第324話 ディース教
「僕は別に、教会の女性や材木屋さんの女性と、お喋りをしたいと思ったわけではないです」
「そう?」
「そうですとも」
僕はジスレアさんに、しっかりとその旨を伝えた。
そりゃあまぁ、その施設の人達がお爺さんとおっさんだと聞かされ、少し残念に思ってしまった僕がいるのは事実。
だがしかし、純粋に人界の教会や木材が気になったのも事実なのだ。そういう真っ当な理由があったということも、ちゃんとわかっておいてほしい。
「すまん。二人がなんの話をしているのか、俺にはわからないのだが……」
「え? あぁ、えぇと……」
そう聞かれても、困ってしまう。なんて答えたらいいものか。あまりにも説明のしようがない話だ。
僕がカークおじさんへの返答を迷っていると――
「アレクは、女性と遊ぶために教会や材木屋や診療所へ通っている」
「えぇ……」
ジスレアさんが説明してくれた。とても端的に説明してくれた。
……とはいえ、わりと語弊がある説明だと思う。
一応はそのためだけではない。鑑定や木材の購入や治療という、ちゃんとした目的もあるというのに……。
……あぁもう、カークおじさんが僕に訝しげな視線を向けているじゃないか。
「女性目的で通うのか……」
「そして、アレクは女性にプレゼントやお金をばら撒いている」
「アレク……」
それはまぁ、確かにそうなのかもしれないけど……。だからって、そんな暴露をしなくてもいいじゃないかジスレアさん。
「えぇと、つまり教会や材木屋や診療所の女性に、アレクはアプローチしているのか? そのために通っているのか?」
「その中でも、特に診療所へは足繁く通っている」
「そうなのか……。じゃあもしかして、診療所の女性が本命なのかな」
「その通り」
何故か自慢げにそんなことを断言するジスレアさん。
別に診療所通いの頻度が特別高いってわけでもないのだけど……。
いや、まぁいいか……。
「それで……どうするアレク?」
「はい?」
「さっきも話した通り、教会はお爺さんで材木屋はおっさんだが、どうする?」
「いや、行きますよ……」
ここで『じゃあ止めます』なんて言ったら、本当に女性目的だったことにされてしまう。
「あ、僕はそれでいいですけど、ジスレアさんはどうですか? どこか寄りたいところはないですか?」
「ん? んー、食料かな。食料を調達したい」
「ほう、食料」
なるほど。食料は大事だ。
……うん、そうだな。僕なんてもう観光気分で浮かれていたけど、今は旅の途中だった。
旅を続けるための物資を、きちんと調達しておかねばならない。
その辺り、冷静に判断できるジスレアさんはさすがだ。
何やら先程から微妙な発言を繰り返していたような気もするが、さすがは旅慣れていると噂のジスレアさんである。
「というわけでカークおじさん、水と食料を調達したいです」
「水?」
「……あぁ、水はいらなかったですか」
こういった場面、普通なら水と食料はセットだと思っていた。だがよくよく考えると、水はいらなかったな。
なにせ僕らには、ジスレア水がある。どこの天然水よりも貴重で美味しいと噂の、ジスレア水があるのだ。
「それでは、食料を買えるところへ案内してもらえますか?」
「ああ、任せろ。いくつか回ってみよう」
よしよし、これで大まかな予定が立ったな。目指すは、教会と材木屋と食料品店だ。
「それじゃあまずは――教会かな。それから材木屋に行くか。その途中で、食料を買える場所にも寄るとしよう」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしく」
「おう」
というわけで出発だ。さぁ行こう。――いざ、教会へ。
……まぁ、待っているのがお爺さんかと思うと、やっぱりどうしても気合は入らないけど、とりあえずは出発だ。
◇
相変わらず、道行く人々に不審な目を向けられながら村の中を進み、十分ほど歩いたところで人族の教会に到着した。
近くから建物をしげしげと眺めてみるが、見た目的には普通の民家と大して変わらない。
ひとつ違いがあるとすれば――
「教会のマークですかね」
「ん? あぁ、あの十字か?」
「はい。あの十字はいったい……」
教会の壁面には、木製の十字架が掛けられていた。
教会と十字架……。前世の感覚ならば、違和感はない。
だがしかし、この世界にはC教もないだろうし、磔にされた人もいないだろう。だというのに、いったい何故十字架が……。
