第47話 アレクブラシ
「…………あれくぶらし?」
え、なにそれ?
「はい、素材となる植物の選定に若干時間がかかりましたが、こちらは木工師も必要ありませんので、すでに量産、販売を開始することができました。使いやすくて汚れが落ちると評判です」
それ、タワシだよね? ……え、売っているの? いつの間に……まぁいいけど。
「――って、アレクブラシ!?」
「え? ええ、アレクブラシですが」
「な、何故僕の名前を冠に?」
「……ご存知ありませんでしたか? やはりこちらとしては、アレクシスさんのネームバリューを使わせていただきたい気持ちがありまして……。セルジャンさんとも相談した結果なのですが……?」
思わず僕は父を探して視線を彷徨わせたが――ここには僕とレリーナパパしかいない。
現在、父は僕の部屋で旧型母人形を愛でている真っ最中だ。……ここで旧型に慣れたら、また新型で笑っちゃう気がするけど。
とりあえず、あとで父は問い詰めなければいけない。僕になんの相談もなしにアレクブラシなんてものを生み出すなんて……。
事と次第によっては、新型母人形のお尻もボリュームアップさせて、さらにダイナマイトバディにしてやる。
「知りませんでした。というかネームバリューですか? いつの間に僕にそんなものが……」
「現在、話題沸騰中のリバーシ、その発案者ですから……。それと――やはり世界樹のインパクトは絶大ですね」
「は?」
世界樹って……え、すげぇ嫌な予感がするんですけど? もうこれ以上聞きたくない気すらしてきたんですけど?
「せ、世界樹とは……どういうことでしょう?」
「アレクブラシは、アレクシスさんが世界樹に命じられて作ったと伺っておりますが?」
「だ、誰がそんなことを?」
「セルジャンさんですが……?」
何してんの父!? そんなにパッツンパッツンのムチムチ母人形を作ってほしいのか!?
え、それまずくない……? 世界樹って、神樹でしょ? エルフの神でしょ? 僕、神を騙って金儲けしちゃってない?
「ち、中止、中止で!」
「はい? え、いや……すでに販売していますが?」
「じ、じゃあ僕と世界樹のことは伏せて下さい!」
「すでに……最大限広告として利用していますが……?」
マジすか……。
なんてことだ……。このままでは、神の名を騙る不届き者として断罪されてしまう……。
エルフは全員世界樹を信仰しているっていうのに……。嘘だろう? 僕は全エルフの敵となってしまうのか? しかもタワシのせいで……。
とりあえずは教会だ、教会が攻めてくる。先兵として、ローデットさんが僕を捕獲しにくるやもしれん。
……これほど先兵として不適格な人選があるだろうか?
しかしそうか、教会の人間であるローデットさんもまた、僕の敵となってしまうのか――
「ロミオとジュリエットだな……」
「はい? なんですかそれ? 非常に興味深い響きですが? 商人として何かお手伝いできる気がするのですが?」
ええい、こんなときに商売っ気をだすんじゃない。というか、何気に凄いなレリーナパパ。タイトルだけで金の匂いを嗅ぎ取って一枚噛もうとするとは……。
……それはともかく、ちょっと恥ずかしいことを言った気がするから忘れてほしい。
◇
ひとまず僕は、旧型母人形に囲まれてぼーっとしていた父を、レリーナパパの元まで連行してきた。
「えぇと、タワ……アレクブラシを売るようになった経緯を、二人に説明してほしいんだけど?」
自分でアレクブラシっていうのもなんだかな……。
「では私から……リバーシ販売の条件を話し合うため、こちらへは何度かお邪魔させていただきました。そのときセルジャンさんが、なにやら見慣れない道具で装備を清掃していたのに気が付きまして」
「うん、そのときアレクブラシのオリジナルは、アレクが世界樹に命じられて作った物だと伝えたんだ」
うーん……。そうか、まぁそうなんだよね。よく考えると、元はと言えば僕がついた嘘から始まったことなのか……。
「それで、何故販売することに?」
「ええ、見るからに便利そうでしたし、先ほども申し上げた通り、アレクシスさんと世界樹の名前があれば売れる……そう思い提案させていただきました」
「僕は世界樹がアレクに何をさせたいのか、ずっと考えていたんだ……。たぶんだけど、世界樹はアレクに『あのブラシを広めてほしい』そう言いたかったんじゃないかな?」
世界樹はそんなこと言わない。
それにしても、僕の嘘で父は頭を悩ませていたのか……。
逆に申し訳ない気がしてきた……。母人形をボン・キュッ・ボンにするのはひとまず止めることにしよう……。
「僕はアレクが託された使命、その手伝いがしたかったんだ」
「うーん。僕にも相談してほしかったな」
「ごめんね。アレクが作ったものは全部売っていいって、アレクに言われていたから……」
そんなこと言ったっけ? ……いや、確かに言った気がする。そうか、僕は全部父に丸投げしていたのか……。
うあー、じゃあ僕が悪いの? というか、自業自得なの?
