第393話 さようならユグドラシルさん、いつかまた逢う日まで2
第一回は二日で終了。第二回は一ヶ月で終了。
第三回は二日で終了。第四回は二ヶ月で終了。
ローテーション的に、第五回世界旅行も二日で終わる流れかと思いきや――意外や意外、今のところは順調だ。
なんやかんやで出発から一週間が経過した。なかなかに順調な旅路である。
そんな順調な旅を続けている僕だけど――
「ひー、ひー」
今は地面にへたり込んで、ひーひーと悲鳴を上げていた。
順調って言葉とは、かけ離れた現在の姿だ。
「『ヒール』」
「……あぁ、ありがとうございます」
ジスレアさんに『ヒール』をかけてもらい、怪我やら失われた体力やらを回復してもらった。
この回復手段があるせいか、妙にスパルタなジスレアさんの剣術稽古だ。毎回訓練時にはズタボロにされて、ひーひー言わされている。
「ところでお金は――」
「それはいい」
「そうですか……」
そして、例のごとく治療費は受け取ってくれないジスレアさん。
相変わらず旅の期間中は治療費を支払わせてくれないのだけど……今回ばかりは、それがありがたく感じる。
訓練中ジスレアさんは、以前僕がプレゼントした魔剣カラドボルグを使っているわけだが――
木剣をプレゼントして、その木剣でペシペシされて、ペシペシしてきた本人にお金を払うというのは……なかなかに闇が深い。真面目な剣術稽古なはずが、いかがわしくて闇が深いプレイになってしまいそうだ。そういう意味では、無料でよかった気がしないでもない。
「朝食ができたぞー」
「あ、はーい。ありがとうございます」
僕がジスレアさんにしばかれている間、ユグドラシルさんは朝食の準備を進めてくれていた。この一週間で、そんな流れができあがったのだ。
ひとまず僕は自分のマジックバッグへ向かい、魔剣バルムンクを収納。それから大ネズミの皮を取り出し、地面に敷く。
その後、ポケットから除菌用ウェットティッシュを引き抜き、手を拭く。
……除菌用なのかな? 自分で出したウェットティッシュながら、よくわからない。
そんなイメージで取り出したから、たぶん除菌効果もありそうな気がするけど……じゃあアルコールとか含まれているんだろうか? 少し謎。
「私も」
「あっ」
「ありがとうアレク」
「……いえ」
ジスレアさんが僕のポケットに手を突っ込み、ティッシュを引き抜いた。そしてティッシュで手をふきふきしている。
……まぁ、こうやって利用してくれること自体は少し嬉しくもある。変な意味じゃなくて。
とはいえ、声掛けと引き抜きがほぼ同時に行われるのはどうしたものか。こちらとしてもビックリするし、なんか悶えてしまう。
そんな感じで、ちょっとだけもにょもにょとしながら、地面に敷いた大ネズミの皮へ腰を下ろす。
「今日もありがとうございますユグドラシルさん」
「うむ。実際やってみると、なかなか楽しいものじゃ」
案外楽しみながら料理をしてくれているらしい。
僕はユグドラシルさんに感謝しながら、ユグドラ汁をいただく。美味しいですユグドラシルさん。
「でも、もうちょっとでユグドラシルさんともお別れなんですねぇ……」
「そうじゃなぁ」
エルフである僕には森GPS能力が搭載されているため、今いるのがどこで、あとどのくらい進めば森を抜けるのか、頭の中に全部しっかり浮かんでいる。
その脳内マップによると、もうすぐだ。もうすぐエルフの森を抜ける。つまりは――ユグドラシルさんともお別れである。
ユグドラシルさんのユグドラ汁をいただけるのも、あともう少し。
そう考えると、少し寂しいね。
…………。
今更だけど、『ユグドラ汁』ってネーミングは、やっぱり失敗だったかもしれない。
どうしても変態っぽくなってしまう。まるで変態行為ができなくなることを惜しむ変態のように聞こえてしまう……。
◇
朝食を終え、僕は大ネズミのモモちゃんに騎乗。
そうしてしばらく進むうちに――ついに森の出口までやってきた。
木々がなくなり、前方には草原が広がっている。ここから先は人界だ。
「ここですか?」
「うむ。人界じゃ。つま先の部分は人界じゃな」
というわけでエルフ界と人界の境目にたどり着いた僕らは――なんとなく境界線を探っていた。
エルフの森ならば、どこへでもワープできるユグドラシルさん。その能力もあって、正確に境界線を探れるという話だ。
じりじりと足だけを前に伸ばしているユグドラシルさんによると、ちょうど右足のつま先部分は人界に触れているらしい。そしてそれ以外は、まだエルフ界とのことだ。
「なるほど。確かに木もそこまでですしね」
「そうじゃな。木があるところまでがエルフ界じゃ」
「……ちょっとずつ植林を進めたら、領地拡大できないですかね?」
「揉めるわ……」
