第389話 木工シリーズ第二十一弾『サイコロ』
――第五回世界旅行、出発当日。
いよいよ今日、僕は五回目の世界旅行に出発する。
まぁ僕的には案外落ち着いている。いたって平常心だ。
なにせ五回目だからね。五回目ともなれば、こっちも慣れたもんよ。
そんなわけで、僕の方は冷静なんだけど――
「だんだんと、外も盛り上がってきましたね」
「そんな感じがするねぇ……」
時間が経つにつれ、家の外がにぎやかになってきた。楽しげな村人の声も聞こえる。
何やらお祭りでも始まりそうな雰囲気だが――実際今日はメイユ村のお祭りだったりする。
その名も――アレク出発祭。
……名前の通り、僕が旅に出発することを祝うお祭りだ。
以前から出発時の送別会は無駄に盛大で、まるでお祭りのような雰囲気になっていたが――今回正式にお祭りになったらしい。そして、『アレク出発祭』なんて名前が付けられてしまった。
なんてことをしてくれたんだ村長。というか父。
「よかったですねマスター。まさかの祭事化ですよ? これほど盛大に送り出してもらえて、マスターも嬉しいのでは?」
「それは……。んー、でもたぶんありがたいこと……なのかな」
このお祭りに対してどんな感情を抱いたらいいのか、まだちょっと心の整理がついていない。
「……まぁいいや。とりあえずタイミングを見計らって、厳かに出発しよう」
「タイミングですか?」
「まだ今日は始まったばっかりだからさ、あんまり早くに出発するのもよくないよね? お祭りのピークに合わせて僕も出発した方が……」
「意外とお祭りに協力的ですねマスター……」
「まぁ、みんな楽しんでいるみたいだし……」
やっぱり夕方くらいかなぁ……。それまではだらだらと時間を潰そうか……。
◇
暇つぶしに、自室にてトランプをしていた。
ナナさんの『これで素早さの検証をしましょう』などという口車に乗ってしまい、トランプの『スピード』をしていた。
そして僕が結構な屈辱を味わっていると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「おーい、アレクくーん」
「おや? ミコトさん?」
この声は、おそらくミコトさんだろう。
ひとまずスピードは中断――というか止めだ。やめやめ。なんてひどいゲームなんだこれは。
「はーい。――あぁ、やっぱりミコトさん」
「やぁ」
「どうぞ中へ」
「うん。ありがとう」
とりあえず部屋の中へ案内する。
どうやらミコトさんも僕の見送りに来て――うん?
「あ、ということはアレクハウスから来てくれたんですね?」
「そうだね。歩いてきた」
ミコトさんは、一週間前からアレクハウスのアレクルームに泊まっている。
今日はわざわざ僕のために森を抜けて、メイユ村まで来てくれたらしい。
「いやいや、ご足労ありがとうございます。連絡してくれたら、すぐに再召喚したのですが」
「あぁ、それには及ばない。これからは頻繁に、こうやって村まで歩いて来るわけだしね」
Dメールで連絡してくれたらと思ったのだけど、ミコトさんは自らの足で歩くことを選択したらしい。
なるほどなるほど。素晴らしいなミコトさん。これから頑張って生活していこうという確固たる強い意思を感じる。応援したくなる。仕送りを増やしたくなる。
「というわけで、餞別だアレク君」
「え? あ、はい。えぇと……これは?」
「トード肉」
「……レアなやつですね」
「今日手に入れたんだ」
「そうでしたか、ありがとうございます……」
2-1森エリアのアレクハウスからダンジョンを出る途中、1-3トードエリアで狩ったらしい。
ダンジョンのカラートードは、ほぼ皮しかドロップしないため、むしろレア度は高い素材だったりする。まぁお肉自体は普通のトード肉で、味も普通だけど。
「ところでミコト様、一人暮らしも今日で一週間となりましたが、どうですか? 慣れましたか?」
「ん? あー、そうだなぁ、いろいろと不自由だったり戸惑うこともあるけれど、それも含めて楽しんでいるよ」
「そうですかそうですか。何かお困りのことがあったら、私――ナナ・アンブロティーヴィ・フォン・ラートリウス・D・マクミラン・テテステテス・ヴァネッサ・アコ・マーセリット・エル・ローズマリー・山田に、いつでもお申し付けください。手となり足となり、ミコト様のために誠心誠意尽くします」
久しぶりに聞いたような気がするな、ナナさんのフルネーム。今はフルネームの使い所だったのか。
「うん。ありがとう、ナナ・アンブロジーニ・ファン・ヴィニシウス・J・J・マクマナマン――」
「あぁ、いいですいいです」
ミコトさんが律儀にフルネームを呼ぼうとしたので、途中で止めてあげた。
……というか、だいぶ違っていたぞ?
