第52話 ユグドラシル来訪
この世界に生まれて八年。僕は八歳になった。
「八年か……」
八年というと――オリンピックやサッカーの大会が、もう二回も終わったということになる。
今の地球のことは全くわからないけど、両方とも歴史あるビックイベントだ。中止することも延期することもないだろう。
前世でサッカーは結構好きだった。日本代表の試合はいつも見ていたし、海外サッカーなんかも見ていた。
……だけど僕の知らない二大会がどうなったのか、不思議と気にならない。
「たぶん選手を知らないからだろうな」
僕が知っている選手は、八年前の選手だ。
八年前にベテランだった選手は引退しているだろう。中堅だった選手も代表は引退しているだろう。若手だった選手が今の主力となっているんだろうけど――
僕はその若手だった選手達を知らない。
彼らの努力を、成長を、活躍を、僕は知らない。そんな知らない選手たちの大会だ。だからあまり気にならないんだろう。
僕が知っているのは八年前まで。――八年前で、僕の地球での時間は止まっている。
「…………」
少しアンニュイな気持ちになってしまった。
……どうでもいいんだけど、エルフなら八年どころか八十年、下手したら八百年以上も現役を続けられるわけだ。
どうなんだろう。さすがに飽きるんじゃないか? やっている方も、見ている方も。
少なくとも相手チームはうんざりするだろう。人族代表チームだか、猫人族代表チームだか知らないけど、たぶん一生同じエルフと対戦することになるぞ? 『またこいつらニャー』とか言われるぞ?
「……あんまりアンニュイな気持ちは長続きしなかったな」
えぇと……まぁそんな感じで、基本馬鹿なことばかり考えたり、やっていたりするけど、僕はこっちの世界で楽しく生きている。
地球での時間は八年前で止まったけれど、こっちの世界でしっかり八年間生きているんだ。
「うん。まぁまぁそこそこ充実した日々を送っているよね。いろんなトレーニングとかも毎日頑張っているし」
今日も朝食前には、日課である剣の練習をした。
相変わらず父には渋い顔をされているし、『剣』スキルを取得できる予感もしないけど、一生懸命素振りをした。ずっと使い続けている愛剣『天叢雲剣』を、一生懸命振り回した。
朝食後はジェレッド君と一緒に弓の練習もした。
相変わらずジェレッド君には軽くイラッとさせられたりもするけれど、一生懸命矢を射った。
ちなみにジェレッド君は、いつの間にか『弓』のスキルアーツを取得していた。『パワーアロー』だそうだ。軽くイラッとした。
「……なんか、どっちもあんまり上手くいっていない気がする。相変わらず『火魔法』は手つかずだし」
結局上手くいっているのは『木工』スキルだけだ。やはり僕は木工師になる以外ないのだろうか?
作ったばかりの母人形を見ながら、ついついそんなことを考えてしまう。
ちなみにこの人形は、通算十五体目の新型母人形だ。新型なので、かなり盛っている。
……かなり盛っている。かなり盛っているんだけど――
「こう見ると……ディースさんの方が大きいんじゃないかな?」
そんな気がした。おかしいな、かなり盛っているのに……。
なんでだろう? ディースさんが規格外の大きさなのか、母が規格外の小ささなのか……。
「――あ。うわぁ、やっちゃった。失敗したな……」
うっかり変なことを口走ってしまった。さっきの台詞、ディースさんに聞かれているかもしれないというのに……。
なんかこっ恥ずかしいな……言い訳しておこうかな?
「えぇと、すみません。さっきのは――」
「お主、独り言多いのう……」
「ヒッ!?」
突然背後から声が聞こえ、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。
急いで振り返ると――――幼女がいた。
いつの間にか僕の部屋にいた幼女は、ベッドの上で胡座をかいて、なんだか呆れた目で僕を見ていた。
見た感じ、だいたい僕と同じくらいの年頃だろうか? ウェーブがかった長い緑色の髪と、神秘的な緑色の瞳をもつ幼女だ。少なくともエルフには見えない。というか、その髪と瞳の色は、なんだか嫌な予感がする……。
……どうでもいいけど、何故みんな僕の部屋へ無断で入ってくるのか。
天界の神様に独り言を聞かれたかと思ったけど、外界で真後ろの誰かに独り言を聞かれていたとは思わなかった。
「一人でずーっとブツブツブツブツと……。何が『またこいつらニャー』じゃ……」
え、それも喋っていたの? それは地の文じゃなかったの?
「まぁよいわ。それで、お主がアレクでよいのじゃな?」
「のじゃロリ……」
「なんじゃと?」
いかん。なんだかいきなり失礼なことを言ってしまった気がする。
特異な髪の色や、その雰囲気よりも、どうしても口調が気になってしまった……。
「あ、いえ、なんでもないです」
「いや、今確かに『のじゃロリ』と言ったな?」
「えぇと……」
「よくわからんが、その『のじゃロリ』という言葉は二度と使うな、馬鹿にされておる気がする」
別に馬鹿にはしていないんだけど……。むしろその呼称は、愛をもって呼ばれていると思うんだ。
「すみませんでした。それで、その……どちら様でしょう?」
「わしか? わしはユグドラシルという。それで、お主がアレクで間違いないな?」
うわー、ユグドラシルさんかー……。世界樹の何かっぽい……。というか世界樹そのものなんじゃないか?
どうしよう。『違います』って言っちゃダメかな?
「いえ、あー……」
「どうした? お主がアレクなんじゃろ?」
本当にどうしよう。答えたくない。きっと世界樹捏造事件のことで来たんだ。容疑者である僕を取り調べにきたんだ。
まいったな……。ジェレッド君あたりを指差して、『あいつがアレクです』とか言ったらダメかな?
「なんじゃ、お主の名前じゃろう?」
「えっと……」
……待て待て、冷静になれ。少なくともユグドラシルさんは高圧的な態度でもないし、敵対的な姿勢も見せていない。十字軍を僕に差し向けるでもなく、わざわざ自分から話しに来たんだ。
ならば、僕も誠実に対応するべきだ。むしろここでおかしなことを言ったら、より事態が悪化する可能性がある。
そこまで考えて、僕は答えた――
「いえ、僕はアレクなんて人じゃないです」
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