第311話 『光るパリイ』
一ヶ月ぶりの鑑定を行ったところ、僕は『剣』スキルのスキルアーツ――『パリイ』を取得していた。
……ついでに複合スキルアーツ、『光るパリイ』も取得していた。
さすがに早すぎやしないかい? なんでもう光ってるの? もはや若干恐ろしく思えてきた。いったいなんなのだ、この光るシリーズは……。
まぁ『光るパリイ』はともかく、『パリイ』自体は普通に気になる。
おそらくこのスキルアーツは、僕が想像するあの『パリイ』だろう。相手の攻撃を華麗に受け流す、例のあれだ。
となると、僕一人で試し打ちはできない。相手が必要だ。
訓練場辺りで、大ネズミのフリードリッヒ君かミコトさんに来てもらって試すってのもありかもしれないが――
ミコトさんとか、普通に僕の脳天目掛けて思いっきりハンマーを振り下ろしそうだ……。
なんかミコトさんなら、うっかりそんなことをしそうだ……。『パリイ』しそこねたら、またすぐジスレア診療所行きになってしまうやつだ……。
いや、それどころか普通に死にかねん。なにせミコトさんのハンマーは世界樹の槌。世界樹の槌で頭をぶん殴られたら、そのまま普通に逝く可能性すらある……。
というわけで、今回は父に手伝ってもらうことに決めた。
やはりここは父だな。最近は『森の勇者』の方をフィーチャーされがちな父だが、なんといっても父は剣聖。『森の剣聖』でもあるのだ。
きっと『パリイ』の試し打ちも、上手く協力してくれることだろう。
それに、せっかく覚えた『剣』スキルのアーツだ。やはり最初は父に見せたい。
たぶん僕を褒めてくれるし、喜んでくれるはずだ。
ってなわけで、自宅に戻ってきたのだが――
「ただいまー」
「おかえり」
「あ、母さん、ただいま」
帰ってきて、ひとまず台所へ向かうと、リビングにいた森の賢者が――
「今、母はひどい侮辱を受けた気がします」
「ごほっ、ごほ……」
台所で手洗いうがいをしている最中、背後からそんな言葉を投げかけられ、思わずむせてしまった。
相変わらず母は鋭いな……。
心の中で『森の賢者』と呼んだのがいけなかったか……。別にゴリラ扱いしたつもりはなかったのだけど……。
「いや、別に僕は侮辱なんてしていないよ?」
「そうかしら?」
「そうともさ。――それより母さん、それは何を編んでいるのかな?」
「これ? これはアレクの服よ? 冬用の」
「ほうほう」
上手く誤魔化すことに成功した。何よりである。
さておき、椅子に座ってチクチクと編み物をしていた母だが、どうやら僕の冬物を編んでいたらしい。
それはありがたい。防寒着は大事。いつできるのだろう? 第三回世界旅行には着ていけるかな?
あ、というか……そうか、第三回世界旅行は、ちょうど冬に出発ってことになるのか。
改めて考えると、それはちょっと大変そうだな。冬の旅か……。
「ねぇ母さん、冬の旅って大丈夫かな?」
「何が?」
「だって冬の野宿とか、うっかりテントで凍死したりしそうじゃない?」
寝ているうちに、うっかりぽっくりとか、冬なら普通にありえるよね……。
あ、もしかしてジスレアさんと二人で体を温め合うことに――!?
