第502話 さらに完璧なアレク人形
「すごい! すごいよお兄ちゃん!」
「うんうん、レリーナちゃんが喜んでくれて何よりだ」
レリーナちゃんのお家にやってきた僕は、リビングにて等身大アレク人形を披露していた。
こうも喜んでくれると、僕も嬉しい。
……うん、まぁ嬉しいよね。やっぱりいろいろ思うところはあるけれど、レリーナちゃんが喜んでくれるのは嬉しいとも。
「それでレリーナちゃん――」
「んー、んー」
「おぉ……」
ふと気が付くと、レリーナちゃんがアレク人形に抱きついていた。
もはや人形と同化するんじゃないかってくらいの勢いで、べったりとへばりついていた。
すぐ側に僕がいるというのに、いきなり自分を解放し始めたなレリーナちゃん……。
いや、あるいは僕がいるからこの程度なのだろうか? 一人になったら、もっととんでもないことを……?
「ん、ちょっと硬い」
「そう……。まぁ木だからねぇ……」
見た目は生身の僕だけど、実際にはニスを塗った木なわけで、そりゃまぁ硬いわな。
「もうちょっと柔らかさがほしいかな」
「柔らかさかー」
「というか、触った感触がお兄ちゃんじゃない。できたらそこも近付けてほしいな。手触りとか舌触りとか」
「手触りねぇ」
外見には気を遣ったけど、さわり心地はあんまり気にしていなかったな。
柔らかめのニスにはなっていると思うけど、本物に近い手触りってのは…………今、舌触りって言った?
「あと、温度」
「温度?」
「できたら人肌くらいの温度――お兄ちゃん肌くらいのぬくもりがほしい」
「お兄ちゃん肌……」
別に僕の温度は普通の人と変わらないと思うけど……。
しかし、もしかしたらレリーナちゃんにはわかるのだろうか。一緒に移動するときは手をつなぐ決まりになっている僕達だけど、レリーナちゃんは毎回僕の体温を正確に測っていたのだろうか……。
「ニスでどうにかならないかな」
「どうだろう……。考えたこともなかったよ」
「そうしたらもっと捗るんだけど」
何がよ……。捗るって何よ……。
さておき、ニスで感触と温度か。確かに今までそのアプローチはしてこなかったな。
もしもそんなことができたなら、僕のニスはまた一段上のニスになってくれそうだが……。
「ところでお兄ちゃん」
「うん?」
「これ、服は脱げないのかな?」
「…………」
レリーナちゃん……。さっきから軽く引いてしまいそうな発言を連発していたけど、それは本当に引いてしまうよレリーナちゃん……。
「あ、違うの! 今のは違うの!」
「うん……」
「これは違くて、別に変な意味じゃないの……」
「うん……」
変な意味しかないでしょうよ……。
◇
なんやかんやあったけれど、ひとまずアレク人形の納品が終わった。
それから「飲み物持ってくるね」、「おかまいなくー」といったやり取りがあり、レリーナちゃんはキッチンへ、そして僕とアレク人形はリビングに残された。
「んー、まぁよく出来ているよね」
よく出来ているし、改めて見ると……それはそれは美人さんな人形だ。
自分の人形にそんな感想を持つとか、どんだけナルシストなんだって話ではあるが、美形の両親とディースさんの手により、そう生まれてそう育っちゃったんだから仕方がない。
とりあえず見た目は完璧だ。自他ともに認める完璧なアレク人形。さすがに感触や温度は違っていて服も脱がないが、ほぼほぼ完璧なアレク人形だろう。
これでレリーナちゃんが、少しでも心穏やかに過ごせるといいのだけど……。
そんなことを考えながら、ぼんやりアレク人形を眺めていると――
「アレクシスさんが二人……?」
……レリーナパパだ。
何やら愉快なことを言いながら、レリパパが部屋に入ってきた。
ふむ。さすがは完璧なアレク人形。傍目には僕が二人いるように見えてしまうのか。
「これはいったい……あ、ひょっとするとレリーナが話していた人形でしょうか? しかし、二体も……?」
ふむふむふむ。レリパパは僕に気が付いていない模様。本体がいることに気が付いていない模様。
面白い。せっかくだし――このまま僕も人形のふりをしていようか。
なんか楽しそう。どうなるかな? もしかしたらレリパパが面白いリアクションをしてくれるかもしれない。
――よし、頑張れ僕。今こそ高い『器用さ』を活かすのだ。完璧にアレク人形を演じてみせろ。
