第394話 カーク村といえばカークおじさん
世界旅行出発から、十八日目の朝。
「ほうほう。もうすぐですか」
「うん、今日には着く」
ジスレアさん曰く、もうすぐ最初の目的地であるカーク村へ到着するらしい。
「なるほど。そうとなれば、今のうちに準備しておかねばですね」
「準備?」
「カーク村へ着く前に――仮面の準備をしなければです」
顔面対策として僕が作った仮面シリーズ。実はまだ、どの仮面を使うか決めかねている状態だったりする。
メイユ村にいる間にいろいろ試せばよかったのかもしれないけど……それもちょっと躊躇われた。やっぱりどうしたって怪しい見た目になっちゃうからね。下手したら、メイユ村の人達に変な子だと思われてしまう。
……あるいは一瞬怪しまれた後で、『なんだアレクか』と妙に納得されてしまいそうな予感もするけど。
さておき、そんなわけで今までは試すことができなかった。
はてさて、一体どの仮面を使ったものか。
「どれがいいですかねぇ。いろいろと数だけは作りましたからね」
マジックバッグから仮面シリーズをいくつか引っ張り出して思案する。
まぁいろいろと問題がある仮面も多いので、それほど選択肢は多くなかったりもするのかな?
「僕としては、これが使えたら楽なのですが」
「ん? それは何?」
「メガネです」
『ニス塗布』で作った、形状記憶ニス伊達メガネ。
軽いし楽だし視界も良好だ。これで人界を回ることができたら、とてもありがたい。
「メガネか。人界や魔界では付けている人もいるね。エルフ界ではまず見ないけど」
「エルフはみんな目が良いですからねぇ。当然僕にも必要ない物なので、フレーム――枠だけのメガネですが」
「枠だけのメガネ……。さすがにそれを付けている人は見たことがないかな」
まだこの世界に伊達メガネは生まれていないらしい。だいぶ時代を先取ってしまったか。
というかレンズなしだとバレたら、だいぶおかしな人扱いされちゃいそうね。
「でも、顔が隠れてないけど?」
「……やっぱダメですかね?」
「ほとんど変わってないと思う」
「ふーむ……」
実際に装着してみたところ、ジスレアさんの評価はそんな感じだった。
やはり厳しいか。ナナさんにも『メガネをかけていようがイケメンはイケメン』とか言われたしな……。
そのときにナナさんが言っていた『メガネを外すと美少女なんて存在は、実際には存在しない』などという暴言の方は、どうにか否定したいところだけど……。
「だとすると……やっぱりこっちですか」
次に僕が手にしたのは――白いドミノマスク。
やっぱりこれが安定かな。とりあえずこれを付けて入村して、みんなの反応を伺ってみようか。
「そっちの黒いやつは?」
「あー、こっちですか。ただの色違いでして、僕的にはどっちでもいいんですけどね」
ジスレアさんが指差して尋ねてきたのは、黒いドミノマスク。
黒はどうなんだろうね。やっぱり黒ドミノは怪しさが増しちゃわない? そんなことない?
まぁ『どんな色だろうが結局は怪しい』って意見は抜きにしてさ、実際どうなんだろう?
「んー、ひとまずは白でいってみようかと思います」
「なんだったら――前回使った覆面でもいいかもしれない」
「……覆面?」
えっと、それはジスレアさんが作ってくれた麻袋のこと? あれを再びかぶれと?
