第368話 天界長期滞在プラン
なんだか会話が盛り上がってしまった。
レベルアップ報告のため、教会で通話の魔道具を借りたところ、通話にはいつもの教会本部の人が出てくれた。そして、ついつい教会本部の人と長話をしてしまった。
長話をすれば、その分だけユグドラシルさんへの連絡も遅れ、その分だけユグドラシルさんの到着を待つことになるわけだが……まぁ個人的に悔いはない。楽しかった。
そして、そんな楽しい時間も終わり、自宅へ戻ってきた僕は――
「ナナさーん、ナナさーん」
名前を呼びながら、ナナさんを探す。
ひとまずレベルアップのことを、ナナさんにも報告しておかねば。
「ナナさー――ん?」
「おかえりなさいませ、アレク坊ちゃん」
台所にて、ナナさん発見。
「ただいまナナさん。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「ダメです」
「…………」
ダメらしい。ダメなのか……。
「えっと……」
「今、ゆで卵を茹でている最中なのです」
「ゆで卵……」
ゆで卵か……。
最近は、ゆで卵ばっかだな……。
「ですが、まぁいいでしょう。私くらいになると、ゆで卵を茹でながらでも話を聞くことは可能です」
「そうなんだ」
ゆで卵を茹でながら話を聞くことは、それほどまでに難易度が高い作業だったのか。
「あー、でも後でいいかな。台所でサラッと話す内容でもないし、茹で終わってからでいいや」
「そうですか? 何やら勿体つけますね。そこまで大事な話なのですか?」
「んー? まぁそうかな。結構大事な話」
「ほうほう。それは気になりますね。おそらくタイミング的にレベルアップでもしたのだろうと予想しますが、さて一体なんの話でしょう」
……予想通りだよナナさん。ちょっと話しづらくなっちゃったよナナさん。
◇
「ちょうどいい茹で加減だね、美味しいよ」
「そうでしょうそうでしょう。マスターの好みである、少し固めの半熟に仕上げました」
「うん。美味しい」
というわけで、ゆで卵を食べる。
というか、食べさせられている。夕飯で食べると言ったのに……。
「それで、マスターの話とはなんでしょう?」
「あぁ、うん。もうナナさんはわかっちゃったみたいだけど――ようやく今日レベルアップしたよ」
「それはそれは、おめでとうございますマスター」
「ありがとうナナさん」
「お祝いのゆで卵となりましたね」
「う、うん」
お祝いじゃなくても、最近は毎日食べているけど……。
「となると、いよいよレベル30のチートルーレットですか」
「そうだね、楽しみだよ。二年ぶりのルーレット、今度は何が当たるかな」
いよいよ二年ぶりに――――二年ぶり。ふむ、二年ぶりか。
「どうかしましたか?」
「ん? んー、なんというかルーレットも二年ぶりで、天界へ行くのも二年ぶりでしょ? それでいつもなら、『ミコトさんやディースさんに会うのも二年ぶりだな』なんてことを思うんだけど――」
「なるほど。前回のルーレットで『召喚』スキルを取得し、ミコト様とは頻繁に会っていますからね」
「そうなのよ」
「頻繁にデリバリーしていますからね」
「デリバリーって言い方はやめよう」
その言い方はよろしくない気がするから、やめよう。
「そんなわけでディースさんだけだね。ディースさんとは久々だ」
「そうですねぇ。……大丈夫ですか?」
「うん? 何が?」
「毎度毎度、マスターと会えることを心待ちにしている自称母のディース様ですが――そんな自分を差し置いて、同じ女神のミコト様は頻繁にマスターとの逢瀬を重ねています」
「逢瀬……」
「上から見ているだけの状況は、相当歯がゆい思いだったのではないかと」
「ん……。まぁ、それはあるかもね……」
僕がルーレットで『召喚』スキル(+ミコト)を引き当てたときなんか、『この結果はなかったことにして、もう一回やってみない?』なんて提案をしてきたくらいだ。それだけ羨ましかったのだろう。
そしてミコトさんもミコトさんで、この世界を存分に楽しんでいるからな……。
それを見ている状況――見ることしかできない現状ってのは、なかなかつらいものがありそう……。
「ひょっとすると、天界で病んでいるかもしれません」
「病んでいるの……? いやでも、普段会っているであろうミコトさんからは、そんな話を聞かないけど……」
「あれでミコト様も天然ですからね、気付いていない可能性も考えられます。気付かないうちに煽って地雷を踏むタイプですよ、ミコト様は」
なんてことを言うんだナナさん。やめよう。ちょっとわかるような気もするけど、やめるんだ。
「というわけで、きっとディース様は天界で病んでいます。なんかたぶん危険な感じで」
「そうなのかなぁ……」
「あるいは、レリーナ様以上に病んでいるかもしれません」
「えっ……レリーナちゃん以上に?」
「…………まぁ、そこまでではないでしょうけど」
「…………」
少し考えて、『あれ以上ってことはないか』と考え直したらしい。
なんだろう。なんともコメントしづらい。
「さておき、私としてはディース様が不憫でなりません」
「そうだね、確かにそうかもしれない……」
「どうでしょうマスター。天界へ移動した際には、少し長めに滞在したらいかがです?」
「……んん?」
「ディース様の心を癒やすためにも、長めに滞在。いかがです?」
天界で見ているであろうディースさんが、拍手喝采を送っていそうな提案だな……。
「長めにって、どんくらいよ……?」
「一週間くらい滞在したらどうです?」
「一週間……?」
一週間、あの会議室に住めってこと……?
