第340話 ダブルコーク1080
5-3エリアでの戦闘中、僕は大怪我を負った。
――戦闘中の大怪我である。あくまで戦闘中の大怪我なのである。
そんなわけで、とりあえず僕達は5-4エリアにて休息を取っていた。
「足の具合はどうですかマスター?」
「うん。もうすっかり大丈夫っぽい」
「そうですか。薬草を分けてもらえてよかったですね」
「そうだねぇ」
戦闘中に大怪我を負った僕は、ちょうど通りがかった救助ゴーレム君に助けを求めた。
薬草を分けてくれるようお願いしたのだけど――残念ながら最初は断られてしまった。
高度な判断能力を有するゴーレム君は、対象が瀕死状態だと薬草を分け与えてくれるが、瀕死でないなら薬草は分けてもらえない。
どうやらゴーレム君は、僕がまだまだ元気だと判断したらしい。『その程度なら死なない。大事な薬草を渡すわけにはいかない』――そんな判断を下したらしい。
というわけでゴーレム君は、僕に薬草をくれなかった。全治八週間だろうが、相手がダンジョンマスターだろうが、ダメなものはダメなのだ。
そんなふうに、ある意味とても真面目で、任務に忠実なゴーレム君だった。
……でもまぁ、僕が一生懸命駄々をこねてお願いしたら、頭の薬草を半分だけ分けてもらえた。
そんなふうに、ある程度の柔軟さもあり、優しさや思いやりの心をもつゴーレム君なのである。
そうして僕はゴーレム君に感謝してから、薬草をもしゃもしゃと食べ、水で流し込んだ。
「食べたらあっという間に治ったね」
「救助ゴーレムの薬草は、かなり質の高い物だったりするので」
「あぁそうなんだ、高級薬草だったんだ」
なるほど。通りで怪我もすぐ直ったし、味も良かったわけだ。
さすがに美味しいってほどではなかったけど、苦もなく咀嚼できて、飲み込むことができた。
「じわじわと治っていく過程で、妙な気持ちよさを感じたんだけど、それも高級薬草だったからかな?」
「そんな効果はないので、それはマスターの性癖かと思われます」
「…………」
……余計なことを言ってしまった。
いやでも、同意してくれる人もいると思うんだけどな……。なんかじんわり心地よかったんだよ……。
「そういえば、ヘズラト君の回復薬も良いやつなんだよね?」
「キー」
「ふんふん。やっぱり結構お高い物なんだねぇ」
「キー」
「うん。もちろんヘズラト君の好きに使っていいんだけど、前から言っているように、もっと自分のために使っていいんだからね?」
「キー」
僕は毎月ヘズラト君にお小遣いをあげているのだが、ヘズラト君はそのお金を使って、高級な回復薬を買っているとのことだ。
なんだか僕のために回復薬を揃えている節が見え隠れするので、『もっと自分のために自由に使っていいんだよ? ミコトさんみたいに』と、お小遣いをあげるときには伝えるようにしている。
そう伝えるようになってからは、ちょくちょく自分の服を新調したりしているヘズラト君。
『ヘズラト君式洗濯術』のお陰でヘズラト君の着ている服はいつも綺麗なのだけど、ほつれたり傷んだりは直らない。時々は新調が必要なのだ。
そのときの衣装を、ヘズラト君は自分で買うことにしたらしい。
そんなわけでふと気が付くと、いつの間にか新しい衣装を身にまとったヘズラト君がおもむろに現れたりもする。
「さて、マスターの傷も癒えたところで、いよいよこれから6-1エリアに向かうわけですが」
「あ、うん。6-1エリアの視察だね」
なんやかんや大変な思いをしている今回のダンジョン探索だが、実はとある目的のためにやって来たのだ。
それが――6-1雪エリアの視察である。
「なんかだいぶ変わったって話だけど?」
「どうでしょうね……。そこまで手を加えたわけではないのですが、妙な進化を遂げたというか……」
「ふーん?」
「まぁ実際に見てもらった方が早いかと」
ふむ。じゃあとりあえず行ってみようか。
もうすぐそこだ。このエリアを抜ければ、すぐそこが6-1雪エリア。
このエリアを抜けると、そこは雪国なのである。
◇
「雪だねぇ」
「ええまぁ、雪です」
相変わらず、雪が降り積もっている6-1エリア。
「旅に出発したときもシーズン中だったけど、まさか旅から帰ってきてもシーズンが終わっていないとは……」
秋から春にかけて、このエリアには雪が積もる。
だいぶ長めに設定されている雪シーズンではあるけれど、予定通り二年間旅をしていたのなら、シーズンも二回は終わっていたはずなのに……。
「まぁ、正直この雪が溶ける前に戻ってくるだろうと私は予想していましたが」
「…………」
……うん。何も言うまい。
これまでの旅がそうだったのだから、ナナさんがそう予想するのも仕方がない。
「さて、それで…………うん?」
「どうかされましたか?」
「ねぇナナさん、あれって……」
「気が付かれましたかマスター」
「それは気付くでしょ……」
この雪エリアは、巨大な坂と平らな大地のみという非常にシンプルな構成となっている。
あるいはそれ自体は二ヶ月前と変わっていないのだけど、二ヶ月ぶりに見たこのエリアの坂には、何やら変化が現れていた。
「あれは……ジャンプ台?」
「ジャンプ台ですね」
斜面の途中にジャンプ台ができている。ジャンプ台の形に雪が成形されている。
「正確には、キッカーと言います」
「キッカー?」
「キッカーです」
キッカーらしい。……いや、つまりはジャンプ台でしょ?
