第497話 手紙が届きました
結局、木工シリーズ第百弾は棒になってしまった。
記念すべき第百弾、メモリアル木工シリーズなのに――棒である。残念でならない。
「……こんなことなら、第九十九弾を作らなければよかった」
そうしたら棒が第九十九弾となり、第百弾をしっかり選ぶことができたのにねぇ。
「確か第九十九弾は、樽でしたよね?」
「そうね、木工シリーズ第九十九弾『樽』だね」
樽である。なんとなくジェレッドパパに樽作りを教わり、自分でも小さい樽をひとつ作ってみたのだ。
「一週間くらいやっていませんでしたか?」
「そうだねぇ。材料とかは全部用意してもらったのに、それでも一週間掛かったからね、樽は奥が深いよ」
なかなかにディープな世界だった。なかなかに有意義な一週間であったとも言える。
「アレク人形を最優先にするのではなかったのですか?」
「む……」
あー、それはそうなんだけど……。なんというか、ちょっとした息抜きに……。
まぁそういう意味でも樽作りは後にした方がよかったかもね。しっかりアレク人形を完成させて、それから第百弾を作って、その後に樽を作ればよかった。
「まぁいいです。樽やら棒やら、そんなことはどうでもいいのですよマスター」
「…………」
ナナさんの発言が元で僕のメモリアル木工シリーズが棒になってしまったというのに、この言い様である。さすがはナナさんだ。
「それよりも、私はマスターに用があって来たのです」
「あー、もしかしてそのマジックバッグに何かあるのかな?」
ナナさんがこの部屋に来たとき、手にはマジックバッグを持っていた。
おそらく僕に何か見せたい物があるのだろうと、そう予想したのだが――
「マスターにお届け物です」
「お届け物?」
「これです」
ナナさんがマジックバッグから何かを取り出し、テーブルにドスンと置いた。
これは――
「手紙が届きました」
「手紙……。僕が送ったやつかな?」
見覚えがある。第五回世界旅行中、メイユ村の人達に向けて僕が送った手紙だろう。……だからまぁ、正確には僕へのお届け物ではないような気もするが。
「……というか、この家に届くのか」
「まとめて届けられました」
「村長の家だからかな……?」
全部まとめて村長宅に届けて、後は村の方でどうにかしてくれって流れらしい。なんだかずいぶんと大雑把な配達だこと……。
まぁ各家に正確な住所なんてものもないわけで、それも仕方がないことなのかな。実際僕も手紙の宛名には、『エルフ界、メイユ村、誰々さん』ってな具合で書いて送ってしまったし。
「しかし、ようやく届いたんだね。無事に届いて何よりだ。なんだか手紙の状態も良いみたいだし」
僕よりも長い時間を掛けて、長い距離を旅して届けられた手紙だが、特に傷んだ様子もなく、むしろ妙に綺麗。
なるほどなぁ。基本的にはマジックバッグに入れて運ばれたはずで、それで傷付く心配もないんだね。
そんな感想を抱きながら、ひとつひとつ手紙を確認していると――
「あれ? ルクミーヌ村のも混ざってる」
「全部まとめてここへ届いたようです」
「ふーむ……」
僕がまとめて配達を依頼しちゃったからかな……?
それにしたって、あまりにも大雑把すぎやしないかい? 村も違うのよ?
「でもこれ、どうしたもんかね」
「何がですか?」
「この手紙は、どうやって届けたらいいんだろう? 誰が配達するの?」
これから一軒一軒回って配達するしかないんだろうけど――でも、それは誰が? いったい誰が配達するの?
