第316話 真・Dメール
『世界樹様の迷宮』6-1雪エリア。
自作したかまくらの中で、僕とナナさんはぼんやりしていた。
「お餅でも焼きたいね」
「そうですねぇ」
かまくらの中央にIHの魔道具を置き、お湯を沸かしてお茶なんぞを入れていたのだけど、なんとなく餅でも焼きたい気分になってきた。
長年エルフの生活をしてきたエルフボディの僕は、普段日本食を恋しいと思うことはほとんどない。
しかし今日ばかりは、雰囲気的にお餅を焼きたい衝動に駆られていた。
「ときにマスター」
「うん?」
「このままぼんやりしていて、よろしいのですか? もうだいぶぼんやりしましたが」
「そうも、ぼんやりぼんやり言わんでほしいのだけど……」
なんだか僕が、いつもぼんやりしている子みたいに聞こえるじゃないか。
「他に何かしませんか?」
「んー? 他にって?」
「例えば――そりでも乗りますか? 一応持ってきましたよ?」
「そりかー」
そりなぁ。確かに雪の坂をそりで滑っている人達も結構いるようだけど。
「ちなみに私は、かなり上手いです」
「そりに上手いとか下手ってあるの……?」
「ありますとも。体重移動だったり足を使ったりで、ある程度は操作できます。そして私は『騎乗』スキルがあるので、その操作がかなり上手いのですよ」
「へー」
何かと万能だよね、『騎乗』スキル。いったいどこまで適用されるのか、いつか検証してみたくある。
「そういえばマスターは、今も浮き輪を持っているらしいじゃないですか」
「え……? えっと、まぁ持っているけど……」
「浮き輪でも、そり遊びができそうじゃないですか?」
「うーん……」
いや、確かにそういう人達も見かけるんだ。雪の坂を浮き輪で楽しそうに滑っている人達を、確かに見かける。
たぶんあの浮き輪は、湖エリア用に僕が作ったやつだろう。その浮き輪をそり代わりに、結構なスピードで滑り落ちている様子を確認できる。
「けどなんか、くるんくるん回っているけど……」
滑り落ちながら、浮き輪が回転しちゃってるんだけど……。
ろくに掴むところもない浮き輪で、くるくる回転しながら猛スピードで滑り落ちている……。
「スリルはありそうですね」
「見ているだけで恐怖だわ……」
あれはちょっとやりたくないな……。投げ出されて転げ落ちる未来しか見えない。
みんなは生身で転げ落ちても怪我ひとつしないからやっているんだろうけど……。
「というか、スキーとかもあるんだね」
「そのようです。普通に前からあったみたいですね」
この世界にもスキーは普通に存在していたようだ。二枚の長いスキー板に乗って、斜面を華麗に滑り降りてくる人も見かける。
「やっぱりナナさんはスキーも上手いの?」
「おそらくそうだと思いますが……乗ったことがないので、なんとも」
「あれ? 乗ってないの?」
「スキー板がないのですよ」
「あぁ、そっか」
まぁこの辺りは雪も多くないし、スキー文化もあんまり根付いていなかったはずだ。そのため村に存在するスキー板の数も少なく、ナナさんまでスキー板が回ってこないのだろう。
「現在ジェレパパさんが、必死に生産している最中です」
「あ、そうなんだ……」
「かなりの地獄を見ているようです」
「…………」
そうなのか……。悪いことしちゃったな……。
まさか僕が旅に出ている最中に、そんな地獄が始まっていようとは……。
「後で、ジェレッドパパさんの様子を見に行こうかな……」
「マスターも地獄に付き合うおつもりで?」
「まぁ、そうなるのかな……」
「そうですか。私も陰ながら応援しますね」
「…………」
