第514話 タイムオーバー
誕生日の翌日、僕は一人で考え事をしながらふらふらと村の中を歩いていた。
「なんだかなぁ……。父はああ言うけど、でもなぁ……」
ちょいと相談事があり、通話でユグドラシルさんに連絡しようとしたのだけど、父からは『そのうち村に来てくれるだろうし、それまで待ったらどうか』との指摘を受けた。
いったんは僕もその提案を受け入れたものの……とはいえ、なんかモヤモヤする。
実際にユグドラシルさんが来てくれる日がいつになるかはわからなくて、それまで悩みを抱え続けなければいけないこともモヤモヤするし……相談しようと決めた時点で、僕としては教会本部に通話する気満々だったのに、その予定がキャンセルされたことにもモヤモヤする。
……いや、いいんだけどね。後者は別にいいんだ。
別に僕は、教会本部の人との通話をついでに楽しもうとなんてしていない。だから別にいいんだけど――
「……うん? あれ? 教会?」
おぉ……教会だ。
気が付けば、すぐ目の前に教会があった。教会のことを考えながらぼんやり歩いていたら、無意識にここまで来てしまったらしい。
「そうかぁ……。んー、じゃあ――入ろっか?」
まぁここまで来ちゃったしね。せっかくだし入ろうか。
たぶんあれだ、無意識に教会まで来てしまうほど相談事が気に掛かっているということなのだろう。きっとそうだ。とりあえずそういうことにして、父に何か言われたら、そう言い訳しよう。
そう考え、そう決めて、いよいよ教会へ向けて歩き出したところで――
「おーい、アレクー」
「ん?」
誰かに名前を呼ばれ、僕が振り返ると……あれは、ユグドラシルさん?
おやまぁ。ユグドラシルさんだ。ユグドラシルさんがこちらへ向かってテクテクと歩いてくる。連絡を取ろうとした直前に、その本人が現れた。
「こんにちはユグドラシルさん」
「うむ」
「いやはや、なんとも奇遇ですね」
「奇遇?」
「ちょうど教会へ行こうと思っていたんです。少々相談がありまして、ユグドラシルさんに連絡を取ろうとしていました」
「…………」
僕が事情を伝えると、ユグドラシルさんはこちらを警戒するように一歩下がった。
「……何故ちょっと引き気味なんです?」
「わざわざ通話でわしを呼ぶとは……つまり、またわしを人力車に乗せるつもりか……?」
「違いますよ……」
それはその……確かに最近そんなことが多くて、前回もユグドラシルさんを通話で呼び出して、騙し討ちのように人力車へ乗せて運送してしまったわけですが……。
しかし今回は違います。というか、ユグドラシルさんがそこまで嫌がるのなら、僕ももう無理やり乗せようとはしませんとも。
「まぁしっかりとした理由があるのなら、わしも手伝わんではないが……」
「おぉう……」
それでも手伝ってくれる気持ちはあるらしい。さすがユグドラシルさん、優しい。
「ありがとうございますユグドラシルさん。ですがいいのです。今回は乗らなくて大丈夫です」
「む、そうか」
人力車はまた今度だね。とりあえずユグドラシルさんもそこまで嫌がっているわけではなさそうなので、また今度、機会があったら乗ってもらおう。
「ではこれから……どうします?」
「何がじゃ?」
「一応教会へ入りますか?」
「……なんでじゃ? 教会へは、わしを呼ぶために来たのじゃろう?」
「ええまぁ、それはそうなんですけど……」
だからもう教会へ入る理由は完全になくなってしまったのだけど……。
「でもまぁ、せっかくですし教会へ入って通話していきますか?」
「なんでじゃ……」
せっかくだから……。もう通話する理由も完全になくなってしまったけれど、とりあえずせっかくだから……。
◇
結局教会へは入らず、通話もせず、ちょっとだけモヤモヤしつつも、ユグドラシルさんと一緒に家まで帰ってきた。
「というわけで、誕生日おめでとうアレク」
「おぉ……ありがとうございますユグドラシルさん」
