第358話 合鍵
ある冬の日――
「うむ。良い家じゃな」
ユグドラシルさんが遊びに来てくれた。
いつもふらっと遊びに来てくれるユグドラシルさんではあるが――今日来てくれたのは、いつもの自宅の部屋ではない。
今日ユグドラシルさんが来てくれたのは――アレクハウス。
ダンジョンの森エリアに建てた、僕の別荘アレクハウスだ。
「なかなかに居心地が良い」
「それは何よりです」
とはいえ、今いるのはアレクハウス内の僕の部屋なわけで、僕の部屋にそこまで居心地の良さを感じられても、どう反応したらいいのか少し迷ってしまう部分はあるけれど。
「ユグドラシルさんがアレクハウスに来たのも、例のパン撒き以来ですかね?」
「うむ」
アレクハウスが完成してから――というかパンの準備が整ってから、僕とフルールさんは上棟式を行った。
まぁ正確には上棟式ではなく完成記念式典で、撒くのも餅ではなくパンだったわけだが……さておき、そんな上棟式もどきの現場に、ユグドラシルさんも駆けつけてくれたのだ。
「……というか、そもそもあれはなんだったのじゃ?」
「あれですか? あれはそうですね……前世であった文化ですかね」
文化というか、行事というか。そんな感じの。
「新しい家が完成したとき、屋根からパンをばら撒く文化があるのか……?」
そんな文化はない。
……けどまぁ、パンも餅も似たようなものだろう。そもそも本来の餅撒きだって、僕からしても微妙に謎な儀式ではある。
「多少アレンジは加わっていますが、そんな行事があったのですよ」
「ふーむ」
「ユグドラシルさんも、来ていただいてありがとうございました。おかげで盛り上がりました」
「うむ」
なんといってもユグドラシルさんは僕達エルフの神様。
僕達の上棟式だかパン撒き祭りだかも、ユグドラシルさんが来てくれて大層盛り上がった。
そしてユグドラシルさんも、僕達が屋根から投げるパンやお金を、楽しげに下で拾っていた。
……改めて考えると、おそらく上棟式も、神様にお供えする的な神事のはずだ。それが今回は神様が直接拾うという事態になったわけで、なんだか少し面白くはある。
――あ、そういえばミコトさんも来ていたな。
神様二人だ。神様二人に直接奉納とは、なかなかに贅沢な神事であった。
「それはそうとユグドラシルさん」
「ん?」
「こちらをどうぞ」
「む? 鍵か?」
「はい。アレクハウスの――合鍵となります」
アレクハウスの玄関の鍵。合鍵である。
ジェレッドパパにお願いして、いくつか作ってもらったうちの一本を、僕はユグドラシルさんに手渡した。
「ふむ。よいのか?」
「はい。一応この部屋には別に鍵が付いていまして、僕がいないときは入れないようになっていますが、それ以外のリビングやゲストルームは自由に使ってもらって構いません」
「そうか。うむ、ありがとうアレク」
「いえいえ」
さすがにこの部屋は僕の自室なもので、ここには別の鍵をかけさせてもらった。
まぁ見られて困るような物は置かないつもりだけど、一応ね。
「といっても、わしがここを使うことも、そう多くあるかはわからんが」
「そうですか? でもまぁユグドラシルさんにだけ渡さないってのもあれですし」
「うん? わしにだけ? ……というと、他の者にも渡しておるのか?」
「ああはい。特に親しい人には渡しました」
せっかくゲストルームなんてものを作ったくらいだし、そこそこオープンな家にしようと考えたのだ。
というわけで、合鍵もばら撒いてみた。
「なんじゃそういうことか。何人くらいに渡したのじゃ?」
「何人? えーと――三十人くらいですかね」
「え?」
「え?」
「え、いや、三十人くらいと言ったか……?」
「ええ、たぶんそのくらいです」
知り合いの中で、この人なら大丈夫だろうって人達全員に合鍵を渡してみた。
それが確か、今のところ三十人くらいだったと思う。