「カーク村は、覆面でも大丈夫だった」
「えぇと……。まぁ一応は持ってきましたけど……」
もう二度とかぶることはないと思いつつも、一応は今回も持参したジスレアさんのお手製覆面。
確かにカーク村では覆面で過ごせたし、他の村も大丈夫だった。ラフトの町以外では問題がなかったので、覆面でもいいっちゃいいんだけど……。
でも逆に考えると……あの覆面が許されていたのだから、たぶん今回のドミノマスクとか余裕だよね。あれがよくて、こっちがダメな道理がない。
「んー、ジスレアさんは覆面の方がいいと思いますか?」
「覆面から仮面に変わって、みんながアレクのことに気付かないんじゃないかと、そんな心配を少ししている」
そんな心配を……。
というか僕からすると、覆面でしか認識されていない状態ってのが、そもそもイヤなのだけど……。
◇
無事にカーク村へ到着し、入村を果たした僕達は、村の中をてくてくと歩いていた。
「普通に大丈夫そうですね」
「そうみたい」
白いドミノマスク着用で村内を闊歩しているが、別段騒動になったりもしていない。
それに僕のことを覚えていた人もいて、何度か話し掛けられもした。
隣にジスレアさんがいたので、それでアレクだと気付いたのか、はたまた顔を隠している怪しい奴だからアレクだと気付いたのか、少し気になる部分ではある。
「さて、これからですが――」
「カークおじさんの家へ行こう」
「そうしましょう」
カーク村といえばカークおじさん。
この村へ来たのなら、何はなくともカークおじさんに挨拶せねば。
「なんだか懐かしいですね。カークおじさんと会うのも一年ぶりですか」
「私は一回会ったかな」
「あれ? そうなんですか?」
「ここ一年の間に何度かラフトの町まで出掛けたのだけど、ここへ立ち寄ったときに一回会った」
「ほー、そんなことが」
「アレクのことを気にしているようだった。『アレクはどうしてる?』って聞かれた」
「ほうほう」
そんなことがあったのか。嬉しいね。そうやって気に掛けてくれるのは嬉しい。
「ちなみにジスレアさんは、なんと答えたのでしょう?」
「カークパンを楽しそうに村中にばら撒いていると答えた」
「…………」
なんでそんなことを伝えたんだろう……。
カーク村と関係のある話題だったから、それで伝えたのかな……。
「あと、アレクは家を建てて、屋根からパンをばら撒いていると答えた」
「…………」
なんでそんなことを伝えたんだろう……。
確かにそんなこともやっていたけど、もうちょい他にもいろいろやっていたと思う……。
ジスレアさんの話だと、僕は一年中パンをばら撒いている人になってしまう……。
「ちなみにカークおじさんは、それを聞いて何か言っていましたか?」
「アレクらしいって言ってた」
どういうことだそれは。
……まぁいいや。とりあえずカークおじさんも僕のことを気にしてくれているようなので、顔見せに行こうじゃないか。仮面状態ではあるが、顔見せだ。
目指すはカークおじさん宅。顔見せして、ついでに何日か泊めてもらおう。
◇
「まさか留守とは……」
「困った」
カークおじさん宅に到着した僕達は、ドアのノッカーをコンコンとやりながら、『カークおじさーん』と名前を呼んだのだけど――出てこない。
中に人がいる雰囲気もなく、どうやら留守らしい。
困った。これは困った。ジスレアさんも困っている。これからどうしよう。
……まぁカークおじさん宅を勝手に旅のスケジュールに組み込んでいること自体、それはどうなのって話ではあるが。
「もうすぐ暗くなっちゃいますけど、どうしたもんでしょう?」
「仕方ない。今日はテント泊」
「そうなりますか……」
この村にはカークおじさん宅以外の宿泊施設もないらしいし、そのカークおじさんもいつ帰ってくるかわからない。であれば、仕方ないか……。
「じゃあ建てますか。どこに建てます?」
「ここでいいんじゃないかな」
「ここ?」
「ここ」
「え、ここですか……?」
ジスレアさんは地面を指差し、『ここ』と繰り返した。
ここなの……? カークおじさん宅の玄関前に、テントを建てるの……?
「カークおじさんが帰ってきたら、すぐにわかる」
「それはそうでしょうけど……」
でもいいのかな、勝手に自宅前にテントを建てるとか……。
まぁ建てるけど。
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