第48話 レリーナちゃんの献身的な看病
「十字軍が、十字軍が……」
僕は布団にくるまってガタガタ震えながら、教会が断罪にくることを恐れていた。
あの酷い会議のあとで僕は体調を崩した。二日ほど熱にうなされながら寝て過ごすことになり、三日目の今日、ようやく症状は落ち着いてきた。
しかし断罪への恐怖自体は薄れることがなく、僕は布団の中で震えていた。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「ヒィッ!?」
突然声をかけられて、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。
声の方向に視線を向けると、そこにはレリーナちゃんがちょこんと座っていて、心配そうに僕を見ていた。
……本気で驚いた。本当に十字軍が攻めてきたのかと思った。
というかレリーナちゃんは、相変わらずいつの間にか僕の部屋に侵入しているな……。
「お兄ちゃん?」
「え? あぁうん。大丈夫だよレリーナちゃん。熱もだいぶ収まったみたいだしね」
まだ熱っぽさや倦怠感はあるけれど、無駄にレリーナちゃんを心配させることもないだろう。
「なんだかお父さんが余計なことをしたって聞いたけど……」
「あぁ……。いや、レリーナパパさんは悪くないよ。僕だ、僕が悪いんだ」
「お兄ちゃんは悪くなんかないよ? お兄ちゃんが悪いことするような人じゃないって、私は知っているから。安心して? 私がついているから」
「……ありがとう、レリーナちゃん」
レリーナちゃんが優しく僕を励ましてくれている……。
なんてことだ、こんな優しい子に僕は怯え、腹に少年ガ◯ガンを仕込もうとしていたなんて――
「私が来たからには、もう何も心配いらないよ? 私がここにいるから。ね、お兄ちゃん?」
「そうだね、レリーナちゃん」
「私がいれば何もいらない。他に何もいらないの。そうでしょお兄ちゃん?」
「そ、そうだね……?」
僕はなんて情けないんだ。レリーナちゃんがこんなにも僕を励ましてくれているというのに、僕は震えが収まらない。寒気もする。……というより、若干悪化した気がする、何故だろう?
「だけど、やっぱりレリーナパパさんに僕が謝っていたって、レリーナちゃんの方からも伝えてもらえるかな?」
あとで自分からも謝るつもりだ。あの日は、全員が全員冷静じゃなかった……。
「そうなの? なんだかお兄ちゃんに迷惑をかけたって聞いて、厳しく怒っちゃったんだけど」
「う、うん。むしろ迷惑をかけたのは僕の方だから、できるだけレリーナパパさんには優しくしてあげてほしいかな……」
無限リバーシ地獄、世界樹捏造事件と続き、最後には愛娘レリーナちゃんからの叱責か……。レリーナパパの胃に穴が開くな。
「ところでお兄ちゃんは、もうご飯は食べたのかな? まだなら私が食べさせてあげるけど?」
「え? あぁ、ありがとう。けど、もう食べたよ?」
もう食べた、なんか麦を煮たやつ。……もし食べていなかったら、僕は七歳の幼女から『あーん』をされるところだったのか。
「そうなんだ。じゃあ、他に何か私にしてほしいことはない? 何でも頼っていいよ? 私たちはたった二人だけの幼馴染なんだから」
今、何でもって――いやまぁそれは置いといて……なんだろう? レリーナちゃんはウキウキと楽しそうに見えるのは、僕の気のせいだろうか?
弱っている僕につけ込み、この機に乗じて自分に依存させようとしているのでは? ――なんて思ってしまったのは、僕の気のせいだろうか?
あと、幼馴染はもう一人いた気がしたのは、僕の気のせいだろうか?