なんという他人事。僕達のせいでジェレッドパパが地獄を見ているというのに……。
ナナさんも『木工』スキルを持っているわけで、手伝いができると思うのだけどねぇ……。
でもまぁ、ナナさんとジェレッドパパは相性が極めて悪いからな。いろいろ難しいところだ。
「そんなわけでスキーはできませんが、どうします? そりに乗ってきますか? 浮き輪がイヤなら私のをお貸しますよ?」
「んー。どうしようかな……。僕もみんなみたいに、ひょいひょい坂を登れたらいいんだけどね」
そりもスキーも、当然のことながら滑るためには斜面を登らなければならない。みんなは板を小脇に抱えて、ひょいひょいと坂を駆け上がっている。みんなリフトいらずだ。
さすがに僕は、あんなふうに坂を登ることはできない。
のそりのそりと登っていくことになるのだが……そのときの視線がつらそうだ。
「……いいや。今日はもう十分動いたし、かまくらでぼんやりしている」
「なんとまぁ……」
ナナさんが、ダメな子を見るような視線を僕に投げかけてくる。
別にいいじゃないか。今日はかまくらでぼんやり。これでも楽しんでいるんだ。これはこれで、雪エリアを堪能している最中なんだ。
◇
引き続き、かまくら内でぼんやり中。
餅はないので、かわりにパンを焼いていた。焼けるパンを眺めながら、ぼんやりしている。
「大ネズミのフリードリッヒ君は元気に駆け回っているというのに、マスターはえらい違いです」
「元気だね、フリードリッヒ君」
最初は三人でかまくらに入っていたのだけど、どうやらフリードリッヒ君は、もっと全身で雪を感じたいようだった。
僕はそんなフリードリッヒ君のうずうずとした様子を察したので、『行っておいで』と外に送り出した。
そうしたところ、フリードリッヒ君は雪原を元気に駆け回り、楽しそうにはしゃいでいる。
普段は冷静で落ち着いている雰囲気のフリードリッヒ君だが、今はとても楽しそう。童心を得たのだろうか。
「あ、そうだ。フリードリッヒ君といえば……」
「はい?」
「フリードリッヒ君と――会話ができるんだ」
「……はい?」
「フリードリッヒ君と会話」
「……いえ、どういう意味ですか? 以前からマスターは、フリードリッヒ君と会話をしていたと思いますが」
ふむ。まぁ順を追って説明した方がいいか。
「えぇとだね、とりあえずDメールがあるじゃない? 『ダンジョンメニュー』」
僕はいつものワードを唱え、目の前にダンジョンメニューを開いた。
そこに表示されたダンジョン名――現在は『パリイダンジョン』となっている。
……これはあれだな。昨日の鑑定で『パリイ』取得を知ったことについて、喜びの声を送ったんだっけか。
「今は『パリイダンジョン』となっている、このダンジョン名。これってフリードリッヒ君も変更できるんだよね」
以前ナナさんとDメールでやり取りをしていたとき、フリードリッヒ君に入力をお願いしたことがあった。
あのときわかったことだが、フリードリッヒ君はダンジョンメニューが見えるし、触れることもできる。
「このダンジョン名機能を使えば、フリードリッヒ君と会話――筆談ができるんだ」
今までは僕が適当に翻訳していただけだったけど、これならフリードリッヒ君も、自分の言葉を正確に相手へ届けることができるのだ。
「はぁ」
「あれ?」
……なんか反応が微妙だな。
なんで? すごくない? 前世でも、犬の言葉を翻訳できる玩具が発売されたときは話題になっていたよ?
結構売れていたらしいし、スマホアプリにもなっていたよ? 名誉があるんだかないんだかわからない賞も貰っていたよ?
