第344話 世界樹のギター
去年僕は初めて世界旅行に出発して――結果的に、去年だけで合計四回の世界旅行を終えた。
……まぁ、二勝二敗かな。
たぶん二勝二敗だろう。第二回と第四回は、成功した部類の世界旅行だったと思う。
「ふと振り返ると、去年はいろいろありましたねぇ」
「む?」
「世界旅行四回もそうですが、『召喚』スキルを手に入れたのも去年のことなんですよね」
ずいぶん昔のことのように感じるが、チートルーレットで『召喚』スキルを取得したのも去年の出来事だ。
そして『召喚』スキルで初めてヘズラト君を召喚したのも、当然ながら去年の出来事。
……あぁ、いや、ユグドラシルさんの前だから『モモちゃん』か。
「大ネズミのモモちゃんが誕生したのも去年ですし、ミコトさんがこの世界に降臨したのも去年だったりします」
「そういえば、まだ一年も経っていなかったか。もうずいぶんと二人とも村に馴染んでいる気がするが」
「そうですねぇ」
ありがたいことである。ミコトさんはさておき、モモちゃんは一応モンスターだからな。
そりゃあ野生の大ネズミとは違い、綺麗でふかふかしていて服を着ているモモちゃんではあるが、一応はモンスター。
そんなモモちゃんが普通に受け入れられていることに、村のみんなには感謝しなければいけないだろう。
というわけで――『召喚』スキルを取得して、モモちゃんを召喚して、そのモモちゃんに騎乗して、ジスレアさんと四回の世界旅行。
うん。去年はいろいろあった。本当にいろいろあった。
「激動の一年でしたね」
「そこまでか……?」
「僕的にはそこまでの一年でした」
そんな感じで、なんとなく去年を振り返っていた僕だが……まぁどうせ振り返るなら、去年のうちにやっておけって話な気もする。新年早々やることでもないな。
「さておき、この枝はどうしたものでしょう」
新たに貰った世界樹の枝。はてさて、これで一体何を作ったものか。
「うむ。まぁ好きに使うがよい」
「五本目の使い道も未だ思案中なのですが……」
今回貰ったのが、通算六本目となる世界樹の枝。
五本目の枝がまだ手つかずの状態だというのに、もう六本目が追加とは……。
「ん、そういえば四本目のあれは完成したのか?」
「あぁ、あれですか。はい、どうにか無事に」
僕はこれまで、世界樹の枝でいろいろな物を作ってきた。
一本目の枝で剣を。二本目の枝で弓を。三本目の枝で槌を。
そして、四本目の枝で作ったのが――
「世界樹のギター。無事に完成しました」
今回作ったのはギター。世界樹のギターである。
剣、弓、槌ときて、ギターなのである。我ながら、かなり大胆な方向転換であったと認識している。
なんというか、世界樹の枝でギターを作ったらどうなるかが、どうしても気になって、ついつい作ってしまったのだ。
「ふむ。そうか、完成したのか」
「はい。旅の間、暇なときにちょこちょこ製作を続けて、村に戻ってくる少し前に完成しました」
「うむうむ。今あるか?」
「あ、見ますか? じゃあ少し待っていてください」
「うむ。……うん?」
出来自体はかなり良いものだと思うんだ。僕としても、是非見てもらいたい。
そんなわけで僕はユグドラシルさんに断ってから――自分の部屋を出ていった。
◇
「お待たせしました。これが世界樹のギターです」
「別のところへ置いていたのか?」
「はい、母の部屋に」
「ミリアム? ん? もしかしてプレゼントにでもしたのか?」
「いえ、別にそういうわけでも――いや、そういうわけなんですかね?」
「何を言っておるのじゃ……?」
別にプレゼントしたわけでもないんだけど……でもまぁ、もはやプレゼントしたようなものなのだろうか。
「えぇと、旅から帰ってきて、母にも世界樹のギターを見せたんですよね」
「ふむ」
「そうしたら、自分も弾いてみたいと母に言われまして……それからずっと母の部屋に」
「…………」
というわけで、普通に借りパクである。
借りパクではあるが、楽しそうにギターを爪弾いている母を見ると、あんまり怒る気にもならない。
むしろ母がこんなにも喜んでくれたことで、作ってよかったとすら感じてしまう僕もいるわけで……。
そんな話をナナさんにしたところ、『マスターには度し難い貢ぎ癖があり、その上マザコン気質なので、仕方ないです』との言葉を頂戴した。なんて言い様だ。
「母も大事にギターを使ってくれているようですし、別にいいかなって……」
「まぁお主がいいのなら、わしがとやかく言うことではないが……」
「やっぱりギターの演奏は母の方が断然上手いですし、そもそもギターの演奏方法を確立したのも母で、母がいなければ世界樹のギターを作ることもなかったわけで……」
そんなギターの始祖様である母なのだから、むしろ母に良いギターを使ってもらった方が、これからのギター界にプラスとなるはずだ。
そういう事情もあって、僕は母に世界樹のギターを使ってもらっている。
……そういうちゃんとした事情もあるんだ。別に僕がマザコン気質だからとか、そういうことじゃないんだ。
「さておき、とりあえずこれがそのギターです」
「ふむ。世界樹のギターか」
「このギターはとても良いギターだと母も言っていました。さすが世界樹製です」
「当然じゃ」
ドヤ顔のユグドラシルさん。ユグドヤシルさん。
「どれ、ひとつ曲でも披露してくれんか?」
「ええはい。もちろん構いません」
やっぱりそういう流れになるよね。
じゃあ弾いてみようか。そりゃあ母ほどの技術はないけれど、僕だってそれなりに長いことギターを続けている。
世界樹のギターがあれば、ユグドラシルさんにもそこそこ満足してもらえる演奏になるんじゃないかな?
