第362話 地上に舞い降りた女神2
第五回世界旅行の出発日が、一ヶ月後に決まった。
一ヶ月後には、一年ぶりの世界旅行だ。
どうしても間隔が空いてしまったため、出発したくない気持ちも少しだけある。
間隔が空いてしまった教習所のような、あの感覚……。
あるいは、長期休暇明けの職場や学校のような……。
あるいは、ちょっとサボってしまった部活やサークルのような……。
あるいは、しばらく行き渋っていた歯医者さんのような……。
まぁそんなことを思っていたとしても、結局は行くしかない。
やだなーって思ったとしても、歯医者さんには行くべきだし、職場や学校には行かなければならない。
それと同様に、僕も世界旅行へ出発するしかないのだ。
というわけで、一ヶ月後に出発。うん、それはいい。それはいいのだけど……ひとつ気にかかることがある。
――ルーレットのことだ。
現在僕のレベルは29。
あと1つレベルが上がれば、七回目のチートルーレットを回せる。
できることならば、世界旅行前に回しておきたい。
何が当たるかわからなければ、何が起こるかもわからないルーレットだ。
ダンジョンコアを手に入れたときのように、起きたらいきなり枕元に見知らぬ女性が現れる――そんな展開すらありえるのだ。
不足の事態に備えるためにも、できることなら旅の最中ではなく、メイユ村にいる間にルーレットを回しておきたい。
幸いにも、次のレベルアップは近い。これまでのペースから考えて、おそらく一ヶ月以内にレベルアップできるはずだ。
……とはいえ、現在の獲得経験値も、レベルアップまでの必要経験値もわからないわけで、そこまで正確に予測することはできない。
このままのんびりと日常を送っていて、本当に一ヶ月以内にレベルアップできるかは不明だ。
であるならば、もう僕のやることは決まっている。
そう――ダンジョンマラソンだ。
「はいよー」
「キー」
現在僕は、大ネズミのフリードリッヒ君に騎乗した状態で、『世界樹様の迷宮』4-2エリアを疾走していた。
「おっと」
「キー」
前方にモンスターを発見。
このエリアに出現するモンスター――ワイルド大ネズミだ。
フリードリッヒ君は僕を乗せたまま、ある程度ワイルド大ネズミまで近付き、その場で静止した。
そして僕も騎乗状態のまま、左手で弓を構え、右手で矢筒用マジックバッグから矢を取り出し――
「やー、やー」
ワイルド大ネズミごとき、アーツを使うまでもない。
ノーマル射撃二発で、華麗にワイルド大ネズミを射抜く。
「うん。倒したね」
「キー」
討伐成功だ。ダンジョンの床に倒れたワイルド大ネズミは、ぬるりとダンジョンに吸収されていった。
それを見届けてから、フリードリッヒ君はワイルド大ネズミが吸収された地点に近付き、僕が射った二本の矢を回収。そしてドロップ品であるワイルド大ネズミの皮も回収し、自分のマジックバッグに収納した。
「よーし、次に行こう」
「キー」
そして次の獲物を求め、再びフリードリッヒ君は僕を乗せたまま駆け出した。
……と、このように今回のダンジョンマラソンは、相当楽をしている。
今回のマラソンでは1-4エリアから6-4エリアまでを周回しているのだけど、むしろ一生懸命マラソンしているのはフリードリッヒ君だけで、僕はマラソンをしているとは言えないのではないだろうか。
僕は上から矢を射つだけで、しかも流鏑馬状態ですらなく、しっかり止まってもらって、じっくり射つだけである。
その上、矢やドロップ品の回収までをもフリードリッヒ君にお願いするという、文字通りおんぶに抱っこのダンジョンマラソンとなっている。
「なんというか……今日もありがとうね、フリードリッヒ君」
「キー」
「うん。ありがとう」
僕を乗せて、たしたしと走るフリードリッヒ君の首元辺りを、わしわしと撫でる。
フリードリッヒ君自身は、このダンジョンマラソンにやりがいを感じてくれているようなのだけど、やっぱり少し申し訳なさを感じてしまう。
いやはや、フリードリッヒ君には頭が上がらない。前回とは雲泥の差だ。前回のマラソンは、えらくつらい思いをした記憶がある。
そういえば前回は、一生懸命走りに走ったダンジョンマラソンだったけど、そのおかげなのか、『素早さ』が上昇するっていう幸運も訪れたが……。
……まぁ今回ばかりは、絶対なさそうよね。
◇
何度か周回を重ねた後、僕とフリードリッヒ君は6-1雪エリアにて休憩に入った。
「この寒さが、火照った体に心地よい」
