエルフに緑髪はおらんしの、恐れるのも無理はないか」
そういうことでもないんだけど……。まぁいいか、なんだか納得してもらえたみたいだし。
「で、磔? 別にそんなことはせんが……つまり、お主は自分が何をしたかわかっておるのじゃな?」
「う……。はい……」
「まったく……。わしが夢に現れて掃除用具を作るように指示したじゃと? あまつさえ、それを宣伝に売り出すとは……」
「その、すみませんでした……」
後半のは僕じゃないんですけど……? いや、受け入れよう……。元はといえば僕のせいだ。その罪も甘んじて受け入れよう。
「一言文句を言いたくもなるじゃろう? しかし、それをやったのは八歳の子どもじゃという。あまり大事にしてやっては可哀想じゃと、こっそり出向いたのじゃが……」
「誠に申し訳ありませんでした……」
「いざ話してみると、再三再四わしを騙そうとしおって……」
「平に! 平にご容赦を!」
「その上、武器屋の倅とやらを『アレク』に仕立て上げようとしおったな?」
「何卒……何卒、ご慈悲を賜りたく……」
確かにあれは酷かった、ジェレッド君にはあとで謝っておこう……。
「ところで……お主本当に八歳か?」
げっ。
……な、なんでだ? 何故ばれた? バリエーションに富んだ謝罪がまずかったのか? よく考えると『ご容赦』とか『ご慈悲』とか言う八歳児は、あまりいないかもしれない……。
最近はみんな僕の珍妙な言動に慣れてしまったせいか、特に指摘されることもなかったため、うっかりしていた……。
「お主……何者じゃ?」
「い、いえ、僕は……」
ユグドラシルさんが、なんだか僕を訝しげな目で見ている……。
「例のアレクブラシとやらもそうじゃし、リバーシもお主が作ったものらしいのう?」
「そ、そうですけど……?」
確かにタワシもリバーシも、普通の八歳児が作れるものではないだろう……。
ど、どうしよう。さすがに本人が相手では『世界樹に貰った』が使えない。
『インスピレーションが湧いてきたんだ』は使えるだろうか? インスピレーションはここでも万能なのだろうか……?
「それにお主は――『ディースさんの方が大きいんじゃないか』と言っておったな? ……ディースとは、神の名じゃろう?」
「あ……」
「お主……何者じゃ?」
うわぁ……。
『ディースさんの方が大きいんじゃないか』――こんな恥ずかしい発言で、大ピンチに追い込まれるのか僕は……。
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