さてさて、問題はなんの曲を演奏しようかってことなんだけど……。
まぁここは奇をてらう場面でもないだろうし、普通にエルフ族の伝統的な曲――定番エルフソングでも奏でてみようか。
「では、いきます」
「うむ。頼む」
僕はギターを構え、好きなエルフソングを弾こうと弦に指を――
「あ、そうだ」
「うん?」
「ちょっとしたゲームをしませんか?」
「ゲーム?」
ちょいと思い付いたことがある。せっかくなのでやってみよう。
「まず、これが世界樹のギターですよね」
僕は構えていた世界樹のギターを、テーブルの上に置いた。
「それで――こっちが普通のギターです」
続いて、元々部屋にあった自分のギターも持ってきて、世界樹のギターの隣に置く。
「これから二つのギターで同じ曲を弾くので、どっちが世界樹のギターで弾いたものかを、ユグドラシルさんに当ててもらいたいんです」
「それは、音を聴いただけで当てるということか……?」
「そうですそうです」
そんなゲームを提案してみた。
良いギターと普通のギター。二つのギターがあって、弾く人も聴く人もいる。であるならば、もうやるしかないだろう。
「年が明けたばかりですからね。この時期にピッタリのゲームです」
「時期?」
「一流女神様のユグドラシルさんならば、きっと当てられるはずです」
「一流女神……?」
「というわけで、やってみましょう」
「……うむ。よくわからんが、わしは一流なので当てられると思う」
なんだかユグドラシルさんも乗り気だ。
まぁ別に、これでユグドラシルさんが格付けされることもないのだけど、試しにやってみようじゃないか。
「目を閉じておけばよいのじゃな?」
「そうですね。……いえ、一応ちゃんと目隠ししましょうか」
「うん? わざわざ隠すのか?」
「はい。そりゃあユグドラシルさんが不正をするとは思えませんが、こういうのはしっかり舞台を整えた方が、何かと面白くなるものですよ」
たぶんそんなもんだ。なぁなぁで、だらだらっと始めるよりも、きっちり準備してから始めた方が、きっと盛り上がるはず。
「では、えぇと……これでいいですかね?」
「うむ。目を隠せばよいのじゃな?」
「お願いします」
部屋の棚やらマジックバッグやらをあさったところ、長めのタオルを発見した。
僕がユグドラシルさんにタオルを渡すと、ユグドラシルさんは目の位置にタオルがくるよう、頭にタオルを結んだ。
「これでよいか?」
「はい」
これで――――よくないね。
なんかよくない気がする! なんかダメな気がする!
なんか僕の部屋に、目隠しされた幼女がいる!
いや、うん、今まさに僕が目隠しをお願いしてこうなったんだけど、これはいろいろとダメな気がするぞ!
「ではアレク、始めてくれ」
「あわわわわ……」
「アレク? どうかしたか?」
「…………あ、いえ。始めましょう。すぐ始めましょう。誰かに見られる前に、一刻も早く始めましょう」
「うん?」
――その後、僕はどうにか平静を装い、二つのギターで同じ曲を二度演奏した。
そしてユグドラシルさんは、むーむー唸りながらとんでもない長考に沈んだ後、どちらが世界樹のギターだったかを、見事的中させた。
ユグドラシルさんは結構な喜びようで、『まぁわし一流じゃから。一流女神じゃから』『音に深みがあるのじゃ。すぐにわかった』などと言っていた。ユグドヤシルさんである。
そうしてユグドラシルさんは喜んでいるし――僕も喜んだ。
むーむー言っている目隠しされた幼女が部屋にいる状況を、誰かに見られなかったことを、僕も喜んだ。
だからまぁ、やって良かったんだと思う。良い催しだった。
なんかそんな感じの、新年のひとときであった。
next chapter:木工シリーズ第七十四弾『仮面』
これにてアレク君(16歳)の冒険は終了です。
「去年はいろいろあったねぇアレク君……。今年はどんな一年になるかなぁ」
――そう思われた方は、是非とも↓の評価をお願いします。
アレク君が、今年もなんだかゆるゆるとした一年を過ごします!