「……おや? もしや片方は本人? ああ、やはりそうでしたか。一瞬戸惑いましたが、すぐにわかりました。からかわないでくださいアレクシスさん」
……気合いを入れて挑んだのに、一瞬でバレたな。
まぁそうか。さすがに無理か。すぐわかるか。
「さすがに本物と人形は違います。本物のアレクシスさんからは、知性や品位を感じます。つまりは――こちらがアレクシスさんです」
レリパパはそんなことを言いながら――アレク人形に話しかけた。
「……あの?」
「え!? あれ!?」
「…………」
「…………失礼しました」
ただただ謝罪である。普通に間違ったらしい……。
「その、なんと申しますか……。表情でしょうか、表情が若干……」
「表情……」
表情があかんかったか……。アホなことを考えながらアホなことをしていたから、顔も若干アホな感じになってしまったのだろうか……。
「あー、僕の方こそすみませんでした。ちょっとした冗談のつもりで……」
「いえいえ、とんでもないです。私がすぐに気付けたら……」
「いえいえ、こちらこそ……」
まぁ僕が悪いか。アホなことをしていたらしっぺ返しをくらっただけだ。全面的に僕が悪い。知性や品位を醸し出せなかった僕が悪いのだ。受け止めよう。
「えぇと……それで、こちらがアレクシスさんの人形ですか」
「ですね。ようやく完成したので、お届けに」
「なるほどなるほど……」
つぶやきながら、じっくりとアレク人形を観察するレリパパ。
先程のアホなやり取りとは打って変わって、何やらとても真剣な表情だ。それはまさしく商人の眼差しで――
「売りますか?」
「…………」
相変わらず商魂たくましいなぁ……。
「素晴らしい人形ですよこれは。美しい。ただひたすらに美しい」
「あー、ええはい、ありがとうございます」
「この人形もまた、『エルフの至宝』と呼ばれてもおかしくない代物です」
「そこまでですか……」
まぁ喋らない分だけ完璧な僕の人形らしいし、知性やら品位やらも感じるらしいしねぇ……。
「間違いなく売れます。高値で売れます。超高額でいくらでも売れます」
「……そう言われましても、売るほどは作りたくはないですよ」
必死で一生懸命に鬼気迫る勢いで作って――それでも四ヶ月近くかかったのだ。
途中で樽を作ったり手紙を配達したりもしたが、それでも結構な時間が掛かった。
そもそも僕は男性の人形なんて作りたくないのだ。レリーナちゃんのために、自分のポリシーを曲げてまで作ったのだ。――というわけで、是非ともお断りさせていただきたい。
それでも、どうしてもというのなら――ジェレパパあたりに頼んだらどうだろう。
ジェレパパに土台を作ってもらって、仕上げで僕がニスを塗る。リアルなニスの塗布は協力させていただこう。そんな分業。それでどうだろうか。
「しかしですねアレクシスさん、私としては是非とも――」
「それを売るなんてとんでもない!」
「おぉぉ……!?」
突然現れたレリーナちゃんに、レリパパが突き飛ばされてしまった。
いつの間にか戻ってきていて、僕達の話を聞いていたようだ。
「何をするのですかレリーナ……」
「それはこっちのセリフだよお父さん! お兄ちゃんの人形を売り出すだなんて、とんでもないことだよ!」
えらい剣幕である。レリーナちゃん的に、アレク人形の販売は許されざる禁忌らしい。
「どうしたのですか、何がそんなに――」
「お兄ちゃん人形が売られたらどうなるのか……。どんな人が、どんな目的で買うのか……」
「目的ですか……?」
「お兄ちゃんの人形なんて――卑猥な目的で買われるに決まっているんだから!」
「…………」
決まってはいないだろう……。
どんな決めつけだ。というか、それならレリーナちゃんはどうなるのか……。
「それでも売るっていうのなら――私が全部買い占めるから!」
「レリーナには、すでに一体あるでしょうに……」
「いいもん! 全部買って、全部の部屋に置くもん!」
「全部の部屋に……」
一家に一台どころか、一部屋に一台アレク人形……。
……うん。レリパパはさすがにちょっとイヤそうね。
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