第322話 いざ、カーク村
さぁ出発だ。いざ、カーク村!
「なぁアレク」
「はい? なんですか?」
「俺はまだ、おじさんじゃないと思うんだ」
「はぁ……」
いざ出発しようという段になって、カークおじさんがそんなことを言い出した。
「……えっと、年齢を聞いても?」
「三十一だ」
「三十一歳ですか……」
三十一歳。やっぱりおじさんじゃないの……?
いや、おじさんというにはまだちょっと若いか?
「ですが、少なくとも『お兄さん』じゃないですよね?」
「それはまぁ、そうなのかな……。まだ『お兄さん』でもいけるんじゃないかと、思わなくもないんだが……」
ふむ。まぁ言いたいことはわかる。これでなかなか精悍な顔立ちをしているカークおじさんだ。おじさん呼ばわりは抵抗があるのだろう。
「でもそうか、アレクはエルフだから、感覚が少し違うのかもな」
「あー、そうかもしれませんね。僕の村とか、若く見える人しかいないですし」
「若く見える人?」
「大体二十代から三十代くらいに見える人しかいないです」
「ん? それは、人族の年齢で言うとって話だな?」
「あわわわわ」
ついうっかり前世の感覚で話してしまった……。
そっか、エルフの僕が『二十代から三十代』とか言うと、なんかややこしくなるのか。
「そういえばアレクはいくつなんだ?」
「あ、はい。僕は十六です」
「十六か、見た目通り若いんだな」
「そうですねぇ」
そう。そうなのだ。見た目も若く、実年齢も若いのだ。
――決して四十三歳だったりはしないのだ。
「じゃあ仕方ないのか……。若いエルフのアレクから見たら、俺はもうおじさんなのか……」
哀愁だ……。おじさんの哀愁を感じる……。
「……まぁ俺がおじさんなのはさておき、もうひとつ気になることがあるんだが」
「なんでしょう?」
「カーク村に住んでいるおじさんを『カークおじさん』と呼ぶのなら――この村には、結構な数の『カークおじさん』が住んでいるぞ?」
「それは…………盲点でしたね」
それはうっかりしていた……。結構な数のカークおじさんがいるのか……。
結構な数のカークおじさん……どことなく文面が怖い。
まぁ全員を全員『カークおじさん』と呼ぶわけでもないし、大丈夫だとは思うけどね。
「そういえば、別に僕が『カークおじさん』と名付けたわけじゃないんですよね」
「うん? 違うのか?」
「違うの?」
僕の発言に、カークおじさんだけでなく、ジスレアさんも食いついてきた。
「突然そう呼び出したから何かと思った。アレクじゃないの?」
「ナナさんが名付けたんですよ」
「あぁ、そうなんだ」
まぁ名付けたというか、便宜上そう呼んだだけだった気もするけど。
「ナナ? えっと、誰だ?」
「アレクが家に住まわせている女性」
「アレク……」
もうちょっと言い方はなかったのかジスレアさん。カークおじさんが呆れているじゃないか。
……まぁ実際その通りではあるんだけどさ。
実際その通りで、その説明で間違っておらず、まるっきり正解だったりもするのだけれど。
「愛人みたいな感じか……?」
「違いますよ。そういうんじゃなくて、もっとなんというか……父と娘みたいな感じですかね」
「父と娘……?」
「そんな感じです」
「愛人よりも、もっとおどろおどろしい何かを感じるんだが……」
「うーん」
残念ながら、僕とナナさんの関係性を上手く伝えることができなかったようだ。カークおじさんはちょっと引いている。
「とにかくですね、ナナさんに『カーク村でおじさんと話した』と伝えたところ、ナナさんが『カークおじさん』って命名したんですよ」
「……異国の地で、いつの間にか妙な名前を付けられていたのか」
前回会ったときに、カークおじさんの本名を知ることができなかったからねぇ。それで仕方なく便宜上の名前を……。
……まぁあのとき本名を聞けていたとしても、どうせ僕は覚えなかっただろうけど。
「ナナといえば、今アレクが着けている覆面も、ナナに協力してもらって作った物」
「……そのナナって人は、止めなかったのか?」
「ナナは大絶賛だった」
「……どうにも突飛で奇抜な人柄みたいだな」
それはもう、その通りだと思う。
「というか、そろそろ行きましょうか」
「あぁ、そうだな。すまん、ずいぶん話が横道にそれてしまった」
「いえいえ」
いざ出発しようとした後で、妙に会話が広がってしまった。
まぁ僕は話を脱線させることに定評がある人なので、それも仕方がない。
だがしかし、そろそろ行こう。そろそろお喋りは切り上げて、出発しよう。
「ではでは、よろしくねヘズラト君」
「キー」
僕はヘズラト君に一声掛けてから、颯爽とヘズラト君の背中に飛び乗った。
さぁ出発だ。いざ、カーク村!