「つまりお主は三十人の女を、毎日この家に連れ込んでいるわけか……?」
「いきなり何を言うのですか……」
それはいったいどういう結論なのか……。
……いやまぁ、偶然にもその三十人は、全員が未婚の女性だったりはするのだけれど。
「別に僕が連れ込むわけではなく、自由に使ってどうぞっていう合鍵ですよ」
「む、まぁそうか、合鍵じゃから……というか、三十本も合鍵を作ったのか?」
「そうですね、ジェレッドパパさんにお願いして……そういえばジェレッドパパさんも困惑していましたね」
「そりゃそうじゃろ……」
最初は五本ほど合鍵を作ってもらったのだが、もう少し必要だということになり、次は十本作ってもらった。しかしそれでも足らないということで、さらに二十本作ってもらった。
そんなことをしていると、ジェレッドパパは――
『じゃあ次は四十本じゃねぇか……』
などと震えていた。無限アレクハウス合鍵地獄の可能性に怯えるジェレッドパパさんであった。
とはいえ、さすがに四十本もいらないし、これ以上は必要ないと思う。たぶん。
「しかしそうなると、ゲストルーム一室では足らんのではないか?」
「あー、どうなんですかね。そうは言っても、みんなメイユとルクミーヌに住んでいる人達ですし、そこまで足らないってこともない気がしますけど」
普通に自宅へ戻ればいいだけだし、泊まっていく人もそんなにはいないと思う。
「ふむ。お主はどうなのじゃ?」
「はい?」
「お主も自宅がメイユ村にあるわけじゃが、お主もあまり泊まらんのか?」
「えぇと、そうですね。僕もあんまり泊まらないです」
「ふむ。そうなのか」
「ええまぁ」
あんまりというか……全然だな。
実は僕がアレクハウスに宿泊することは、ほぼほぼなかったりする。
「とはいえ、せっかく建てた家なのじゃから、そこそこは泊まるじゃろ? 週のうち、どのくらい泊まるのじゃ?」
「…………」
「アレク?」
「えっと、まぁ……一回ですかね。今までで、一回だけ泊まりました」
きちんと家が完成した日に一日泊まってみて……それだけだ。泊まったのはその一回だけ。
「む? 完成してから今までで、一回だけ?」
「そうなります」
「なんでじゃ? 何故そこまで泊まりたがらんのじゃ?」
「…………」
「うん? なんでじゃ?」
……なんか、あんまり答えたくないな。それはあんまり答えたくない質問だ。
しかし、『なんでじゃ、なんでじゃ』聞いてくるユグドラシルさんに、何も答えないままというのも……。
「……む。もしや、この家には何か問題があるのか?」
と言いつつ、部屋をキョロキョロと見回し始めたユグドラシルさん。
どことなく、おばけに怯える幼女の姿にも見えて、少しほっこりする。
…………。
……この世界、おばけっているのかね?
どうなんだろう? スケルトンとか、ウィルウィルなんちゃらとかいう、おばけっぽいモンスターはいるみたいだけど、それらは普通にモンスターだしな。どうなんだろう。
……あ、いや、そんなことよりもユグドラシルさんの誤解を解かねば。
アレクハウスを建築したのはフルールさんだ。フルールさんの名誉のためにも、その誤解はしっかり解かねば。
「いえ、家自体に問題はありません。アレクハウスは完璧です」
「ふむ? ではいったい?」
「ええはい、僕があんまり泊まらないのはですね、その……夜にはメイユの自宅に戻らなければいけないからです」
「自宅に?」
「正確に言えば、夕食前に自宅へ戻って――母の夕食を食べるからです」
「…………」
僕の言葉を聞き、ユグドラシルさんはちょっと引いた。
あぁもうほら、やっぱりマザコンだと思われたじゃないか……。
違うのに。僕はマザコンじゃないし、マザコン気質でもないのに……。
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