「あれは、ディース教のマークだな」
「………………」
ディース教……。
そんな名前なのか……。
いや、別におかしいことではない。ディースさんはこの世界の創造主であり、神様なのだ。
そんなディースさんを崇めるのも自然だし、その宗教を『ディース教』と呼ぶのも、これまた自然。
……とはいえ、なんとなくモニョモニョする。
僕からすると、ディースさんは古い知り合いってイメージも強くて、そんな知人の名前が付いた宗教ってのは、どうにも不思議な感覚だ。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもないです。それで、あの十字がディース教のマークとのことですが」
「あぁ、なんか知らんが創造神ディースは、こうやって手を広げるポーズが有名らしくてな」
そう言って、両手を水平に広げるカークおじさん。
なるほど、確かに十字に見える。それで十字架がシンボルになっているのか。
――そういえば、ディースさんも自分でこんなポーズをしていたな。
こんな創造神っぽいポーズをしながら、『私が創造神ディースよ』とかなんとか言っていたっけ? それで、人族の町にはこのポーズの神像が奉られていると聞いたような気がする。
「エルフの神は、世界樹だったか? じゃあ十字はないのか?」
「そうですね。教会のシンボルマークは大樹を模したものでした」
「ほー」
もうあの大樹マークにもだいぶ慣れ親しんだ感があるけれど、やっぱりこの十字架マークにも馴染み深いものがあるねぇ。
「……というか、普通にここまで来てしまったが、アレク達は入っていいのか?」
「はい? 何かまずいんですか?」
「だってここは、人族の神を崇める人族の教会だぞ? エルフ的に入っていいのか……?」
「え? あっ……」
そうか、忘れていた……。僕達エルフからしたら、ここは異教徒の教会だった。
あるいはひょっとすると、エルフ族的にディース教は邪教……? ここは邪神ディースを崇める、邪教の館だった可能性も……?
それは、まずいな……。興味があったもので、ついつい普通に案内してもらってしまったが……。
「あの、もしかしたらまずいですかね……?」
「ん? いいんじゃない?」
「いいんですか?」
「別にいいと思う」
おそるおそるジスレアさんに尋ねてみたら、あっけらかんとした言葉が返ってきた。
別にいいのか……。そりゃあ神様達の裏事情を知っている僕からすると、実際にはなんの問題もないことを知ってはいたけど……。
「だけど、アレクが世界樹様より創造神ディースを信仰するなんてことになったら、たぶん世界樹様はションボリする」
「あぁ……。それは、えぇと、そうなんですかね……」
別にディース教に入信し、ディースさんを信仰するつもりもないのだけど……。
しかし、それを今言うわけにもいかない。
きっと今もディースさんは天界から僕を見ているだろうし、そんな中で『信仰しない』なんて発言したら、むしろディースさんの方がションボリしてしまう。なんという板挟みなのか。
それにしても……もしも本当にどちらかを選ぶとなると、それは結構悩むな。
どっちの神様にも、大層お世話になっている僕だ。ディースさんに転生させてもらったおかげで、今僕はこの世界で楽しく生きている。チートルーレットでもらった景品にも助けられている。
一方で、ユグドラシルさんにも助けられている。日頃からお世話になりっぱなしで、迷惑かけっぱなしで、助けてもらいっぱなしだ。
そう考えると、結構悩む。
心情的にはユグドラシルさんなんだけどね。まともだし真面目だし慈愛の心に溢れているし……。
だけどディースさんにも、感謝してもしきれないほどの恩があるような気も……。
ふーむ。悩みどころだ。
「さて、それじゃあ行くとするか」
「あ、はーい」
なんとなく考え込んでしまっていたら、カークおじさんに声を掛けられた。
というわけで『どっちの女神様を取るか』なんて、そんな益体もないことを考えながら、僕は教会へ向かう。
――女神様といえば、もう一人関わりの深い女神様がいたような気もするが……最近は残念な姿しか見ていないせいか、その女神様のことはすっかり忘れたまま、僕は教会へ向けて歩を進めた。
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