第329話 さようならカークおじさん。また二年後に逢う日まで
カーク村に到着した僕とジスレアさんは、そこで出会ったカークおじさんから温かい歓待を受け、村を案内してもらい、自宅に泊めてもらった。
そこで僕はカークおじさんに――
『それじゃあ次は、ラフトの町を目指して旅を続けます。ありがとうございましたカークおじさん』
そう感謝の言葉を伝えたのが、三日前のことだ。
――あれから三日。
僕とジスレアさんは――未だにカークおじさん宅にいた。
「なんだか居心地が良くて、つい居着いちゃいましたね……」
「うん」
なんだかんだで、ダラダラとズルズルと居着いてしまった。
カークおじさんは何も言わないが、もういい加減『こいつらいつまでいるんだ……』って顔で見られてもおかしくない。
「とはいえ、いざ出発するにしてもお返しは考えなきゃですよね」
「お返し?」
「これだけお世話になりましたから、それなりのお返しをしなければ」
村を案内してもらっただけでもありがたいのに、自宅にまで泊めてもらった。しかも三日も、しかも食事付きで。
いやはや、もういったいどれだけの恩が溜まってしまったのか。
「宿泊代と食事代は払っていたと思ったけど?」
「ええはい。それは毎日払っているのですが……」
カークおじさんは遠慮していたが、そこはしっかり受け取ってもらった。
相変わらず僕は――
『このお金は、宿泊代と食事代です。それだけです。それ以外の意味はないです。――別にカークおじさんに対して、特別な感情を抱いているとかじゃないです』
なんて台詞をついつい吐いてしまったが、とりあえずちゃんと受け取ってもらった。
なのでまぁ、ある程度の恩は返せていると思うが……果たしてそれだけでいいものか。
「やはりそれだけでは足りないかと思いまして……」
「それじゃあ……カークおじさんの人形でも作ってあげたらいいんじゃないかな」
「人形?」
「アレクといえば、とりあえず人形をプレゼントする人」
どんな人だそれは。……まぁ大体あってるけど。
「ですが、人形作りには時間がかかりますよ?」
「あぁそうか。……完成するまで泊まる?」
「カークおじさんへの恩が、さらに溜まっていっちゃいますよ……」
本末転倒である。やはりカークおじさん人形作りは却下だ。
そもそも僕は、男性の人形作りを戒律によって禁じている。
もしも作れたとしても、せいぜい『カークおじさん落とし』くらいだろう。
だけどおそらくだが、きっとカークおじさんは『カークおじさん落とし』を喜ばない。そんな気がする。
「どうしたもんですかね」
「うーん……」
といったふうに、二人で頭を悩ませていると――
「ただいまー」
「おや」
狩りに出掛けていたカークおじさんが帰ってきたようだ。
というか、家主が一生懸命働いているというのに、僕達が部屋でゴロゴロしているって状況は、どうなのかね……。
さておき、とりあえずお出迎えしようか。
僕は玄関に向かい、おじさんに対して――
「おかえりなさいカークおじさん」
「ああアレク、ただだだだだだ――」
おぉう。カークおじさんが面白いことになってしまった。
……そういえば、今は覆面を外していたっけか。
この三日間、ちょこちょこ外していたりもするのだけど、未だにカークおじさんは僕の素顔に慣れないらしい。
美人は三日で慣れるって話も聞くけど、まだダメなのか……。まだ三日分経っていないのかな……。
◇
今日はツノウサギが獲れたそうだ。
夕ごはんはツノウサギのシチューである。
「出発?」
「明日、出発します」
美味しいシチューをいただきながら、そのことをカークおじさんに伝えた。
「泊まった初日にも、そんなことを言っていなかったか……?」
「……今度は本当に出発します」
一応あのときも、本当にその予定だったんだ。翌日には出発しようと思っていた。
だけどその翌日に、ついつい布製品を扱うお店なんぞを案内してもらったもんで、それでなんだかズルズルと……。
「あ、そういえば完成しましたよ?」
「うん?」
「こちらです」
僕は自分のマジックバッグからある物を取り出し、カークおじさんに見えるよう広げた。
「それは……」
「ペナントです」
「…………」
本当は二年後に戻ってきてからでもよかったんだけど、布屋さんに案内してもらい、つい依頼してしまい、つい作ってしまった。
「アレクがそれを依頼していたのは隣で見ていたが……結局それはなんなんだ?」
「ペナントですが?」
「いや、そうじゃなくて……」
なんなのだと聞かれても困る。僕もよくわからない。
「とりあえずイメージ通りです。良い出来だと思います」
「そうか……」
細長い二等辺三角形のペナントで、白地に青色の縁。そして中央に大きく青色で『カーク村』と刺繍してもらった。
うん。どこからどう見ても『カーク村ペナント』である。良いね。
「まぁアレクが満足しているのなら構わないが……。それで、それを見せるためにマジックバッグを持ってきたのか?」
「あぁ、そういうわけでもないんです」
わざわざ食卓までマジックバッグを持参したのだけど、ペナントのことはついでである。これにはちょっと別の理由があるのだ。
「実はですね、カークおじさんにお礼をしたくて」
「お礼?」
「お世話になったお礼です」
「いや、それなら――」
「ええまぁ宿泊代と食事代は毎日払っていました。ですが、それだけでは足りないです。全然足りていないのですよ」
「俺はそれだけで十分だが……」
十分ではないのですよ。
それ以外に何かお礼ができないかと思って、部屋からマジックバッグごと持ってきたのだ。この中から、何か良い物を見繕ってプレゼントしようという考えである。
「さてさて、何がいいですかね」
僕はバッグに手を突っ込み、探りながら思案する。
あんまり奇抜な物は止めておいた方がいいよね。そこそこ一般的で、それでいて貰って嬉しい物があったらいいんだけど……。
「んー……。あ、この前話していた『魔法の杖』がありましたよ?」
「それって、ただの杖なんだろ……?」
残念ながらその通りだ。残念ながらただの杖でしかなかった。……まぁいらんか。
「それなら、えーっと……あ、櫛とかありますね」
「櫛?」
半円型の櫛が出てきた。なんかこれとか贈り物には良さげな雰囲気じゃない?
