第35話 リバーシロイヤルティ
「工房で製作するということは、僕はもう作らなくてもいい――ということですよね?」
「そう、なりますね」
一応レリーナパパに確認をとったけど、問題なさそうだ。よしよし、これで地獄からの脱出ができそうだぞ?
むしろ、それを先に言ってほしかった。『これからはリバーシをうちで作らせてほしい』と、早く言ってくれたなら、こんなに悩まなくて済んだのに。
早く言ってくれたらば、もっと早く――
あれ? レリーナパパがこの早く話をもっと早くもってきてくれたら、僕が無限リバーシ地獄に落ちることもなかったんじゃないか……?
そうしたら、ジェレッドパパを道連れにすることもなく、僕等がリバーシを嫌いになることもなかったんじゃないか……?
…………。
いや、さすがにそれは言いがかりだ。そんなのはただの八つ当たり、八つ当たりだ……。
いやしかし……。だけど、だけど……。
「ぐぬぬぬ…………」
「あ、その……現状はたった二人で製作していると伺いました。そうであるなら、どうしても数を揃えるのは難しいと思われますので……。決してお二方の製品に問題があるというわけではないのです」
『これからは工房で作る』の言葉を聞き、うめき声を上げた始めた僕。レリーナパパはそんな僕を見て、『今まで作ってきたというプライドを傷つけたのでは?』なんて考えたようだ。
そんなプライドはない、安心してほしい。
「できることなら、全てお二人に製作していただきたいくらいです」
できるわけがない、死んでしまう。
「いえ、プロの工房で作ってくれるなら願ってもないことです。そもそもジェレッドパパさんはまだしも、僕が作った物は品質的に手放しで褒められるような代物じゃないでしょうし」
「……確かに彼ほどの技術をもった職人は、工房にもいないと思われます。ですがアレクシスさんのリバーシは、下手したら彼の物より『商品』として優れているかもしれませんよ?」
「そうなんですか?」
「はい。製品自体の完成度としては若干劣る物かもしれませんが――アレクシスさんは発明者です。貴方が作ったリバーシは、『オリジナル』や『元祖』といった意味合いをもつ商品になるのですよ。いわゆる付加価値というものですね。ならば、売れます」
「はー……なるほど」
コレクターズアイテム的な売り方ができるのか。
僕のサインでも付けたらもっと高値で売れるかな? まぁ本当は発明者じゃないから、それはちょっと気が咎めるけど。
「それで、アレクシスさんに支払われるロイヤリティーですが、売上に対して――」
「あぁ、そういった金銭的な交渉は父とお願いできますか?」
僕はこの世界の経済がよくわからないから。
それに、僕はリバーシで儲けようとはしていない。これで大きな財産を築いてしまったら、なんだか僕はダメになってしまう気がする。下手したらリバーシの稼ぎで余生を過ごそうとしそうだ……。
仮に僕が千歳まで生きるとしたら、残り九百九十三年。余生というにはあまりにも長いその年月を、ぼんやり細々と生きるのはさすがに……。
というわけで、僕はリバーシがどのくらいの収入になるかは知らないでおこうと思う。契約交渉は父に押し付けよう。
「僕としては、他でリバーシを売ることに問題はありません。父との交渉がまとまり次第、レリーナパパさんにお任せしようと思います」
「そうですか……わかりました、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
僕とレリーナパパは立ち上がり、がっちりと握手を交わした。
「じゃあ父、後はよろしく」
「あぁ、うん。なんだか丸投げにされた気がするけど……確かにアレクにやらせるようなことでもないのかな。けど、よかったよ。リバーシを作っているときのアレクは、ずいぶんとつらそうだったから」
「そうね、これでアレクは母の人形作りに専念できるわね」
専念はしない。
ぼーっと事の成り行きを見ていた母がようやく口を開いたと思ったら、いきなり何を……。
そういえば、僕がリバーシを作っているのは母も不満そうだった。ノイローゼ気味だった僕を心配していたのかと思ったが……まさか『そんなものより母を作れ』なんて考えていたわけじゃないよね……?
「人形作りですか……。確かアレクシスさんは他にもいろいろ作られたとか。よろしければ見せてもらうことは可能ですか?」
「え? それは別に構いませんが……」
リバーシ以外は本当に子どもの玩具なんだけど、いいのかな?
◇
「これは……」
部屋の扉を開けた瞬間、レリーナパパが絶句した。
うっかりしていたな……。そりゃあドン引きだろう。
さて、レリーナパパが気になったのは、八体の『母人形』と『セルジャン落とし』のどっちかな?
「ずいぶんありますが……これはミリアムさんですか?」
「えぇまぁ……。母の人形を一体作ったら気に入ったようで、本人がもっと作れと……」
「そうですか……」
「正直、処分に困っています」
「そうですか……」
レリーナパパが持っていってくれないかな? 結構いい出来だから売れるんじゃない?
「それで……。こ、こちらはなんでしょう?」
「それは……『セルジャン落とし』ですね」
「…………」
レリーナパパが僕に畏怖の目を向ける。
まずいな、このままだと娘に『レリーナ、もうアレクシスさんと遊んではいけないよ?』なんて言い出しかねない。レリーナちゃんは数少ない友だちなんだ、なんとかフォローしよう。
「まぁ別になんてことのない、ただの玩具ですよ」
「玩具……ですか?」
「ええ、こうやって父の胴を弾き飛ばしていって……最終的に父を首だけにする玩具です」
「…………」
レリーナパパが僕に明確な恐怖の目を向ける。
まずいな、フォローに失敗したようだ。もう少し上手い説明はできなかったのだろうか。
「なんというか……私のような凡人にはできない発想ですね」
『天才と狂気は紙一重』みたいな印象を抱いたのだろうか? とりあえずもうちょっと平和な玩具を見せて、僕が人畜無害な存在だと印象付けよう。けん玉とか良さそう。
その後、いくつか僕の『木工』シリーズを紹介すると、レリーナパパは興味深そうに見物してから、「リバーシの後で、もしかしたら商品化の相談に伺うかもしれません」と言った。
まぁ僕が作らなくていいなら、なんでも構わんよ? 父と交渉して、勝手に売ってくれ。
あ、けど『セルジャン落とし』が商品化されたらどうしよう……。
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