第363話 ミコトさんからのお願い
何やらミコトさんの方から、僕にお願いしたことがあるという。
ただ、それは他の人に聞かれると少しまずい話とのことで――それならばと、僕達は2-1森エリアまで移動した。
そして森エリアに建てた別荘――アレクハウスまでやってきた。
「少し待っていてください、今開けますから」
「うん」
ミコトさんに待ってもらって、僕はマジックバッグから鍵を取り出し、玄関の扉を解錠した。
「どうぞミコトさん」
「ありがとうアレク君。――ん? アレク君?」
「あ、いえ……」
ミコトさんをアレクハウス内に招いたところで、ふと気付いた――
傍から見たら、女性を家に連れ込んでいるようにしか見えない!
……いやまぁ、それ自体はその通りだ。女性を家に連れ込んでいる状態なのは事実。
だけど違うのに。そういうんじゃないのに。なんだかこの現場を見られたら、変なことを勘ぐられそう……。
こんなことなら、大ネズミのトラウィスティアさんにも付いてきてもらえばよかった。
アレクハウスに向かうことが決まった際、急にトラウィスティアさんから『そういうことでしたら、私は一度お暇させていただきますわ』なんてことを伝えられ、送還したのだ。
というか、もしかしてトラウィスティアさんも、そういうことだと邪推したのか?
……なんかそんな気もするな。トラウィスティアさんは空気の読める大ネズミなので、変に気を使って一人撤退していったのだと予想できる。
「……まぁ、とりあえず中へどうぞ」
「うん。お邪魔します」
やっぱりなんとなく他の人に見られたらまずそうな雰囲気があるので、ちょっとだけ急ぎ気味でミコトさんを中へ勧め、僕もそそくさと家の中に入る。
「じゃあ僕の――うん?」
「…………」
先に家へ入ったミコトさんが、くるりと僕の方に向き直り、唇の前に人差し指を立てた。
『静かに』ってことらしい。とりあえず、その指示に従って口を閉じるが……。
「あれ」
ミコトさんが唇の前に立てていた人差し指を、リビングの方へ向けた。
指差した先、リビングのソファーには――
「…………んむ」
ユグドラシルさんが寝ていた。
ソファーで横になり、すよすよと寝息を立てていた。
「……ひとまず僕の部屋まで行きましょうか。静かに、そっと」
「そうしよう」
僕達は小声で相談してから、ユグドラシルさんを起こさないように気を付けながらリビングを横切り、僕の部屋まで進む。
まぁユグドラシルさんが寝ていたのには少し驚いたが、なんとなく嬉しい気持ちもある。
以前にユグドラシルさんはアレクハウスのことを、『良い家』『居心地が良い』と評してくれたわけだが、本心からそう思っていてくれたようだ。
僕達が一生懸命建築した家を、そうも気に入ってもらえたことは、なんだか少し嬉しかったりもする。
そんなことを考えながら、僕の部屋――アレクルームまでたどり着いた僕は、マジックバッグに手を伸ばす。
アレクルームには玄関と別の鍵がかかっているので、新たにアレクルーム用の鍵を取り出してから解錠する。
「ふぅ。あ、どうぞ」
「ありがとう」
無事に入室できたので、椅子へ座ってもらうようミコトさんを促した。
いやはや、家に入るときからここまで、こそこそするアクションをずっと強いられて、妙に気疲れした。
なんだかなぁ。別に僕達はやましいことをしているわけじゃないのに、なんだってこんなにこそこそしなければいけないのか。
まったくもって、そういうんじゃないのに――
…………。
……そういうんじゃない?
あれ? いや、もしかしてそういうことも……ありえる?
実はミコトさんからのお願いってのが、そういうお願いだってことも……もしや、ありえるのか?
実際トラウィスティアさんも、そんな推測をしていたみたいだし……。
……いや、うん、ないな。
まぁないよね。あのミコトさんが唐突にそんなお願いをしてくるなんて、普通に考えてないだろう。それはない。万が一にもないはずだ。……ないよね?
「なんだか普通にユグドラシルさんが寝ていたね」
「え? あ、はい。そうですね」
「ゲストルームも使用中だったのかな?」
「あー、でもプレートはなかったですね」
チラッと見たところ、ゲストルームに『使用中』プレートはかかっていなかった。なのでゲストルームも空室だったはずだ。
「ソファーの側にフラフープが転がっていたので、くるくると回していて、そのうち寝てしまったのかと」
「そうか……。ふふ、なんだか愛らしいな」
「そうですねぇ」
確かにとても愛らしい幼女ムーブな気もする。
そこまでまるっきり幼女扱いするのも、さすがにどうなのかって話ではあるけれど。
「さて、それじゃあさっそくですが、ミコトさんの話を聞かせてもらってもいいですか?」
「あ、うん」
僕が話を振ると、ミコトさんは心なしか居住まいを正し、言葉を紡ぎ始めた。
「私がアレク君にお願いしたいことなのだけど――アレク君はもうすぐ世界旅行に出発するだろう?」
「ああはい、そうですね。一ヶ月後に出発です」
「私のお願いは――アレク君が世界旅行に行っている間の、私のことなんだ」
僕が旅している間の、ミコトさんとな?
過去四回の世界旅行中、僕はミコトさんを召喚することがなかった。もしかして……そのことがちょっぴり不満だったりする?
「えっと、それはミコトさんも世界旅行に同行したいと、そういうことですか?」
「ん? あぁ、それは違う」
「あ、違いましたか」
「もちろんそれも楽しそうではあるけどね。……でもナナさんのことを考えると、それはさすがにできないな」
「ナナさんですか?」
「ナナさんだって付いて行きたいだろうに、邪魔になるからと遠慮しているだろう?」
「あー、そういえばそんな話でしたね」
第一回世界旅行前にナナさんと話したとき、『足手まといにはなりたくない』、『ジスレア様の負担が増えてしまう』と言っていた気がする。
それでミコトさんも、『ナナさんがそういう理由で遠慮するのなら、私も辞退しよう』って流れだったはずだ。
「私より強いナナさんが我慢しているんだ。それなのに私が付いて行くなんてできないさ」
「なるほど」
「まぁ旅の実情を知っている私からすると、普通に付いて行っても問題ないような気もするけど……」
「…………」
天界から見ている限りでは、きっと僕の旅は相当ぬるいものに見えるんだろうな……。
ジスレアさんの手厚いサポートがあるので、実際その通りではあるのだけれど……。
「とにかくそういうわけで、旅に同行したいというわけじゃあないんだ」
「そうでしたか……。となると、ミコトさんのお願いとは?」
「うん。今回アレク君にお願いしたいのだけど、アレク君が旅に出ている間――私を召喚し続けてくれないだろうか?」
「……召喚し続ける?」
ミコトさんを、ずっと下界へ召喚しっぱなしだと……?
……ふむ、そうなのか。
とりあえずミコトさんのお願いの内容は理解した。いろいろと疑問や質問はあるけれど、そんなお願いだったか。
「それが、ミコトさんのお願いですか」
「うん」
「そうですか、なるほど……」
そうか…………やっぱり違ったな。
もしかしたらアレなお願いをされてしまうのではないかと、そんな可能性を捨てきれない僕がいたのだけど――やっぱり違った。全然そういうんじゃなかった。
わかっていたはずなのに、そんなお願いをされたらどうしようって無駄にドキドキそわそわしていた僕を、今からでもぶっ飛ばしたい。
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