第366話 ホーク(鳩)
今日も今日とてダンジョンマラソン。
レベル30を目指し、僕と大ネズミのフリードリッヒ君はダンジョン内を疾走していた。
そして現在、僕達がいるエリアは6-2エリア。
このエリアには――『ホーク』という鳥型のモンスターがいる。
現状では、唯一このダンジョンで確認できる飛行タイプのモンスターだ。
そんなホークが配置されているので、このエリアの天井はかなり高めに設定されている。
といっても、ホークは始終上空を飛んでいるわけではなく、地上に降りていることも多い。
今も僕達の前方に見えるホークは、ダンジョンの床を歩いている。
全身が若干青みがかった灰色で、首元には緑と紫の光沢があり、首を前後にピョコピョコと動かしながら歩く様は――
「いや、鳩でしょあれ」
鳩にしか見えん。
ホークを見ると、どうしても毎回突っ込んでしまう。
名前は鷹だけど、クルッポクルッポ鳴きながら地面を歩いている姿とか、どこからどう見ても鳩である。でかい鳩。
「……まぁいいや。倒そう」
「キー」
というわけで、いつものようにフリードリッヒ君に乗ったままモンスターに近付いて――
「――あ、そうだ。実はフリードリッヒ君に、ちょっとお願いがあるんだけど」
「キー?」
「実はね、できたら今回――騎射の練習をしたいんだ」
騎射。騎乗状態のまま、矢を射つ練習をしてみたい。
まぁ今回のダンジョンマラソン中、僕は毎回フリードリッヒ君に乗ったまま矢を射っているわけで、それも全部騎射といえば騎射なのだろうけど……。
だがしかし、僕が矢を放つ際、フリードリッヒ君は止まってくれている。
動かないようにビタッと静止してくれて、僕は非常に安定した状態から矢を射っている。たぶんそれは、あんまり騎射とは言わない。
「普通に動き回ってもらって、その中で矢を射つ練習をしたいんだ」
「キー」
「まぁそうだね。騎乗状態で両手を離さなきゃならないわけで、不安定なのは間違いないけど、それも含めて練習だね」
普段僕がフリードリッヒ君に乗っているときは、落ちないように鞍の取っ手を掴んでいる。
それを離して両手で弓を射つってのは、確かになかなか難しそうな作業だ。
だけどこの騎射ができれば、さらにダンジョンマラソンの効率も上がることだろう。
それに何より、たぶん見た目も格好いい。
「キー?」
「ん? まぁ大丈夫じゃない? 僕には『弓』スキルもあるし、『器用さ』も高いしさ」
「キー……」
「大丈夫大丈夫」
少しばかりフリードリッヒ君は不安そうだが、おそらくは大丈夫だろう。
なんだかんだで僕もそこそこ騎乗経験を積んできた。『騎乗』スキル自体は持っていないけど、案外余裕でできそうな気がする。
というわけで、騎射攻撃を用いてホークと対決だ。
移動しながら矢を射つ僕達と、鳥型モンスターであるホークとの、高速戦闘を始めようじゃあないか。
「よーし、行こうフリードリッヒ君」
「キー」
掛け声とともに、ホークに向けて前進する僕達。
それに対するホークは――
「くるっくー」
鳩だなぁ……。
どうにも鳩っぽい鳴き声を上げながら、僕達を警戒している。
そうこうしているうちに、射程距離まで近付いた。
普段ならこの辺りで足を止めて固定砲台化するのだが、今回は騎射の練習。そして高速戦闘だ。
そんなわけでフリードリッヒ君には、そのまま進んでもらう。……進んでもらうつもりなのだけど。
「フリードリッヒ君、普通に走ってくれていいよ?」
「キー……」
フリードリッヒ君の歩みが、えらいゆっくりだ。ゆっくりゆっくり慎重に進んでいる。
やっぱりフリードリッヒ君は、僕のことを心配しているのだろう。
……ちなみにだが、ホークもホークでゆっくりだ。
こちらに向かってきてはいるけれど、飛んではいない。せいぜい小走りといった様相で、トトトトトと走ってくる。
なんか想像と違うな……。全然高速戦闘になっていない……。
「……うん。これは訓練だからさ。思いっきり走ってほしいんだ」
「キー……」
「僕のことは心配いらないから、それこそ僕を振り落とすくらいの勢いで走ってほしい」
「キー」
「あ、ほら来たよ? 走って走って」