「アレクは何をそんなに悩んでいるんだい?」
頭を抱えてうんうん唸っていた僕を父が心配する。
結果的に『神の名を騙ってボロ儲けしようとしたことで、全エルフから断罪されるんじゃないか』と悩んでいるわけだけど、さすがにそれを父に言うのは……。
「えぇと、勝手に名前を使ったことで、世界樹が怒るかもしれない……。世界樹を広告にして大々的に販売するなんて、世界樹はそんなことを望んでいないのかもしれない……」
かもしれないというより、間違いなく望んでいないわな。
「そうですか……。でしたら、広告の世界樹は誤りだったと、こちらから発表しましょう」
それはそれで心苦しい。僕のせいでレリーナパパが責めを負うのは避けたい……。
「それでは商人としてのレリーナパパさんの名に、傷がついてしまいます……。『レリーナパパ』という名に傷が……。その傷は、その罪は、僕が負います。レリーナパパさんが負べきものではないです」
「アレクシスさん……」
レリーナパパが僕をじっと見る。
……なんだろう、こんなときだけど、こんなに歳が離れているけど――この瞬間、僕とレリーナパパとの間で友情が生まれた気がする。
「前から思っていたのですが……もしかしてアレクシスさんは、私の名前を覚えていないのではないですか?」
友情は生まれていなかったようだ。……というか、なんだ藪から棒に。それは今関係ないだろう。
「いや、そんなことは別に今する話では――」
「そんなこと、って言い方はないでしょう。そもそも、なんですか『レリーナパパという名』って? ちょっと私の名前を言ってみてもらっていいですか?」
「いや、ですから今は――」
「いいから名前を――」
「まぁまぁまぁ――」
「まぁまぁって、なんですか。そもそもセルジャンさんがしっかりと確認をですね――」
――大揉めだった。友情どころか険悪な関係になりそうなくらい揉めに揉め、話し合いは荒れに荒れた……。
僕も同族全員から命を狙われる危機を感じていたため、余裕がなかった。
レリーナパパも無限リバーシ地獄のせいで、心に余裕がなかった。そんなところに世界樹の件、自分の名前の件ときて、爆発してしまったようだ。……なんだか竹かごで爆発したレリーナちゃんを思い出した。やっぱり親子だね。
結局、話し合いはまとまらず、なんとなくアレクブラシはそのまま売ることになった。
一応世界樹の名前を前面に押し出すことは禁止することにした。それで、こっそりと沈静化を計る目論見だ。
変に騒ぎを起こして、逆に世界樹側を刺激してしまうことを恐れた面もある。
……本当に大丈夫なんだろうか? 前世の記憶だと、こういうのは素直に謝罪した方が傷が浅く済む印象があったが……。『なかったことで押し通す予定』が通用するんだろうか?
――こうして僕は、世界樹の使徒に怯える日々を過ごすこととなってしまった。ちょっとした物音や人影に怯える毎日だ。
そんな日々が一週間ほど続き……心労がたたったのか、僕は熱を出して寝込んでしまう――
next chapter:レリーナちゃんの献身的な看病