特に伝えたりもしなかったのだが、ユグドラシルさんは僕の誕生日をしっかり覚えてくれていたらしい。しかも、『誕生日当日は家族水入らずで過ごすのではないか』と、そんな配慮をした上での翌日来訪だったそうだ。
なんと思慮深い女神様なのだろうか。さすがはユグドラシルさん。ありがとうユグドラシルさん。
「でも別にいいのですよ? そこまでお気遣いいただかなくても大丈夫です。いつ来てもらっても嬉しいです」
「そうか? ふむ、では次回はそうするかのう」
「ええ、是非是非」
そんなやり取りがあった後、ユグドラシルさんは持っていたマジックバッグに手を伸ばし、さらに中から袋を取り出して――
「ではアレクよ、受け取るがよい」
「ははー、ありがとうございます」
こうして誕生日プレゼントまでいただいてしまった。至れり尽くせりである。
はて、それでプレゼントの中身だが――
「おぉ、世界樹の枝」
「うむ」
なんとなんと、通算八本目となる世界樹の枝。
やはり僕に対して、とりあえず枝を与えておけば喜ぶと思っている節があるユグドラシルさんではあるが、まぁ実際嬉しい。とても嬉しいプレゼントだ。
「世界旅行の記録を更新したら枝を与えるという約束であったが、アレクも前回でずいぶん記録を伸ばし、これ以降は枝を受け取る機会も少なくなりそうじゃと思ってのう」
「なるほど……。それで機会を増やしてくれたのですね。ありがとうございますユグドラシルさん」
「うむうむ」
元々あまりにも枝を貰いすぎな感があり、それでちょっと規制した流れだと思ったが……結局はこうしてたくさん貰えてしまう。
僕としては助かるしありがたいのだけど、やっぱり貰いすぎなんじゃないかって、そんな疑問が再度湧いてきてしまうような気がしたりしなかったり……。
「でじゃ、アレクの相談事とはなんじゃろうか?」
「あ、はい。こうしてユグドラシルさんからお祝いをいただいた後で、さらに相談を持ちかけるのも心苦しいのですが……」
「構わん、話してみよ」
「ありがとうございます」
ではお言葉に甘えさせてもらい、相談させてもらおう。
「かいつまんで状況を説明しますと――僕は昨日、十九歳になりました」
「む? うむ、そうじゃな。昨日が誕生日で十九歳じゃな」
「実は十日くらい前から十九歳だったんじゃないかという説もありましたが、実際にはやはり昨日で十九歳でした」
「……うん?」
天界での滞在が十日あったため……いや、いいか、それはもういい。済んだことだ。
「兎にも角にも、あと一年で僕は二十歳になります」
「ふむ、まぁそうなるのう。あと一年か」
「そこで気になるのが――世界旅行についてです」
僕の世界旅行。この件について、ユグドラシルさんに相談したかったのだ。
「ユグドラシルさんもご承知のこととは存じますが、僕はエルフの掟によって世界を旅しております」
「ふむ」
「エルフの掟より、若く優秀なエルフは――」
「優秀なエルフ……?」
「なんですか?」
「あ、いや、なんでもない」
思わずツッコんでしまったのだろう。なんかちょっと気まずげにモニュモニュするユグドラシルさん。
……まぁわかっているさ。その点に関して疑問を抱くのは理解できる。僕自身、自分が優秀なエルフではないとわかっている。だけど仕方ないじゃないか。そういう文言が掟で使われているのだから仕方がない。
「続けますよ? エルフの掟により、若く優秀なエルフは、若いうちから世界を知る旅に出る決まりとなっております。二十歳までに、二年間旅をしなければならないのです」
「ふむ」
「現在累計で九ヶ月旅をしたので、残りは一年三ヶ月です」
「うむ。……うん? 残り一年三ヶ月?」
「そうです」
「日数が足りんが?」
「足りんのですよ」
期限まであと一年で、残りのノルマは一年三ヶ月。足りないね。三ヶ月足りない。
「どうしましょう?」
「え……?」
その相談をしたかったのです。僕はどうしたらいいのでしょうか。
next chapter:わしに聞かれても……