いい加減ホークも接近してきて、僕達を突こうとしてきたので、僕はフリードリッヒ君を急かす。
「キー」
「お、うん、お願いね」
「キー!」
覚悟を決めたのか、フリードリッヒ君がスピードを上げた。
ホークから距離を取るように、斜めに走り出す。一定の距離を保ちながら、ホークの周りを回るように移動するつもりらしい。
さてさて、それじゃあ僕も弓の準備を…………って、結構大変だなこれ。
左手に弓を持ち、右手も矢を取るために鞍の取っ手から離したのだけど、安定感のなさがすごい。
どうしよう。かなり怖い。……ちょっとやめたくなってきた。
いやしかし、『ごめんフリードリッヒ君、怖いからやっぱりやめよう』なんて、今さら言えない。さすがに格好悪すぎる。
「よ、よし。それじゃあ狙うね」
「キー」
「うん。うん……」
どうにかこうにか弓を構え、ホークを狙うが…………これまた難しい。
今まで僕は、動いている状態で弓を射つことがなかった。
基本的に弓での戦闘は『パラライズアロー』頼みだったので、動く必要がなかったのだ。
一発当たればこっちのもので、そこから『パラライズアロー』コンボにもっていける。
なので、とりあえず近付かれる前に一発当たればいいやって感覚だった。
位置取りとかそういうのを考えることもなく、どっしり構えて必中を心掛けるだけであった。
相手が動くのはまだしも、自分が動いているってのは、少し勝手が違う。
不安定な状態で、移動しながら矢を放つ。
この慣れない作業に、僕が苦戦していると――
「キー」
「ん」
フリードリッヒ君が、『左へ曲がります』と伝えてきた。
……なんだか大型車の警告音声みたい。
そんなことをぼんやり考えながら、僕は弓に集中する。
「キー」
「……お?」
曲がる直前、もう一度『左へ曲がります』と改めて警告してから、フリードリッヒ君が実際に進路を変えた。
ぐいーんと左へ曲がるフリードリッヒ君。
僕は警告に従い、鐙に乗せている両足に力を込めてバランスを取る――べきだったのだろう。
だけど僕は弓に集中していて、フリードリッヒ君が知らせてくれた二度の警告も、ぼんやりと聞き流してしまったようで……。
「あっ……」
「キー!?」
振り落とされてしまった。
一瞬宙に浮いた僕。
なんだか周りの景色がスローモーションのように流れ、そして、だんだん地面が近付いてきて――
――痛ってぇ!
◇
「キー……」
「いやいや、フリードリッヒ君は悪くないよ」
申し訳なさそうに謝罪するフリードリッヒ君だが、フリードリッヒ君は全然悪くない。
戦闘中に二度も警告してくれたというのに、ぼんやり聞き流した僕が悪いんだ。
そもそもフリードリッヒ君は、やんわりとこの訓練の危険性を示唆していた。本人もあんまりやりたくなさそうな雰囲気だった。
それを僕が『振り落とすくらいの勢いで走ってほしい』などと、無理にお願いをしたのだ。それで本当に振り落とされたからって、僕が怒るのは間違っている。
「それよりも、助けてくれてありがとうフリードリッヒ君」
「キー」
勢いよくフリードリッヒ君から転げ落ちた僕は、その衝撃と痛みで、少しの間立てなかった。
しかし問題は、さらにその後だ。
すっ転んだ僕を見たホークは、今が好機と判断したのか、バサバサと飛び上がり僕に襲いかかってきた。卑怯。あまりに卑怯。
そこでフリードリッヒ君は、慌てて僕を守るように立ちふさがり、『エアスラッシュ』や爪攻撃でホークを牽制してくれたのだ。
フリードリッヒ君が守ってくれなかったら、僕はあの卑怯な鳩に啄まれていたかもしれない。危ないところだった。
それから僕もどうにか復活し、鳩も無事に討伐したのだけど……。
「キー」
「そうだねぇ。騎射の方は、あんまり上手くいかなかったねぇ」
「キー」
「ん? いや、もう一回やってみよう。コツは掴めたと思う」
「…………」
……なんかだいぶ不安そう。
フリードリッヒ君は何も言わないけれど、また落ちるに違いないって顔をしているのは、なんとなくわかるね……。
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