第504話 新春パン祭り実行委員会
「……アレク」
「うん?」
村の中を歩いている最中、誰かに声を掛けられたような気がして振り返った。
「んー?」
しかし――誰もおらん。
なんだろう、気のせいかな? ……いやでも、確かに聞こえたような? 女性の声だったような?
女性に名前を呼ばれたのならば、僕としては是非とも誠実に応対したいような?
「こっちこっち」
「あ、ディアナちゃん」
道にはいないと思ったら、物陰から手招きするディアナちゃんの姿が見えた。
何事かと不審に思いつつも、僕はディアナちゃんの側へ寄っていく。
「どうしたの? そんな隠れるようにして」
「とりあえず、もうちょっと奥に」
「え? 何? なんなの?」
何やらさらに奥へと押し込まれてしまった。
……まぁしょせん田舎なので路地裏なんてものもなく、わりとどこからでも丸見えの状態なのだけど。
「で、どうしたの?」
「ちょっとさー、追われてんのよ」
「追われている……?」
追われているとは穏やかじゃないな……。何やら事件の匂い。
「えっと、それは誰に?」
「レリーナ」
……うん、事件の匂い。
「レリーナちゃんに追われているって、いったい何があったの……?」
「なんかレリーナの家に行ったらさー、人形があったから」
「人形……? あ、僕の?」
「そうそう。それにちょっと触ったら、すんごい怒り出しちゃって」
「あー……」
なるほどねぇ。レリーナちゃんはアレク人形をだいぶ大事にしてくれているようだし、それで怒っちゃう姿も想像できるかな。
「ちょっと触っただけなのに、『沈めんぞゴラァ』とか言われて」
「…………」
それはまた、なんとも凄まじいキレっぷりだ……。
勝手に触ったのは確かに悪いことなのかもしれないけれど、それだけで沈めるのはさすがにやりすぎだよレリーナちゃん……。
「別に乱暴に扱って汚したり壊したりしたわけでもないのに」
「んー、そっかぁ……」
「ほんのちょっと、いたずらしただけなのに」
「……うん?」
いたずら……?
なんだろう。なんかちょっと流れ変わってきたな……。
「えっと、それはいったい……」
「優しく丁寧にしただけなのに」
……何を?
したって、何を? 僕の人形に、いったい何をしたの?
えっと……なんかもう仕方ないんじゃない? 詳細はわかんないし聞かないけれど、怒られても仕方がないことをしたんじゃないかな……。
「とりあえず、ちゃんと謝った方がいいと思うな……」
「えー? んー、まぁそっか。んじゃ今度謝っておくわ。もうちょいほとぼりが冷めたら」
「うん、それがいいよ」
ゴラァとか言っていたらしいので、冷めるまではだいぶ時間が掛かりそうなほとぼりではあるが、しっかり謝ってもらって、できたら仲良くしてほしいと思う所存。
「ところでアレクは何してたの? なんかぼんやり歩いていたけど」
「ん? 僕? 僕はね、お祭りの準備でいろいろ動いていたんだ」
「お祭り?」
「来年開催される――新春パン祭り」
その準備で動いていた。――なので、それなりに慌ただしく歩いていたはずだ。別にぼんやり歩いているつもりはなかった。
「あー、なんか聞いたわ。パンを撒くんだっけ?」
「そうそう、そんなお祭り」
「それはえっと……なんなん?」
「うん?」
「なんでパン撒くの?」
「なんで?」
ふむ。なんでか。なんでと聞かれても……。
「特に理由はないけど……」
「特に理由もなく、パンを撒くの……?」
「…………」
そんなふうに改めて聞き返されちゃうと、なんだか僕が突拍子もない奇行を始めたように思えてしまうな……。
「えぇと……だって楽しくなかった? ディアナちゃんも別荘完成時のパン祭りには参加してくれたと思ったけれど、あれ良かったよね? 楽しかったよね?」
「楽しかった気もするけど……あのときも、これはなんの儀式なんだろうって思ってた」
「…………」
……なるほど。
つまり結局は、僕が突拍子もない奇行を始めたと思ったわけだ。
「まぁいいけどね。アレクが突拍子もない奇行を始めるのはいつものことだし」
「…………」
直接言われてしまった……。
うーむ。前世の上棟式を知っている人だったら、この行事もある程度は理解してもらえるはずなのだが……。
……あ、でもナナさんからも若干呆れられたような気がしないでもないかな。
「それで、そのパン祭りの準備? やっぱりアレクがやってるんだ?」
「あ、うん、そうだね。なにせ僕は――新春パン祭り実行委員会の副会長だから」
「……ん?」
「新春パン祭り実行委員会の副会長」
「……あー、そうなんだ。すごいね」
何やら適当に聞き流した感がすごい……。
なんというか僕的に、お祭り準備の活動が文化祭の実行委員っぽく感じたので、そんなふうに名前を付けて名乗っている。僕が会の副会長で、父が会長だ。