弓を射つだけの僕ではあるが、それでも一応は疲れる。というか、騎乗するだけでもそれなりに疲れる。
というわけで、雪エリアのかまくらで休憩だ。
もうすぐ春になり、このエリアの雪も溶けていってしまう。しっかり今のうちに雪を堪能しておこう。
そしてフリードリッヒ君は、かまくらの外で雪を堪能している。
さすがに僕を乗せたままのダンジョンマラソンで疲労が蓄積しているのか、雪原を走り回ってはいない。雪原にて横になり、ころころと転がっている。
「んー、たぶんもうすぐだと思うんだけどねぇ」
フリードリッヒ君のおかげで、周回ペースはかなりのものだ。
おそらくこの分なら、近いうちにレベルアップできるだろう。
「できるだけ早めにレベルアップして、ルーレットを回しておきたいよねー」
ルーレットの景品で何が貰えるかはわからないけど、もしかしたら世界旅行で役立つスキルやアイテムだったりを貰える可能性もある。
であるならば、出発前にルーレットを回すだけではなく、景品の検証とかもしておきたい。そのための時間も確保しておきたいところだ。
そんなことを考えながら、かまくらにてぼんやり休憩していると――
「こっちか?」
「キー」
「ん、あのかまくらかな?」
「キー」
フリードリッヒ君と、女性の声が聞こえる。
だんだんこちらへ近付いている様子だが、あの声は――ミコトさんかな?
「あ、おーいアレク君」
やっぱりミコトさんだ。
雪原を走るフリードリッヒ君に先導されながら、こちらに向かって走ってくるミコトさんを確認できた。
すぐ近くまで来たので、ひとまず僕は、かまくらから出ようとして――
雪で足を滑らせた。
「あっ……」
「え、うわ!」
雪原を走るミコトさんを見て、『滑って転ばないといいけど……』などと考えていた僕だったが、逆に僕の方が転んでしまった。
かまくらでじっとしていたため、体が固まってしまっていたのだろうか。何やらツルンといってしまった。
そして僕は、ちょうどミコトさんが足を着こうとしていた地点へ、頭を滑り込ませ――
「ガッ」
「あ、アレクくーん!」
「キー!」
痛い! とても痛い! なんだか懐かしい痛み!
◇
「大丈夫かアレク君……?」
「ええはい、大丈夫です」
「すまない、まさかこんなことになるとは……」
「いえ、悪いのは僕ですよ。僕が無理やり踏まれにいった感じですし」
思いっきりミコトさんに後頭部を踏まれてしまった僕は、とりあえずかまくらへ戻り、もそもそと薬草を食べていた。
「これでアレク君を踏むのは二回目だな……」
「……そうですねぇ。まぁ前回踏まれたのはアレク君ではなく、佐々木君ですけど」
十八年前――と言っていいのかわからないけど、とりあえず体感では十八年前に、佐々木だった頃の僕はミコトさんに後頭部を踏まれた。
あのときと一緒だな。あのときも僕は雪ですっ転び、後頭部に女神が舞い降りた。
そうして運悪く僕は死んでしまい、転生することになったわけだが――
「これでアレク君が死なないといいが……」
「…………」
縁起でもないことを言わないでほしい……。
まぁシチュエーション的にどうしてもそんなことを考えてしまうし、僕もこうして薬草を食べて治療しているわけだが……。
とりあえず前回の反省を活かして、一応この後ジスレアさんの診療所でも行こうかね。
前回は、病院に行かなかったために逝ってしまった。たぶん前回ほどのダメージもなさそうだし、薬草も食べているし、まず問題ないとは思うのだけど。
「やっぱり今の僕はアレクシスなわけで、前世の貧弱な佐々木とは違いますからね。日々戦闘に明け暮れるアレクシスなんです。問題ないですよ」
「そうか、まぁそうかな」
「そうですよ」
ひとまずそう伝え、ミコトさんを安心させることに努める僕。
実際には僕の『生命力』は10しかないわけで、この数値は、あんまり油断していい防御力でもないような気もするけれど……。
「それよりも、ミコトさんもダンジョン探索ですか? 雪エリアに用事が?」
「あ、うん。少し用事があったんだ。――といっても、用事があったのはアレク君にだね」
「僕に?」
偶然このエリアでフリードリッヒ君と出会ったのかと思ったけど、あるいは僕を探していたのだろうか?
「僕に用とはなんでしょう?」
「うん。実はアレク君に――お願いがあるんだ」
「お願い?」
はて、ミコトさんからのお願いとはいったい?
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