第337話 ラブコメ回7
「エルフの至宝なぁ……」
今日のパン配りが終わり、てくてくと自宅への道を進んでいる中で、僕はポツリとつぶやいた。
『エルフの至宝』――いつの間にか取得していた、僕の新たな称号。
『剣聖と賢者の息子』、『ダンジョンマスター』に続き、三つ目の称号だ。
「なんかルビとか振りたくなる称号だよね」
エルフの至宝だから……エルフズ? エルフズトレジャー?
至宝なんていうほどだし……グレートかな? エルフズグレートトレジャー。
「エルフの至宝」
ふむ。なんとなく口に出してみたけど……。
「あんま格好良くないな……」
もうちょっとひねった単語をチョイスした方がいいかもしれない。『グレートトレジャー』の辺りが、そこはかとなくダサい。
……まぁ勝手に自己流のルビを振ったところで、なんの意味もないのだけど。
といった感じで、相変わらず益体もないことばかり考えながら歩き続け、僕は自宅に帰ってきた。
「ただいまー」
玄関を抜け、ひとまず台所へ向かい、いつものように手洗いうがいをした後、僕は自分の部屋に入ろうと――
「おかえりー」
「ただ……え?」
「おかえり」
「あ、うん。ただいまディアナちゃん」
目の前にディアナちゃんが現れた。
いや、現れたのはいいんだけど――
「ナナさんの部屋にいたの?」
「うん。アレクいなかったから暇つぶしに」
「そうなんだ」
自室へ入ろうとしたところで、二つ隣のナナさんの部屋からディアナちゃんがひょっこり現れたのだ。
ナナさんとディアナちゃんが二人で暇つぶしか……。
何をしていたか、ちょっぴり気になったりしないでもない。
「入んないの?」
「あ、うん」
ディアナちゃんが僕よりも先に僕の部屋へ入っていってしまったので、僕も後を追うように入室する。
「とりあえず荷物下ろして座ろう?」
「うん」
ディアナちゃんの言葉に従い、荷物を下ろしてから椅子に座って一息つく。
……いや、ここは僕の部屋だよディアナちゃん?
「あ、というか、ただいまディアナちゃん」
「ん? さっき聞いたけど?」
「よくよく考えると、旅から帰ってきて、まだディアナちゃんには挨拶をしていなかったから」
「あー、それなー」
第四回世界旅行から帰って三日ほど経ったが、まだルクミーヌ村へは行っていなかった。
そんなわけで、ディアナちゃんと会うのも久しぶりのことだったりする。
「そもそも、なんでうちに来ないの?」
「え? あ、いや、もちろん僕も久しぶりにルクミーヌ村へは行きたかったし、ディアナちゃんとも会いたかったんだけどね?」
「じゃあなんでさ」
「えっと、パンが……。メイユ村のみんなにパンを配ってからと思ったから……」
まずはメイユ村でパンを配って、ルクミーヌ村はその後でと思っていたんだ。
「パン……?」
「カークパン」
「カークパンって……あれでしょ? なんの変哲もない普通のパンなんでしょ?」
「あれ? なんで知って……ナナさん?」
もしやナナさんか? ナナさんがカークパンの秘密をディアナちゃんにバラしてしまったのか?
「ナナが言ってた。ただのパンを、さもありがたい物であるかのように村人を騙しながら配ってるって」
「言葉悪すぎでしょナナさん……」
もはや詐欺師扱いじゃないか。そこまで悪いことをしているわけではないだろうに。
「別にそれはいいんだけどさー。それでもまずアタシからじゃない? まずアタシに配ればいいじゃん」
戻ってきたのなら、まずは自分に挨拶してパンを上納しろとおっしゃる……。
「そうは言っても、いきなりルクミーヌ村から始めるのは少し変じゃない……?」
「そうかな……」
「そこで変に順番とか考え出すと、ちょっと面倒なことにならないかな……? 知り合いに順位付けするみたくなっちゃう」
「んー……」
僕の考えすぎかもしれないけど、とりあえず近いところから順番に配った方がいいのかなーって、そんなふうに思ったりしたもので。
「それにしたって、アレクが帰ってきてからもう三日目なんでしょ? どれだけパン配りに時間掛けてるのよ」
「いやでも、やっぱり村のみんなと会うのも久々だから、会うとそれなりに話が……。なんというか、僕にも付き合いというものがあって……」
「何、付き合いって? パンのことは抜きにしても、とりあえずアタシに会いに来るべきじゃないの? そんなにパン配りが大事なの?」
「い、いや、そんなことはないけど……」
ほったらかしにされていたディアナちゃんが、ちょっとおかんむりだ……。
というか、なんだこのプチ夫婦喧嘩みたいの……。『仕事と私、どっちが大事なの?』とでも聞かれそうな勢いだ……。
まぁこの場合だと『パン配りと私、どっちが大事なの?』ってことになるわけで、パン配りは別に大事でもなんでもないのだけど……。
「聞いてるアレク? 二ヶ月ぶりなんだよ?」
「あ、うん。そうだよね、二ヶ月ぶり」
「……そもそもなんで二ヶ月なの? もちろん早く帰ってきて悪いことはないけど、アタシが『二年しか待たないからね』って毎回伝えているのに、二ヶ月とか二日で帰ってこられたら、なんかアタシが馬鹿みたいじゃん……」
「いや、それは……」
別にそんな馬鹿みたいだなんて思わないけど……。
ただ僕としては、むしろその台詞が二年間旅が続かないことのフラグになっていやしないかって、実はこっそり疑っている部分も……。
「その、ごめんねディアナちゃん」
「んー……」
「もっと早くディアナちゃんに会いに行けばよかった。ごめんね?」
「……うん。私もちょっと言い過ぎた。ごめんアレク」
「ううん、そんなことないよディアナちゃん」
ちょっと落ち着いたのか、しっかり謝罪したら、ディアナちゃんの方からも謝り返してくれた。
「じゃあディアナちゃん、とりあえずディアナちゃんにもカークパンを……」
「…………」
おずおずと僕がディアナちゃんにカークパンを差し出したところ、ディアナちゃんは相当微妙な顔をしている。
……さては、ここでパンを配ったのは失敗だったな?
そんなことを悟った僕だったけど、それでもディアナちゃんはカークパンを受け取ってくれた。
「……まぁいいや、おかえりアレク」
「うん。ただいまディアナちゃん」
ポスっと僕の肩にパンチしながら『おかえり』と言ってくれたディアナちゃんに、僕は本日三回目となる『ただいま』を返した。
というわけで、どうにか仲直りできたようだ。よかったよかった。
いやはや、なんだか軽く修羅場っぽくなってしまった。修羅場っぽいような、ラブコメっぽいような、そんなディアナちゃんとの再会シーンであった。
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