「まぁ今は特に困ったこともないかな。……初めて泊まった翌日だけだね。あの二日目以外は、特に問題もなかったと思う」
「あぁ……。あれは僕の責任ですね。申し訳ありません、伝達不足でした……」
ミコトさんの言う二日目。アレクルームに泊まって二日目に――レリーナちゃんが訪ねてきたそうだ。
僕の部屋であるアレクルームに何故ミコトさんが泊まっているのか、それを聞こうとしたらしい。
……それでアレクルームでミコトさんとちょっと揉めて、その後僕の部屋でちょっと揉めて、それから村を巻き込んでちょっと揉めた。
「滞在二日目にして、あれだけ怖い思いをしたわけで……もう大丈夫だ。もう怖いものはない」
「なるほど……」
ポジティブだなミコトさん……。
「レリーナちゃんもあの後謝ってくれたし、私としては彼女とも仲良くなっていきたいと思っている」
「ほうほう……。素晴らしいですね。素晴らしいお考えですミコト様」
「ん、そうかな。ありがとうナナさん」
「是非とも応援したいと思います。陰ながら応援いたします」
「うん。ありがとう」
……手となり足となり応援すると言っていたはずだが、そこは陰ながら応援するらしい。
◇
「おーい、アレクー」
「お、来ましたね」
待ち人来たる。ユグドラシルさんが到着したようだ。
「どうもユグドラシルさん」
「うむ。少し待たせたか?」
「いえいえ、出発まではまだ時間がありますから」
ドアを開け、挨拶をしながらユグドラシルさんを部屋へ招く。
ちょいと理由があって、僕はユグドラシルさんを待っていた。
待っていたことは待っていたが、出発予定の夕方までは、まだしばらく時間がある。まだまだこれからも待ち時間だ。
「それにしても、結構なにぎわいじゃのう」
「ええまぁ……」
結構なにぎわいを見せるアレク出発祭。
人々の楽しげな話し声や笑い声、出店の呼び込み、どこからともなく流れてくる歌や音楽。そういった祭りの音が、ここからでも聞こえてくる。
まぁね、うん。みんな楽しそうで何よりだ……。
「とりあえずどうぞ」
「うむ」
ひとまずナナさんやミコトさんがいるテーブルへ、ユグドラシルさんも案内する。
「こんにちは、ユグドラシル様」
「やぁ、ユグドラシルさん」
「うむ。……む? お主らは何をやっておるのじゃ? お椀と、サイコロ?」
まぁ暇つぶしだね。暇つぶしに三人でゲームをやっていた。
もうスピードはイヤだったので、お椀と三つのサイコロを使って――
「――チンチロをやっていました」
「ちんちろ?」
「そうです。ユグドラシルさんとはやったことがありませんでしたっけ?」
「うむ。ないのう」
「そうでしたか。ではユグドラシルさんもやってみましょう。チンチロなんて名前ですが、普通のゲームです。別に卑猥なゲームではないです」
「別にそんなことは思わんかったが……」
というわけで三つのサイコロを使い、チンチロのルールをユグドラシルさんに説明する。
二つの目が同じだった場合、残る一つの目が出目。
ゾロ目だと強い。123だと弱い。456だと強い。
――といったふうに、ざっくり説明した。
「では実際に投げてみましょうか、ナナさんいいかな?」
「はい。では――」
「――ナナさん」
「はい?」
「よろしくね?」
「…………ああ。ふふふ、お任せください」
僕は軽く目配せしてから、ナナさんに三つのサイコロを手渡した。
サイコロを左手で受け取ったナナさんは、おもむろに右手をポケットに突っ込み、そして引き抜き――
……傍から見ると結構バレバレな動きだな。怪しすぎる。
「……右手に何かを握り込んでないか?」
「……気の所為ですよユグドラシルさん」
どうやらユグドラシルさんも違和感を覚えたらしい。訝しげな目でナナさんを見ている。
「んーんーんー……。いきますっ」
祈るように両手を額の前で組み、カチャカチャとサイコロを鳴らした後、ナナさんは右手のサイコロをお椀に投擲した。
お椀の中で、サイコロがくるくると踊り――
「そのサイコロ、4と5と6しかないのじゃが……」
「うぉ、バレた」
バレてしまった……! 456の面しかない僕のサイコロ――456賽が、あっさりとバレてしまった!
まぁナナさんの仕草からバレるだろうとは思っていたけど、まさか回転中のサイコロを見て気付くとは……。やるなぁユグドラシルさん……。
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