第326話 木マウント
「フォローをお願いします……」
「ああ……」
材木屋さんでもよくわからないことを言ってしまった僕は、再びカークおじさんに後始末をお願いした。
いかんな……。ただでさえ怪しい覆面男だというのに、さらに自分で怪しさを深めてしまっているじゃないか……。
「まぁ教会のお爺さんも材木屋も知り合いだから、上手いこと伝えておく」
「すみません、お手数おかけします」
「いいさ」
いやはや、カークおじさんには世話になりっぱなしだ。後でちゃんとお返しをしないとだね。
「それで、実際のところはどうだったんだ? 人界の木を見たかったんだろ?」
「あー、そうですねぇ……」
お店で木材を見させてもらい、じっくり観察したのだけれど……。
「――少し厳しい意見になるかもしれませんが、よろしいですか?」
「え?」
「正直なところ、木材の質では我がメイユ村の方が上かと」
「あ、そうなのか」
「はい。カークおじさんには申し訳ありませんが、私はそう判断させていただきました。恐縮です」
「なんだその喋り方……。いや、俺は別に全然構わないんだが……」
カーク村に住むカークおじさんには、少しショックな結果だったかもしれない。
だがしかし、木工エルフとして嘘は吐けない。カーク材木店よりも、フルール工務店の方が上だと僕は判断した。
「それは仕方ない。なにせ私達が住んでいるのはエルフの森。木で負けるわけがない」
「なるほど。そう考えると確かにそうですね、負けるわけがないです」
「というわけで、ごめんカークおじさん」
「申し訳ありませんカークおじさん」
「おう……。別に構わないんだが、そう謝られると、なんだか少し悔しい気持ちになるな……」
なんとなくジスレアさんと二人で謝罪したわけだが――というか、あんまり謝っていない気もする。二人でマウント取っただけだな。木マウントだ。
「といっても、今回買った木も悪い物ではないので、普通に活用させていただきます」
「ああ、まぁそうしてくれ」
全体的に見たらエルフ界産の方が上だと思うけど、人界産もそう悪い物ではなかった。
その中でも良さげな木をチョイスしたので、たぶん普通に使えるだろう。
「さて、それじゃあ次に行くか」
「後は食料ですね」
「そうだな。いくつか回ろう。日持ちする物がいいんだろ?」
「はい。よろしくお願いします」
さてさて、人界の食料とはいったいどんな感じなのか。
果たしてエルフ界の物より上なのか、それとも下なのか。
……ひょっとすると、ここでもマウントを取ることができるだろうか?
◇
パンを買った。
「美味しいですね」
「ん、そうか、それは何よりだ」
いろいろと食料品店を案内してもらった後、最後にパン屋さんに連れてきてもらったので、パンを買った。
日持ちするパンを買ったのだけど、すぐに食べられるパンも買ってみた。
僕はジスレア水が入った水筒を片手に、もそもそとパンを頬張っている。なかなか美味しい。
「こっちはどうだ? エルフ界とは何か違うか?」
「……ふむ」
チラチラとこちらを見ながら、そんなことを尋ねるカークおじさん。
案外カークおじさんは、木でマウントを取られたことを気にしていたのだろうか……。
「パン自体はあんまり変わらない気がしますね。美味しいですよ?」
「ほー」
普通に美味しい。美味しいパンだ。これではマウントを取ることができない。
「食べていて、どこか気になるところはないか?」
「気になるところ? 気になるところといえば……覆面のせいで、少しだけ食べづらい点でしょうか」
「それを俺に言われても……」
「いや、聞かれたので……」
食べていて気になったことを、正直に話しただけなのだが……。
まぁ確かにそれはパンの出来には関係がないし、カークおじさんに話しても仕方ないことではある。
「さてと、これで教会と材木屋にも行ったし、食料も確保できたな」
「カークおじさんのおかげです。ありがとうございました」
「いいさ。それで、あとはなんだったかな。なんか他にも言っていたよな?」
