第332話 エルフの至宝
詰所に連行された僕は椅子に座らされ、門番さんから事情聴取を受けていた。
「アレクシス、十六歳」
「はい」
「木工師」
「はい」
門番さん――ケイトさんという名前らしい。
ケイトさんは僕の鑑定結果をメモした紙を眺めながら、改めて確認を取ってきた。
「鑑定でも出た通り、僕は木工師です」
「そうね」
「木工師……。いえ、将来的に剣とか魔法とかを使う戦士になることも、まだまだ諦めたわけではないのですが……」
今のところは木工師だし、将来的にもやっぱり木工師になってしまいそうな予感はするが、一応そういった未来も諦めたわけではないんだ。
「……なんの話?」
「あ、失礼しました」
なんかいきなり将来について語ってしまった。
違うんだ。僕は別にこんなところで唐突に人生相談をしたかったわけではないんだ。
「とにかく鑑定でも木工師と出たわけで、何らかの犯罪行為を行った過去もありません。僕は悪いエルフじゃないんです」
「確かにそうみたいだけど……。その姿からは、これから犯罪行為を行おうと企んでいるようにしか見えないわ」
「むぅ……」
やはりそんなふうに見えてしまうらしい。そんな疑いを掛けられて、僕はここまで連行されてしまったようだ。
「それで、その覆面はなんなの?」
「あ、えっと、そうですね。この覆面はですね、その……」
「ん?」
「えぇと……」
「言えないの?」
言いづらい……。
ジスレアさんとの話し合いで、今回は正直に事情を説明することになっていたのだが、自分から『僕がイケメンすぎるので』とは、さすがに言いづらい。
そんなわけで、僕がまごまごしていると――
「その覆面は、私が作った」
隣にいるジスレアさんが、言葉をつないでくれた。
僕が連行されたとき、ジスレアさんも詰所に付いてきてくれたのだ。
「あなたが?」
「私が作った」
そしていつものように、どことなく自慢げに宣言するジスレアさん。
「あなたが彼の覆面を……。いえ、その前に聞いていいかしら、あなたは誰なの? 彼とどういう関係?」
「私? 私はアレクのパートナー」
「パートナー? そういう関係なの?」
「そう」
え?
……えっと、とりあえず現状ではそういう関係でもないのだけど。とりあえず、今はまだ。
まぁ『旅の同行者』って意味では、『パートナー』と呼んでも差し支えないだろうか? ジスレアさんも、そういう意味で答えたのだと思う。
ただ、ケイトさんには勘違いされている気もするが……。
「……彼はまだ十六歳みたいだけど?」
「若いからすごい」
「…………」
いったいなんの話をしているんだジスレアさん!
解釈次第では、かなりアレなことを言っているように聞こえるぞジスレアさん!
「ちょっと待ってくださいジスレアさん。つまりそれは、えぇと、えぇと……『若いエルフなのに、エルフ界から出ることを許可されているからすごい』って意味ですか?」
「そう」
一生懸命言葉の意味を推しはかり、導き出した結論をジスレアさんに確認してみたところ、一応はそれであっていたらしい。……言葉が足りなすぎるよジスレアさん。
「えっと、そういうことらしいです」
「そうなの……」
ぽつりとつぶやいて、自分の髪をてしてしと撫でるケイトさん。
自分の勘違いに気付いたのか、少し照れている。
「少し話がそれてしまったわね」
「そうですね……」
昔から、話を脱線させることには定評があった僕だけど、今回はジスレアさんだ。なんだかんだでジスレアさんも脱線が多い気がする。
さておき、とりあえず誤解も解けて一安心。ジスレアさんも児童ポルノ禁止法で裁かれる心配もなくなって、一安心だ。
「それで結局、あなたは何故彼に覆面をかぶせたの?」
「アレクは――非常に顔が整っている」
「んん? 顔?」
「すごく美形」
「美形だから、覆面を……?」
事前の打ち合わせ通り、ジスレアさんは正直に事情を説明した。
……正直に話した事実なのだけど、傍から聞くと、首を捻らずにはいられない事情だ。
「エルフだし、顔が良いのはそうなのだろうけど……」
「隠さなければいけないくらい美形」
「そこまでの……? でも、何故かしら? 話をした感じだと、なんとなくそんな印象をもてないわね」
……ナナさんからも、そんなことを言われたな。
美の破壊者だっけ? 口を開くと残念だとか言われた気がする。現状では顔を隠して口しか開いていないのだから、残念要素しかないわけだ。
「アレクは本当に美形。エルフの中でも特に美形」
「そうなの?」
「『エルフの至宝』とまで呼ばれている」
「エルフの至宝?」
エルフの至宝……?
……いや、言われたことないけど?
え、何? それは何? ……ジスレアさんが考えた二つ名?
もしかして、この検問を突破するため、僕を持ち上げるキャッチコピー的な感じで考えてくれたのだろうか?
それにしたってエルフの至宝とは、大袈裟すぎる二つ名な気もするけど……。
「それはまた、結構なあだ名ね……」
「そのくらいの美形」
「至宝と呼ばれるほどの……」
ジスレアさんの持ち上げっぷりを聞き、覆面の中身を探ろうと僕に視線を寄越すケイトさん。
じっと見られて、少し照れる。
「というか、さっきから気になっていたのだけど――あなたはいったいどこを見ているの?」
「へ?」
「微妙に視線が合わない気がするのだけど」
「あっ……」
いや、えっと、一応顔だとは思う。ケイトさんの顔を見て話をしていると思う。
ただまぁ、なんというか……。
「アレクは耳を見ている」
「耳?」
「獣人族が珍しいのか、出会うとずっと耳を見ている」
「耳を……」
ジスレアさんの言葉を聞いたケイトさんの獣耳が、ピコピコと動いている。
そしてやはり、その耳に惹きつけられてしまう僕。
ジスレアさんの言う通り、僕が見ていたのは――獣人族であるケイトさんの獣耳だ。
だって気になるじゃないか。そんなのどうやったって見ちゃうじゃないか……。
頭頂部で、ピンと立っている獣耳。どうにも魅了されてしまう。なんとなく犬耳っぽい感じがするから、ケイトさんは犬人族なのかな。
うん。まぁそんなことよりもだね……どうやら前々から、ジスレアさんは気付いていたらしい。
僕が獣人族の獣耳に魅了され、こっそり見ていたことに、しっかり気付いていたらしい……。
正直動揺を隠せない。まさかバレていたとは……。
もしかしたらいつも隣で、『こいつずっと耳見てんな』って思われていたのかな……。
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