まぁ今までも、天界に長居することはあった。
それでも数時間程度のことだったと思う。その時間でも『長居』と言っていたんだ。それを一週間とは……。
「どうせ天界と下界で時間の流れは変わるのです。天界では一週間でも、下界では一瞬ですよ」
「それは確かにそうみたいだけど……」
前回ダンジョンメニューで実験をしたところ、確かにそんな結果が得られたような気もするが……。
「いっそのこと、どーんと五億年くらい行ってきますか?」
「いきなり何を言うんだナナさん」
「なぁに実際の経過時間は一瞬です。問題ありません」
問題しかないでしょ……。
前世で見たよそれ。超怖いやつだ。超怖いボタンのやつだ……。
いやはや、怖いな……。何が怖いって、おそらくこの会話もディースさんに聞かれているであろうことに、そこはかとない恐怖を感じる……。
◇
「アレクー!」
「おや?」
「待たせたなアレク!」
「あ、いえいえ。ユグドラシルさんも、お早いお着きで」
ユグドラシルさんだ。
ユグドラシルさんが、結構な勢いで僕の部屋に転がり込んできた。
そして何よりこのテンション。前回できちんと見せたはずだが、まだまだユグドラシルさんの中で僕の昇天シーンは熱いものらしい。
「うむ。連絡を受けて急いで来たのじゃが、まだ転送――――何をしておるのじゃ?」
「え? あぁはい、ちょっとトランプをやっていました。僕とナナさんと、大ネズミのモモちゃんで」
「いらっしゃいませ、ユグドラシル様」
「キー」
というわけで、三人でトランプをしていた。
ユグドラシルさんが来るまで寝てはいけない縛りの僕なので、その僕を監視してもらうため、ナナさんも部屋にいてもらった。
そこで、せっかくなら何かしようという話になり、ついでにモモちゃんも召喚し、三人でトランプに興じていたのだ。
「ふむ。トランプか、トランプの――大富豪か?」
「そうですそうです」
大富豪。前にユグドラシルさんにもルールを説明して、一緒に遊んだこともあったかな。
「なんかモモちゃんが強いんですよ」
「ほー?」
「キー」
こういうゲーム、モモちゃん強いよね。大富豪になる率が非常に高い。
……対する僕は、大貧民になる率が非常に高い。
「せっかくですし、ユグドラシルさんもやりましょうよ」
「うむ。――って違う」
おぉ……。何やらユグドラシルさんがノリツッコミを……。
「トランプもよいが、今は転送じゃろう? お主の転送シーン、わしはそれを見に来たのじゃ」
まぁそうか。元々これはユグドラシルさんが来るまでの暇つぶしだったしな。
「わかりました。では、これが最終戦ということで」
「うむ」
僕がそう伝えると、ユグドラシルさんは頷き、ゲームをしている僕の後ろについた。
……後ろから見られて、ちょっと気になる。
さておき、これが最後のゲームだ。最後くらいは勝って、有終の美を飾りたい。
ユグドラシルさんにも見られていることだし、少し頑張ってみようじゃないか。
そんな意気込みで挑んだ最終戦。
しばらくゲームを進めていると――
「えぇ……?」
「……なんですか?」
何やら背後から、ユグドラシルさんの呆れるような声が聞こえてきた。
僕が後ろを振り向くと、やはりそこには呆れた顔のユグドラシルさんが。
「……正直、お主のカード選択はおかしい」
「むぅ……」
「残り二枚で、4と6を一枚ずつ抱え、これからどうするつもりなのじゃお主は……」
僕にもわからない……。なんか流れでこうなってしまった……。
だけど、ユグドラシルさんのせいでもあるんですよ? 後ろから見られていると思うと、妙に気負ってしまって……。
「――あ、というかダメじゃないですかユグドラシルさん。ばらさないでくださいよ」
「結果は変わらん。もうどうしようもないわ」
「むぅ……」
ユグドラシルさんの言う通り、それから僕がカードを出すチャンスも訪れず、ゲームはそのまま終了してしまった。
大富豪はモモちゃん。平民がナナさん。そして僕は、またしても大貧民である。
大貧民か……。現実の僕って、そこそこ富豪なはずなのにねぇ……。
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