「他に?」
「なんだか無理めな希望を出された気がする」
「えーと……? あぁ、ごはん屋さんと旅館とお土産屋さんですか」
そういえば最初にそんなお願いをしたっけか。
とりあえず希望を伝えるだけ伝えたのだけど、どのお店もないという話だった。
「まぁこうして食べ物自体は買えたわけで、ごはん屋さんは解決したと言えなくもないですよね」
「そうか?」
「そうですとも。ありがとうございました」
無事に食べられているわけだし、一応はクリアだろう。
そうなると、あとは旅館とお土産屋さんだが……。
「泊まるところはどうしたものですかね。どうしましょうジスレアさん」
「テントを張ろうか」
「なるほど……」
せっかく村に着いたというのに、やっぱりテント泊なのか……。
まぁこの村には宿もないとのことで、それも仕方ないか。
それじゃあ空き地でも探して、テントを張らせてもらおう。
……通報されたりしないか、少し心配ではあるけれど。
「……なぁ、それなら俺の家に泊まっていくか?」
「カークおじさんの?」
「アレクの言っていた『設備の充実した旅館』でもなんでもないし、空いている部屋を一部屋貸すくらいしかできないが、テントよりはマシだろう」
「ほうほう」
「どうする? もちろん二人がよければだが」
そんな提案をカークおじさんがしてくれた。
どうしようか? とりあえずジスレアさんを見て、指示を仰ぐが――
「うん。迷惑じゃなければ、泊まらせてほしい」
「ああ、構わない。二人とも同じ部屋でいいんだろ?」
「大丈夫。ありがとう」
というわけで、今日はカークおじさん宅に宿泊することが決まった。
――決まったのだ。ジスレアさんと同室で宿泊が、決まってしまったのだ!
……うん。まぁテント生活中だって、毎日同室だったけどね。
でも普通の部屋で同室ってのは、なんかちょっと趣が違う気がする。なんかちょっとドキドキするかもしれない。
「よし、これであとは土産屋だけか」
どうやらカークおじさんは、僕の願いをすべて叶えてくれるつもりらしい。
わりとその場の思い付きで適当に言った部分があるので、なんだか申し訳ない。
「といっても、よく考えたら今お土産を買ってもしょうがないんですよね。故郷に帰るのは、まだまだ先ですから」
「ん、そうなのか。どのくらい旅をするんだ?」
「二年ほど旅をしてくる予定です。ですので、この村でお土産を買うとしても二年後ですね」
どうせこの村には戻ってくるのだから、二年間持ち歩く必要もないだろう。帰るときに買えばいい。
「そうか、二年後か」
「二年後に、何か買わせていただきます」
「……まぁ、そもそもこの村には大して土産になりそうな物もないんだがな」
「ふーむ……。なんだったら、さっき買ったパンでもいいような気がしますけど」
「パン?」
日持ちする方のパンなら、ここからメイユ村に帰るまでは余裕でもつ、それをお土産にしてしまえばいい。
「でも、パンはあんまり変わらないんだろ?」
「いいんですよ。それでも一応は人界のパンなんですから、人界のカーク村のパン――カークパンとでも言っておけば、それなりにありがたい物に感じるはずです」
「そんなもんか……」
「そんなもんですよ」
幼馴染のみんなはエルフ界から出たことがないし、ローデットさんもないと言っていた。そういった人達なら普通のパンであっても、話の種くらいにはなるだろう。
みんなでカークパンをついばみながら、『あんまり変わらないねー』なんて話をしたら、そこそこ楽しめるだろうさ。
なんてことを考えた僕ではあるが……やっぱりちゃんとしたお土産も欲しい気もするよね。
できたら――ペナントとか。
カーク村ペナントとか、カーク村キーホルダーとか、そんなのがあったらよかったのに。
ジェレッド君辺りに、プレゼントしたかったのに……。
……いっそのこと、この村の人に依頼して作ってしまおうかな。
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