なんとなく会長って立場は重く感じて、責任とかも生まれちゃいそうな気がしたので、会長は父に譲った。
ちなみに他のメンバーはいない。会長と副会長しかいない委員会である。少数精鋭。
「それで今日、僕ことアレク副会長は、パンの試作品を確認していたんだ」
「試作品? 試作品ってーと、実際に撒くパンのこと?」
「そうそう。あ、見てみる? やっぱ気になるよね? 気になって仕方ないよね? なんか普通のパンとは違うのかなって、当然そんな疑問も湧いてくるよね?」
「……なんか普通のパンとは違うの?」
「ふっふっふっ。よくぞ聞いてくれましたディアナちゃん」
「……おう」
先程から、ずいぶんと生暖かい対応をされているような気もするが――細かいことは気にしない。
僕はマジックバッグに手を伸ばし、お祭り用のパンを取り出してディアナちゃんに手渡した。
「んん? 何これ? 紙? この中にパンが入ってるの?」
「そうそう。僕の『ポケットティッシュ』でパンを包む紙を作ってみたんだ」
僕のポケットティッシュ能力により、包装紙を生成したのだ。ディアナちゃんに渡したのも、その包装紙に包まれたパンである。
といっても、その材質はティッシュのようにヤワな紙ではない。高所から落としても問題ない程度の厚さや耐久性を備えた立派な包装紙だ。
ポケットティッシュ能力で作っておきながら、『ポケットティッシュのようにヤワじゃない』とか言っている時点で矛盾が発生しているが――そこももう気にしない。
もういいんだ。僕のニスやらポケットティッシュやらは、もうそのあたりを気にしても意味がないと思い始めている。
「にしても、ずいぶん小さくない?」
「あー、それね。いろいろ考えた結果、そっちの方がいいと思ったんだ。あんまり大きなパンだと、そこまで多く集める気にもならないでしょ?」
「まぁ確かに」
「みんなに楽しくたくさん集めてもらおうと思って、それで一口サイズに」
「なるほどねー。中見てもいい?」
「うん、開けてみて」
是非見てほしい。実は中のパンも、ちょっとこだわって作ってもらったんだ。
「ふーん? ひとくちサイズのパンが……何これ?」
「ふっふっふっ」
「『ルクミーヌパン』って書いてあるけど……?」
「焼き印してみたんだ」
「焼き印……」
ジェレパパに頼んで焼きごてを作ってもらった。これを熱してパンにスタンプすれば、『ルクミーヌパン』と文字が印字されるのだ。
「……なんなの? そもそもの話として、これはルクミーヌパンなの?」
「ルクミーヌパンだね」
「ルクミーヌパンなるパンを、生まれて初めて聞いたんだけど……?」
「ルクミーヌ村で作ってもらったパンだし、別に間違ってはいないでしょ」
「んー……」
ルクミーヌ村出身のディアナちゃん的に、何やらちょっぴり複雑な感情を抱いてしまった模様。
……まぁそういうものか。もしかしたら僕が適当に生み出したメイユパンやカークパンでも、そんな感情を抱いた人がいたのかもしれないねぇ。
「というか、ルクミーヌ村でも作ってるんだ?」
「お祭りの話を聞いたルクミーヌ村の村長さんから、『何かうちも関わらせてほしい』って言われてさ、それでルクミーヌパンを考えたんだ」
「そうなんだ……。あのババアが……」
相変わらず、美人村長さんに対してあたりが強いなディアナちゃん……。
さておき、そんな感じでルクミーヌ村のパン屋さんで試作品を作ってもらったわけだが、今日はメイユ村で作ってもらった試作品と比べる作業をしてきたのだ。
この二つは同時に撒くつもりなのだけど、あんまりにも違いがあったら撒くときに困るからね。
「……まぁいいや。じゃあこれ返すわ。あ、それとも食べてもよかったりする?」
「もちろんいいともさ。さっそく試食を…………あ、でも、やっぱりやめた方がいいのかな? 試食までしちゃったら、本番の楽しみがなくなっちゃいそうだし」
「あー、まぁ確かにそうかも? じゃあやめておこっか」
「ごめんねディアナちゃん」
「いいよいいよ。そんじゃ祭りの日を楽しみにしているから」
「うん。本番当日に味わってみて」
……まぁ味はただのパンなのだが。
普通なのよね。普通に美味しいパン。なにせ大量にバラ撒く予定なので、さすがにそこまで凝ったパンを発注するわけにもいかずに……。
いやでも、味は普通に美味しいはずだから……。
ディアナちゃんもお祭り当日にはルクミーヌパンを食べて、『なんか普通……』って感想を抱いてくださいな。カークパンやメイユパンのときと同様に、そんな感想を抱いてくれたら幸いである。
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