「フリードリッヒ君との筆談は、私も前からやっていました」
「え、そうなの?」
「二人で行動することも多いので、そのときはメニューを使って筆談していました」
「あ、そうなんだ……」
なんだそうか。もうやっていたのか……。
……ちょっと恥ずかしいな。世紀の大発見だと思っていたのに、すでに時代遅れの技術だったとは。
「……ん? いや、だけど僕は気付かなかったよ? 今まで、そんなふうに二人がやり取りをしている様子のダンジョン名はなかったと思うけど」
「ダンジョン名ではなく、『メモ』を使っていましたから」
「……メモ?」
「メニューの『メモ機能』です」
「メモ機能……?」
なんだそれは……。そんなのあったか? 知らない。僕は使ったことがない。
「『詳細設定』の欄にあるのですよ」
「あー……」
どうやら、あの恐ろしく項目の多い詳細設定欄のどこかにメモ機能があるらしい。
「ちょっと待ってくださいね、今開きます。『ダンジョンメニュー』」
ナナさんも呪文を唱え、自分のダンジョンメニューを出現させた。
出現したメニューは二つ。画面部分とキーボード部分だ。
ナナさんは画面部分を指でつらつらと操り、それから僕に画面を見せてきた。
「これです。これがメモ機能です。私がフリードリッヒ君とやり取りをするときは、これを使っています」
ナナさんのダンジョンメニューは、一部が四角い空白部分になっていた。これがメモ機能で、ここに文字を入力することができるらしい。
「こうやって文字を打つことで――」
ナナさんがキーボードをカタカタとタッチすると、何も書かれていなかった空白部分に――
『*ゆきのなかにいる*』
……何そのワープに失敗したときのような、不吉な文章。
そりゃあかまくらの中だし、『ゆきのなか』と言っても間違いじゃないだろうけど……。
「あれ? というか、この記号はなに?」
「アスタリスクですが」
「アスタリスク……? いや、記号の名称を聞いているわけじゃなくて、記号も打てるの?」
「打てますよ?」
そう言って、ナナさんが再びキーボードを打つと――
『ネコと和解せよ(ΦωΦ)』
顔文字まで……。というか、なんだその文面は……。
「もしかして、句読点とかも打てるのかな?」
「そりゃあ打てますよ。メモなのですから、そのくらいは普通に打てます」
まぁそうか、メモだもんな。ダンジョン名とは仕様が違うのか。
「なるほど……。それは便利そうだね。そのメモ機能ってのは、詳細設定のどこにあるんだろう?」
「ちょっといいですか」
僕も自分のダンジョンメニューでメモ機能を呼び出してみようと、相変わらず狂ったように項目が多い詳細設定をスライドさせていると、ナナさんが横から手を伸ばしてきた。
そのままナナさんは指で項目をスライドさせていき……高速でスライドさせ続け、しばらくしたところでピタリと指を止めた。
するとそこには――『メモ帳』の項目が。
「ここです」
「…………」
ダメでしょこれ。
メモ帳をそんな面倒くさいところにいれるのはダメだろう……。
そんなんじゃ、気軽にメモを取るとかできないよ。メモを取る前に、メモしたい内容を忘れてしまうよ……。
まぁせっかく探してくれたのだからと、一応メモ帳を開いてみると――
『*ゆきのなかにいる*』
『ネコと和解せよ(ΦωΦ)』
――なんて文章が現れた。
「やっぱりメモも共有なのか」
「そのようですね。ですからマスターも、ここへプライベートなメモ書きなどは残さない方が賢明かと」
「ふむ……」
「というか私が困るので、やめていただきたいです」
別に僕も、そんな内容のメモを取ったりはしないと思うけど……。
「というか、メモ機能のある場所だよね。さすがに見付けづらすぎるよ」
「もっとわかりやすい場所にあったら、Dメールとして使えたのかもしれませんけどね」
「記号や句読点も使えるし、便利だっただろうね……」
改行もできるし、語尾に『ダンジョン』も付かない。そんな優れたDメール――『真・Dメール』になれる可能性もあったのにねぇ……。
残念ながら、これでは使えない。そもそもこのメモ機能に、僕が再びたどり着けるかすら疑問だ……。
next chapter:第三回世界旅行