「あ……。なぁアレク、それはなんだ?」
「はい? あぁ、はい。ありがとうございます」
「うん? 何がだ?」
「え? 僕の騎乗シーンについてじゃないんですか?」
「……え?」
あれ? 違うのか?
僕の騎乗シーンを見て、感銘を受けたんじゃないの? 格好良いと褒めてくれたんじゃないの?
「アレクは日頃から、ヘズラトに格好良く乗ろうと努力している。褒めてあげてほしい」
「そうなのか……。えぇと、格好良いなアレク」
「……ありがとうございます」
せっかく褒めてもらったけど、あんまり嬉しい気持ちが湧いてこない。
というか恥ずかしい。相当小っ恥ずかしい勘違いをしてしまった気がする。
「それはともかく、その大ネズミ。……大ネズミだよな?」
「ええはい。大ネズミのヘズラト君です」
「キー」
そういえば、カークおじさんにヘズラト君のことを紹介していなかったっけ。
一応はモンスターであるヘズラト君が隣で佇んでいたというのに、平然と会話を続けていたカークおじさんは、なかなかに豪胆だな。
「なんでか服も着ているし、普通に大人しくしていたし、敵ではないんだろうとは思っていたんだが……」
「僕の召喚獣です」
「召喚獣?」
「僕は『召喚』スキルを持っているので」
「え? あ、すまん」
「いえいえ、大丈夫です」
カークおじさんから謝罪を受けてしまった。どうやら人族の間でも、『他人のステータスを知りたがるのはスケベ』という価値観があるらしい。
とはいえ、こればっかりは説明しないとどうしようもないからね。
「『召喚』スキルで、大ネズミを召喚できるんですよ」
「はー。そうなのか」
「それで、旅の間はこの子に乗って移動しています」
「なんでだ?」
「はい?」
「なんでわざわざ大ネズミに……?」
「え? あ、えぇと……」
なんでって……。それは、その……。
「アレクは足が遅い」
「…………」
言葉に詰まっていたら、ジスレアさんが説明してくれた。とても端的に説明してくれた。
「あっ……。えっと、遅いというか……あんまり速くはない」
ストレートに『足が遅い』と言われてしまい、少しションボリしていた僕に気付いたジスレアさんが、軽く言い直してくれた。
「それで、ヘズラトに乗ったらいいんじゃないかって話になった」
「そうですね。ジスレアさんにそんなアドバイスをしてもらいましたね」
「うん。これも私のアイデア」
何やら少し自慢げなジスレアさん。
「そうか、それで大ネズミに……」
「本当は私が背負子でアレクを背負っていこうと思ったんだけど、それはイヤだと言われたから」
「そりゃイヤだろ……」
あったなぁそんなこと……。
やっぱりイヤだよね。カークおじさんは、僕の気持ちをわかってくれたようだ。
「とりあえずそんなわけで、大ネズミのヘズラト君です」
「ヘズラトか」
「キー」
ペコリと丁寧にお辞儀をするヘズラト君。
「『どうぞよろしくお願いします』的なことを言っています」
「今日会った人の中で、一番まともに見えるな……」
どういう感想だ。……いや、実際そうかもしれないけど。
「なんだか普通の大ネズミとは違うな。綺麗な大ネズミだ」
「おっと、お目が高い。どうです? ちょっと触ってみますか?」
「え?」
「さぁさぁ」
「あ、ああ、そこまで言うなら……」
是非撫でてあげてほしい。
そしてカークおじさんも、ヘズラト君の素晴らしさを知っていただきたい。
「どうです、お客さん」
「お客さんってなんだ……。でも、うん。なんかふかふかしてる……」
自慢の毛並みである。
「村に着くまでは乗っていこうかと思います。ヘズラト君も頑張って旅をしてきた仲間ですし、村の中に入るのはまずいでしょうけど、せめて着くまでは」
「そうか……。よし、それじゃあそろそろ行くとするか」
「はい。出発しましょう」
さぁ出発だ。いざ、カーク村!
……さっきからずっと掛け声だけで、実際にはちっとも出発していなかったけれど、いい加減そろそろ本当に出発だ。
いざ、カーク村!
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