「マスターが届けるのはまずいのですか?」
「えー? 僕が書いた手紙なんだよ? それを僕が直接届けるの? なんか変じゃない?」
「変ですか?」
「だって、数ヶ月前の近況報告の手紙なのよ? 『元気にやっています』って報告の手紙。そんな手紙を、今僕が自分で届けるの? ……ちょっと変じゃない?」
「変ですけど、大丈夫ですよ」
「…………」
……何が大丈夫なのか。変なのに大丈夫とは、どういうことなのか。
「ではどうします? お祖父様にお願いしますか?」
「父か……」
それもどうなのかな……。お願いしたら配達してくれるとは思うけど……。
「けどなー、この手紙、偶然にも女性が多いんだよね」
「…………」
「偶然にも」
あくまで偶然だが、女性ばっかりなんだ。
父に配達してもらうとなると、そこが気掛かり。もしかしたら父は、偶然だと思ってくれないかもしれない。
届ける先届ける先が未婚の女性ばっかりだったら、父はどう思うだろうか。僕に何を思うだろう。もしかしたら、我が子の行動を憂いたりするかもしれない。
「……まぁ大丈夫ですよ」
「大丈夫なのかな」
「きっとお祖父様もわかってくれます。――いえ、むしろもうわかっているかもしれません。大丈夫です」
「…………」
……なんか大丈夫じゃなさそうだな。
「んー、まぁいいや。やっぱり僕が自分でやるよ」
なんとなくヘズラト君辺りに届けてもらうのが、一番無難な選択肢っぽい気もするけどねぇ。
でもこれだけの量となると普通に大変な作業だし、ヘズラト君に申し訳ない。やっぱり僕が自分で届けてこよう。
「そうですか、マスターご自身の手で届けるわけですね?」
「うん、そうしようかな」
「ではマスター」
「うん?」
ナナさんがこちらへ手を差し出し、何かを待っているような様子を見せた。
「えぇと、何かな?」
「私への手紙をください」
「…………」
あー、それか。ナナさんへの手紙か……。
「えぇと、それは……。申し訳ないのだけど、この手紙の中にナナさん宛の手紙はなくてだね……」
「マスターには失望しました」
「おぉう……」
「明日以降、マスターをマスターと呼び続けられるか自信がありません」
「そこまでなのか……」
明日からはなんと呼ばれてしまうのだろう……。
『クソザコナメクジ』やら『鈍亀』やら『女好き成金エルフ』やら『ヒカリゴケ』やらの名前で呼ばれてしまうのかもしれない……。
こんなことでマスターとしての威厳やら尊敬やらを失ってしまったか……。
……というか、今まではちゃんとあったのね。そこはむしろ、なんかありがとうナナさん。
「しかしだね、ナナさんとは毎日Dメールでやり取りをしていたわけで――」
「メールと手紙は違うものでしょうよ。そこがわかりませんかアレな坊ちゃん。やはり手書きですよ。手書きでないと気持ちが伝わらないのですよ」
なんだか妙に古風な考え方を持っているなナナさん……。
というか、今僕のことを『アレな坊ちゃん』て呼ばなかった? 明日どころか、もうすでに呼び方変わってないか?
「まぁまぁ聞いておくれよナナさん。やっぱりナナさんにも手紙を出した方がよかったなって、きっと喜んでくれただろうなって、後から僕も思い直したんだ」
「ふむ? それはそうですとも、ナナさん大喜びですよ」
「そんなわけで――」
僕は部屋のマジックバッグに近付き、手を伸ばし――一通の手紙を取り出した。
「旅行中の手紙ではないのだけど、後でナナさんにも書いておいたんだ」
「おや? ――ほうほうほう、そうでしたか。後からとはいえ、私のことに気付いて書いてくれたのですね? その気持ちが嬉しいです。ありがとうございますマスター」
「いやいや、いいんだよナナさん。喜んでくれて何よりだ」
僕の呼び方もマスターに戻ったようで、何よりである。
というわけで、後で読んでみてくれたまえ。なんか面白おかしく旅行中のことが書いてあるはずだ。
「ちなみに――ディースさんへの手紙とかもあったりするんだよね」
「おや、そうなのですか」
ついでにマジックバックから、ディースさん宛の手紙も引っ張り出してみた。
知り合いの女性には片っ端から書いていったしねぇ。せっかくだしディースさんにも書いてみた。なんか一番喜んでくれそうだし。
「まぁこの手紙こそ、どうやって届けたらいいのか悩んじゃう代物だけどね」
なにせ天界在住のディースさんだからな。そうなると、届けるのは僕が次のチートルーレットで天界に呼ばれたときかな? おそらくそのときまで待つことになるかと――
「朗読しましょう」
「……え?」
突然何を言い出すの……? え、朗読? これを声に出して自分で読めと?
「きっとディース様も、マスターが手紙を書いていたのは知っていることでしょう。どんな内容なのか、気になって仕方がないはずです」
「普通に文面もしっかり読んでいると思うのだけど……」
僕が手紙を書いている姿も、手紙の内容も、しっかり見られていたんじゃないかな……。
「まぁまぁ、試しに朗読してみましょうよ。きっとマスターが声に出して伝えた方が、ディース様もお喜びになるかと思います」
「そういうものなのかな……」
確かにナナさんの言わんとすることはわかる。わかるような気がする。ディースさんも喜んでくれそう。
まぁそうだな。ちょっと恥ずかしいけど、ディースさんのためにも――
「んー、それでディースさんが喜んでくれるのなら、僕は別に読んでも――」
「そうですかそうですか。では読みましょう。さぁ早く、さぁさぁ」
「お、おう……」
というわけで、何やらナナさんにも急かされ、僕はディースさん宛の手紙を開いた――
「では、えぇと……『拝啓、ディース様』」
「おや、そんな始まりなのですか。案外硬めの文章のようですね」
「『残暑厳しい折、ディース様はいかがお過ごしでしょうか』
「季節の挨拶からですか……。しかし天界では、残暑もへったくれもないような気がしますが」
「『私は今、この世界をより深く知るために人界を旅して――』」
「マスターは手紙だと、一人称が『僕』ではないのですね」
「………………」
「マスター? あ、ちょっと、なんですか。何をするのですか。何故私を外に追い出そうとするのですか」
節々であんなツッコミを入れておきながら、むしろ何故追い出されないと思ったのか。
next chapter:軍師フリードリッヒ・ヴァインシュタイン二世