「とりあえず近付きましょうか」
「あ、うん。そうしよう」
というわけで、三人でキッカーとやらへ近付いていくが――
……ふむ。近くで見ると斜面も急だし、キッカーもそこそこ大きい。
結構なスピードで滑り降りて、結構な勢いで飛び出しそうだな……。
「おっと、見てくださいマスター」
「あぁ、これから飛ぶのかな……」
キッカーが設置されている地点のさらに上方に、スキー板を装着した男性エルフの姿が見える。
飛ぶのか。これから飛ぶつもりなのか……。
なんだかハラハラしながら僕が見守っていると、彼は勢いよく滑り出し――
「え、なんか後ろ向いたけど?」
「スイッチですね」
「スイッチ……?」
何故か後ろ向きで斜面を滑り降りてきたスキーエルフ。よくわからないけど、スイッチというらしい。
そしてスイッチのまま、スキーエルフはキッカーから――
「お、おおぉぉぉ……」
「おー」
想像していたのより、数段すごかった……。
スキーエルフは、後ろ向きのままキッカーから飛び出して、くるんくるん回って、後ろ向きで着地して、そのまま滑り降りていった……。
なんかもういろいろすごい。いろいろ怖くないのだろうか……。
「スイッチのライトサイドコーク1080ですね」
「……え?」
え、何? それはなんの呪文?
「スイッチが後ろ向き。ライトサイドは右回り。コークは縦回転。1080は回転した角度の合計です。縦一回転、横二回転で1080度」
「はぁ……」
「あぁ、それとグラブもしっかり入っていました。テールグラブ。スキー板のかかと側を掴むグラブです」
「そうなんですか……」
思わず敬語になってしまった……。
謎でしかないナナさんの解説……だけど、微妙に聞き覚えがあるフレーズっぽい気もする。やっぱり僕が前世で知った知識なのだろうか?
「あ、マスター、次の人が来ますよ?」
「おお、矢継ぎ早に――ん? あれは確かルクミーヌの人だね」
「あぁ、そうでしたか」
「ルクミーヌ村で、野菜とか果物を売っているお店の娘さん――――何?」
「いえ、別に」
見覚えのある人だったので軽く紹介してみたところ、ナナさんから訝しげな視線を向けられてしまった。なんだというのだ。
「それよりナナさん、始まるみたいだよ」
「ええはい」
ちょっと視線が痛かったので、ナナさんには視線の先を変えてもらった。
フルーツ店の娘さんの競技が始まるようなので、そちらを見よう。
そうして僕達が競技を見ながら応援していると――フルーツ店の娘さんは腰を落とし、スピードを増しながら雪面を滑り降りていった。
「あのスピードは、見ているだけで怖いなぁ……」
「結構な傾斜ですからね」
「スピードに乗って――さぁジャンプだ」
勢いよくキッカーに進入したフルーツ店の娘さんは、勢いよくキッカーから飛び出して、勢いよく回転を始めた。
「お、今度はダブルですね。ダブルコークです」
「縦に二回転ってこと?」
「そうです縦に――あ」
「あ」
すべての動作に勢いがあったフルーツ店の娘さん。着地にも勢いがあった。
勢いよく――着地に失敗した。
「頭から落ちましたね」
「あわわわわ」
頭から! 頭からまともに行った!
「おそらくダブルコーク1080を狙ったのでしょうが、残念ながら頭から落ちたので、ダブルコークではなく1.5コークに――」
「ていうかていうか、大丈夫なの!? あれは大丈夫なの!?」
悠長に話している場合なの!? 衝撃映像だったよ!?
「落ち着いてくださいマスター。八百屋の娘さんは無事です」
「え? あ、ほんとだ……」
普通に死にかねない落ち方だと思ったけど、平然としている。
技を失敗したからか、少し恥ずかしそうにしているだけだ。
「ご覧の通りみなさん強いので、多少の失敗は問題ないようです」
「多少ってレベルじゃなかったでしょ……」
怖い競技だわ……。
軽くトラウマになりそうだ。それくらい見ていて怖かった。
――でもまぁ、失敗して照れているフルーツ店の娘さんの姿には、なんだか少しほっこりするね。
「…………」
「……何?」
「いえ、別に」
next chapter:バックダブルフルフルダブルフル




