第510話 笑顔で手を振るユグドラシルさん
「羨ましい」
「えっと……」
「羨ましいんだアレク君」
「そう言われましても……」
部屋でちまちまとミコト神像を彫っていたところ、ミコトさん本人が現れた。
そのミコトさんが言うには――
「大ネズミの――いや、今は大シマリスか。大シマリスのトラウィスティアが羨ましいんだ」
――とのことである。ミコトさんは、トラウィスティアさんの進化が羨ましくてたまらないのだそうだ。
まぁ、そんなことを僕に熱く訴えられても困るのだけど……。
「いいなぁ。羨ましい」
「そうですねぇ」
「また一歩先に行かれてしまった感じがする」
「それはえぇと、なんと言ったらいいものか……」
ライバル関係っぽいトラウィスティアさんに差をつけられたと、羨ましがり悔しがる様子を見せるミコトさん。
まぁその気持ちは僕もわかる。僕もトラウィスティアさんにはダブルスコア付けられてしまったから……。
「というか、今はいないのかな? 進化したトラウィスティアを私も近くで見たいのだけど」
「ふむ、では召喚しましょうか」
「おぉ、ありがとうアレク君。お願いできるかな?」
「ええはい、大丈夫です。ではさっそく――『召喚:大シマリス』」
「キー」
召喚の呪文――大シマリスバージョンの呪文を唱えると、床からトラウィスティアさんがにゅっと現れた。
「おぉ……。これが大シマリスのトラウィスティア。結構な変わりようだね」
「キー」
「なにせ大ネズミから大シマリスだからなぁ。すごい変化だ」
「キー」
それを言うなら、ミコトさんもちょくちょく変わっているけどね……。
旅から帰ってきたら標準体型になっていて、その後はダイエットを始めてスリムな体型に戻りつつあって……そして最近は、ちょっぴりリバウンド気味だったりもしていて……。
「いやー、可愛いな。可愛い可愛い」
「キー」
ふと気が付くと、ミコトさんはトラウィスティアさんを抱きしめて可愛い可愛いと連呼していた。
うむ。何やら微笑ましい画だ。
「――おっと、そういえばシマリスの尻尾は切れやすいと聞いたことがある。気を付けねば」
「あー、確かにそう聞きますね」
そうみたいね。ミコトさんの言う通り、リスの尻尾は切れやすいらしい。
外敵に襲われたときとか、最終手段としてトカゲの尻尾みたく切り離して逃げるとかなんとか。まぁトカゲのように再生したりはしないそうなので、あまりにも最終手段すぎる秘奥義だが……。
「ですが、トラウィスティアさんは大丈夫だそうです」
「うん? 大丈夫と言うと?」
「案外丈夫な尻尾らしいんですよ」
「へぇ?」
普通にちょっとやそっとじゃ切れないらしい。
まぁ薬草とか回復魔法とか回復薬とかもあるし、そもそも死んでも復活するような召喚獣だし、万が一切れても大丈夫といえば大丈夫なのだが――だとしても、切れないに越したことはないよね。
「そうなのか。じゃあちょっとくらいなら触ってもいいのかな?」
「キー」
「いい? いいのかな? じゃあ失礼して……おぉ、ふわふわだ」
「キー」
トラウィスティアさんの許可を得てから、優しく尻尾をなでるミコトさん。
うむうむ。微笑ましい画である。
「遠巻きに一度は見たのだけどね、もっと近くで見て触れ合いたいと思っていたんだ」
「ほうほう、そうでしたか。しかし遠巻きに見たというと……お神輿を引いているトラウィスティアさんを見ましたか?」
進化したトラウィスティアさんを、村のみんなにお披露目しようと、二日ほどお神輿でパレードしたのだ。きっとミコトさんもそのときに見たのだろう。
「私はダンジョンのミコトルームに居たのだけど、そんな催しをやっているらしいと知り合いに教えてもらったんだ」
「へー、そんなことがありましたか」
何やらミコトさんはミコトさんで、この世界での交友関係を広げているらしい。何よりである。
……いやでも、今ミコトルームって言わなかった?
そこは本来僕の部屋で、アレクルームのはずでは……?
「それで私も村に来て、人力車を引くトラウィスティアと、荷台の上から笑顔で手を振るユグドラシルさんを見たんだ」
「……笑顔で手を?」
「うん? どうかしたのかな?」
「いえ、なんでもありません。そうですか。ユグドラシルさんが笑顔で手を振っていましたか……」
なんというか、その件に関してはいろいろあったのよね……。
ユグドラシルさんにお神輿を頼むため、村の教会で通話の魔道具を借りて、教会本部に連絡し、本部の修道女さんとの会話をひとしきり楽しんだところまでは良かったのだけど――いざユグドラシルさんへの伝言を頼む段になって、ちょっとした問題が発生したのだ。
トラウィスティアさん進化のお披露目会ということならば、きっとユグドラシルさんは快く参加してくれたと思う。
――だがしかし、そのやり取りを他の人に知られてしまうのはよろしくない。
エルフの神であるユグドラシルさんを、あまりにも気安くほいほい呼び付けていると、そう思われるのはよろしくない。
少なくとも、そんな気安い神様扱いされていると教会の人達に勘違いされるのはまずい。きっと良い気はしない。あまりにも不敬だと、不快に感じるだろう。
そんな考えが浮かんだため、そのときはユグドラシルさんへの伝言として――『ちょっとした慶事がありましたゆえ、お暇なときに村を訪ねていただけたら幸いです』との言葉を残させてもらった。
そうしたところ――その翌日にはユグドラシルさんが村を訪ねてくれた。
そこでしっかり説明してからお神輿に参加してもらえばよかったのだけど……前回の新春パン祭りのお神輿は、ユグドラシルさんもそこまで乗り気で乗ってくれたわけでもなかったことを思い出し……。
そんなこんなでユグドラシルさんには――ろくに説明せずにお神輿に参加してもらった。
着いたばかりのユグドラシルさんに対し、僕は――
『とりあえずこっちです! こっちへ来てくださいユグドラシルさん!』
『えっ、えっ』
なんて戸惑うユグドラシルさんを人力車の荷台へ誘導して、乗ってもらった瞬間、トラウィスティアさんに出発するようお願いした。
そしてユグドラシルさんは――
『……シマリス? 待て、いったいなんなのじゃ、おいアレク――』
――と言い残し、ユグドラシルさんは人力車で運ばれていった。
そしてその後、村を回ってもらい、お神輿自体は無事に終了したのだが……ユグドラシルさんには普通に怒られた。事前に説明せよと、やっぱり怒られた。久々にウッドクローをいただいた。そんなトラウィスティアさんのお披露目会であった。
しかしそうか。お神輿中は、笑顔で手を振ってくれたのだなぁユグドラシルさん……。
さすがは慈愛の女神ユグドラシルさんだ。心から感謝します。いつもありがとうユグドラシルさん。そして、いつもごめんなさいユグドラシルさん。
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