「あ、ありがとう。けど本当に大丈夫だよ? もうだいぶ良くなったから。それに、たぶん明日にはジスレアさんも村に戻ってくるだろうし」
ジスレアさん――この村に住むお医者さんの名前だ。とても優秀な女医さんである。とても優秀な、美人女医さんなのである。
……まぁエルフだから、全員肩書きの前には『美人』か『イケメン』って付くんだけど。
たとえニートだろうが家事手伝いだろうが、『イケメンニート』に『美人家事手伝い』になる。
そんなジスレアさんだが、今は他の村で診療を行っているため、村を離れている。間が悪いことに、僕はジスレアさんが不在時に体調を崩してしまったわけだ。
日程的に明日には戻ってくるはずなので、もし僕の体調が回復していなかったら診てもらおうと思っている。
まぁ体調不良の原因が心理的なものだと思われるため、根本的な治療ができるのかは微妙だけど……。
ジスレアさんも『心の病は治せない』と、よく言っている。……というか、よく言われる。……レリーナちゃんもよく言われている。
「ジスレアさん……?」
何故かレリーナちゃんの声が、少し硬くなった気がする。
「う、うん。ローデットさんは回復魔法は使えるけど、病気には効く魔法は使えないみたいだし……」
あんなでも一応聖職者のローデットさんは回復魔法が使える。
しかし、できるのは怪我を癒すことだけで、病気には使えないらしい。ちなみに、なかなか高額な治療費を取られる。
まぁ、例えローデットさんが病に効く魔法が使えたとしても、治療費が安価であったとしても、とてもじゃないが今は教会へ行く気にはなれないけれど……。
「ローデットさん……」
レリーナちゃんが俯いて何かを考えている。
えぇ……。流石に名前を呼んだだけで激昂するようなことはないよね……?
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだい?」
「お兄ちゃんは、お父さんの名前を覚えていないって聞いたけど?」
「……レリーナパパさんが、そう言っていたの?」
「うん」
娘に何を愚痴っているんだレリーナパパ……。
「いや、別に覚えていないわけじゃないよ? もちろん覚えて――」
「ううん。それは別にいいの」
いいんだ……。
「なんでお父さんの名前は覚えていないのに――ジスレアさんや、ローデットさんの名前は覚えているの?」
「…………」
またレリーナちゃんが能面になってしまった……。
よもやそんなことで能面化するとは、この僕の目を持ってしても読めなかった……。
「なんでって言われても……そ、そもそも僕はレリーナパパの名前をしっかり覚えているよ?」
「じゃあ言ってみて?」
「えぇと……」
というか、僕は一応病人なんだけど……。そんなに問い詰めないでくれないかな……。
「こ、ここでレリーナパパの名前を言うのは簡単だよ? だって僕は覚えているもの」
「…………」
「だけど僕の中で『レリーナパパ』は『レリーナパパ』なんだ。あくまでも主体はレリーナちゃんであって……やっぱり『レリーナちゃんのパパ』って要素が、僕の中で強いんだ」
お、なんとか上手いこと言い訳できた気がする。
――けど、なんだかレリーナちゃんは難しい顔をしているね。
「お兄ちゃん、シュタイって何?」
「え? あぁ、えーと、『ものの中心』とか『重要なところ』『大事な部分』みたいな感じかな?」
「つまり……お兄ちゃんは私が大事ってことかな? 私がいないとダメだってことかな? お父さんは、その大事な私のおまけだから『レリーナパパ』なんだ?」
言い方ァ!
……いや、つまりはそんなようなことを言ったか。おまけとまでは言っていないけど。
「もちろん、レリーナパパさんにはお世話になっているし、感謝しているんだけどね? だけど、やっぱりレリーナちゃんが大事だから。なんたってレリーナちゃんと僕は――たった二人だけの幼馴染だから」
「お兄ちゃん……!」
ごめん、もう一人いたはずの幼馴染の人……。
しかし尊い元幼馴染の犠牲によって、レリーナちゃんはいつものレリーナちゃんに戻ったようだ。
良かった、病床の身で能面ーナちゃんの相手はつらい……。
――その後、レリーナちゃんは普通に僕の看病をしてくれた。
おでこのタオルを交換してくれたり、水を持ってきてくれたり、合間合間に「私がついているから」「頑張ってお兄ちゃん」なんて元気づけてもくれた。
他にも「お兄ちゃんは私がいないとダメ」や「お兄ちゃんには私さえいればいい」「私から離れると不幸になる」など、激励の言葉もくれた。
そんな献身的なレリーナちゃんの看病が続いたが――僕の体調は良くならなかった。なので結局、僕はジスレアさんの診察を受けることとなった。
というか、やっぱり体調が悪化した気がする……何故だろう?
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