でもまぁ、カークおじさんへ贈るには少し微妙なプレゼントだろうか。それに、使い古しの櫛を贈るってのもちょっとねぇ。
「それは確か……」
「ん?」
「前にその櫛で、私の髪をとかしてもらったことがある」
あー。そういえばそんなこともあったな……。
そうか、この櫛はみんなの髪を回収するために作った櫛だったっけ。蘇生薬用の髪回収時に、櫛作戦で使った物だ。
「えっと、アレクがとかしたのか?」
「そう。アレクは好きな女性の髪をとかしたがる癖がある」
「…………」
それは誤解だというのにジスレアさん……。
というかジスレアさんは、どれだけ僕のアレな情報をカークおじさんにリークするのか。
「とりあえず櫛はなしで……。だとすると――」
「なぁアレク、俺は別に……」
「待ってくださいカークおじさん。何か他にも良い物があるはずです。少し待ってください。――お」
「ん?」
「少し面白い物を見つけました」
正直自分でも、なんでこんな物を旅に持参したのかはわからないが、見つけてしまったのでバッグから引っ張り出した。
「……なんだそれ?」
「筋肉柄のシャツです」
筋肉柄のトード皮を使って作製した、筋肉Tシャツである。
「あ、カークおじさんには少し小さいですかね。いかんせん細身の父用に作ったので、サイズが合わないかもしれません。でもピッタリ着る物なので、無理をすればどうにか――」
「……それを着るのはちょっと」
「いやいや、遠慮なさらずに」
「遠慮じゃなくて……。そもそも父親のために作ったんだろう? だったら父親にプレゼントした方が……」
「父は着てくれませんでした」
「そうか……」
誰も貰ってくれないし、着てくれないんだ。
せっかく作ったのだから、いい加減誰かが装着した状態を見てみたい。
というわけでカークおじさん――是非に。
◇
結局カークおじさんからも筋肉Tシャツを拒否されたその翌日、僕とジスレアさんは借りていた部屋を綺麗に掃除し、それからカークおじさん宅を出発した。
カークおじさんも見送りに来てくれるとのことで、三人で村の外れまでやってきた。
そして、村を囲う木の柵の手前辺りで――
「『召喚:大ネズミ』」
「キー」
「おまたせ、ヘズラト君」
「キー」
さっそくヘズラト君を召喚し、抱擁を交わす僕とヘズラト君。
「ほー。案外スッと召喚できるんだな」
「そうですね。このようにスッと召喚したり送還したりできます」
こうして無事に、カークおじさんにもヘズラト君の召喚シーンを披露することもできた。
これでもうカーク村でやり残したこともない。いよいよ出発だ。
「では、カークおじさん。今回は本当にお世話になりました」
「構わないさ。十分お礼はしてもらったしな。逆に申し訳ないくらいだ」
「いえいえ」
結局カークおじさんは魔法の杖も筋肉Tシャツも受け取ってもらえなかったので、他に何かないかと僕なりに一生懸命考えて、とあるものをプレゼントさせてもらった。
それが――現金だ。
それこそ拒まれて、逆に金額を値切ったりもされて、最終的にはいつもの宿泊代や食事代に多少色を付けた程度の額に落ち着いたが、どうにかお金を受け取ってもらった。
こうして無事に――金で解決である。
出発前にユグドラシルさんから、『そういうのはよくない』と軽くたしなめられたけど、この場合は仕方がないだろう。
感謝の気持ちを示すために僕ができることは、これしかなかった。金しかなかったのだ。というわけで、金で解決だ。
「では、出発します。本当にありがとうございましたカークおじさん」
「ああ、またなアレク」
挨拶を交わし、握手を交わす僕とカークおじさん。
「ありがとう、また」
「ああ、また」
「キー」
「またな、ヘズラト。……ヘズラトはふかふかしてるなぁ」
そしてカークおじさんはジスレアさんとも挨拶を交わし、ヘズラト君とは抱擁を交わしている。
さて、名残惜しいがそろそろ出発だ。
僕達は木の柵を超え、カークおじさんに手を振りながら、歩き出した。
「では、また二年後に」
「ああ、また二年後に」
次にこの村へ来るのは二年後だ。それまでさらば!
ありがとうカークおじさん。さようならカークおじさん。また二年後に逢う日まで――!
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