揉めちゃうか。それはあんまりよくないな。
一年に一本とか、そのくらいじわじわっと増やしていったら、バレないんじゃないかなって思ったりしたんだけど。
「ちなみにユグドラシルさんは、その状態でもワープってできるんですか?」
「ん? うむ。体の一部が森に入っていればワープはできる。つまり例えば――」
そう言いつつ、ユグドラシルさんは数歩前に進んだ。
そして振り返り、今度は森の方へ向かって指を伸ばす。
「今は中指の先端だけが森に触れている状態じゃ。これでもワープはできる」
「へー。ほんの少しでもかかっていればいいんですね」
「そして手を引っ込めると――うむ。ワープは無理じゃな」
「なるほど」
今のユグドラシルさんは、体が完全に森の外へ出てしまった状態らしい。さすがにそれだとワープはできないそうだ。
「……あれ? というか、普通に森の外へ出ても大丈夫なんですね」
「うん? わしか? まぁそうじゃな、特に問題はない」
そういうものなのか……。今のユグドラシルさんは世界樹の写し身ボディとかだったはずだけど、世界樹から離れて、森から離れても問題ないらしい。
「しかし、森の外に出たのは久々じゃなー」
そう言いながら、「んー」と体を伸ばすユグドラシルさん。
「どうなんでしょう? やはり森の中と外では、何か違うものですか?」
「ん? んー、いや、これといって特に」
「そうなんですか……。やっぱり僕とか森と共に生きるエルフなもので、なんとなく森の外に出ると落ち着かなかったりします。今はもう大丈夫ですが、最初は結構大変でした」
そんな昔を思い出しつつ、僕も森の外に出るが…………あれ?
「…………」
「どうしたアレク、何か震えておるが」
「そわそわします……」
「そわそわ?」
これはあれだ、初めて森を出たときになったやつだ。『森を出てそわそわ現象』だ。
「先程も言った通り、エルフは森を出るとそわそわしちゃうんですよ……」
「『今はもう大丈夫』とも言っておらんかったか……?」
「そのはずなんですけどね……」
すでに克服したはずなのになぁ……。一年間のブランクを経て、再発してしまったのだろうか……。
んー、んー。あー、ダメだ。落ち着かない。そわそわする。
「『キュア』」
「あぁ、ありがとうございますジスレアさん」
僕の様子を見たジスレアさんが、『キュア』をかけてくれた。ちょっと落ち着く。
「『キュア』」
「……わしは大丈夫じゃが?」
なんでかユグドラシルさんにまで『キュア』をかけていた。ついでだろうか?
「『キュア』」
「キー」
……ついでみたいだ。大ネズミのモモちゃんにまでかけている。
「しかし、そんな様子だと心配になってしまうのう……」
「あ、いえいえ、大丈夫です。最初のときほどじゃないですし、たぶんすぐ治ると思います」
「ふーむ。ではわしは帰るが?」
「はい。ありがとうございましたユグドラシルさん」
いかんいかん。そんな心配をかけたまま、ここまで付いてきてくれたユグドラシルさんを帰すわけにはいかない。
僕は努めて明るく振る舞いながら、ユグドラシルさんに別れの挨拶を送る――
「ではでは、また二年後に」
「え? 二年後?」
「はい、二年後に」
「……あ、うむ。まぁそうじゃな。予定ではそうなっていたな」
もはや、もう誰も僕の『二年後』という言葉を信じてくれる人がいなくなってしまった感。
……まぁ仕方ない。今までが今までだったのだから、それも仕方ない。
どうにか今回の旅では頑張って、汚名を返上したり、名誉を回復したりしたいねぇ……。
「うむ。ではなアレク。ジスレアもモモも――お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でしたー」
「キー」
こうして僕達三人とハイタッチを交わした後、ユグドラシルさんは帰っていった。
ありがとうユグドラシルさん。さようならユグドラシルさん、いつかまた逢う日まで――というか具体的には二年後まで。
「よし、それじゃあ行きましょうか」
「うん」
「キー」
さぁ行こう。ユグドラシルさんとの別れを惜しみつつも、僕達は前へ進まなければならない。
ここまで同行してくれたユグドラシルさんに報いるためにも、気持ちを新たに前へ進もう。
目指すは人界。目指すはカーク村。目指すはラフトの町。
今の僕はやる気に満ちあふれている。気持ちを高ぶらせ、魂を震わせながら、次なる目的地に向かって一歩前へ――
「『キュア』」
「……え?」
「震えていたから」
「……あ、はい。ありがとうございます」
魂の震えが見えたのだろうか……?
たぶんそれは、武者震いとかそういうやつだったと思うんだけどな……。
next chapter:カーク村といえばカークおじさん