「暖房用の魔道具を使えば問題ないでしょ」
「そっか……」
なんだ……。
「あれ? いや、それこそ本当に大丈夫なの?」
「何が?」
「……死なない?」
「何故……?」
一酸化炭素中毒で……。
「あぁ、そういえば狭い場所で火を焚くと、命を落とすこともあるそうね」
「あ、うん。それそれ」
さすがだ。名称は知らないまでも、その事象を母も知っていたらしい。さすがは――――さすがだ。
「けれど魔道具の場合は問題ないわ。そんなこと起きないから」
「へー」
そうなのか……。まぁ何かを燃焼させているってわけでもないし、平気なのかね。
いつも思うけど、魔道具って基本的にぶっ壊れ性能だよね。誰もが使える日用品的な魔道具でも、性能が狂っている気がする……。
「あ、ところで母さん、父はいないのかな?」
「ついさっき出かけたわね」
「ありゃ、ついさっきか……。いつ帰ってくるの?」
「夕食までには戻ると言っていたけど?」
「ぬー」
そうか、それは失敗したな。『パリイ』の実験をしたかったのだけど、父が帰ってくる頃には、もう辺りは暗くなってしまっているだろう。
……いや、それこそ『光るパリイ』を試すには絶好のシチュエーションではあるかもしれないが、とりあえず最初は普通に明るい中で試したい。
もっと早く帰ってくればよかったな。ついでとばかりに、教会の後でフルール工務店に寄ってしまったのが失敗だったか。
……まぁ久しぶりにフルールさんと楽しくおしゃべりできて、僕的には失敗どころか大満足ではあったのだけど。
「何か用事?」
「ん? あー、んー……いや、別に」
「そう?」
仕方がない。『パリイ』の試し打ちは明日の朝、いつもの早朝訓練で行おう。
母も頼めば手伝ってくれると思うけど……母の場合は、矢とか魔法とかが飛んできそうだしな……。
◇
翌朝、ウキウキしながら早朝訓練に向かった僕は、さっそく『パリイ』のことを父に伝えた。
「へぇ! そうなんだ、ついにアレクも『剣』のスキルアーツを!」
「うん。ようやく取得したんだ」
「そっかそっか、おめでとうアレク」
「ありがとう父」
うんうん、やっぱり最初に父へ報告してよかったな。
我が事のように喜んでくれる父に、なんだかほっこりする。
「『パリイ』ってことは、攻撃を受け流すアーツなのかな? そういえばアレクは、そういうのが得意だったね」
「いやいや、別に得意ってほどじゃあないけどね?」
確かに僕は普段の訓練でも、相手の攻撃をそらすことに重点を置いていた。
なんといっても僕は『器用さ』極振り仕様なので、その『器用さ』を活かして戦うことを心掛けていたのだ。
「じゃあアレク、さっそく使ってみようよ」
「あ、最初は普通にアーツなしで捌いてみてもいいかな? 比較したいんだ」
「なるほど。うん、いいよ」
「ありがとう。それじゃあ、よろしくお願いします」
僕は父に向かって、丁寧に礼をした。
父も頷き返してから、僕に向かって剣を構えた。
「準備はいいかな? いくよ?」
「うん、お願い」
「てい」
「てい」
上段から振り下ろされた父の剣を、僕は横から払うようにいなした。
よくよく考えると、これも普通にパリイだよね。
アーツなしで素の状態だけど、パリイと呼ばれるものだ。素のパリイ――素パリイだ。
「いい動きだね」
「ありがとう。じゃあ次は、『パリイ』を使ってみるね?」
さて、いよいよ本番だ。さぁさぁ、いったいどんな効果が現れるのか。
期待と不安に胸を膨らませながら、再び剣を構えた父をしっかりと見据え――
「いくよー、てい」
「『パリイ』!」
「おぉ」
父の剣に合わせて、『パリイ』を発動させた。
やっていること自体は変わらないものだと思う。振り下ろされた父の剣を、僕は剣で払うようにいなした。
「あーあーあー、そうか、こんな感じなのか」
「どうだった?」
「なんか父の動きがよく見えた気がする」
発動させた瞬間、父の動きや剣の軌道を、しっかり見極められた気がする。
それと同時に、自分がどう動けば相手の攻撃を上手く対処できるか、頭の中にイメージが浮かんだ。
「あとは体が勝手に動いてくれた感じ」
「へー」
完全に自動ってわけでもないのだけど、頭の中のイメージ通り、体を自然に動かすことができた。見えない力に補助されたような感覚もあった。
「父的にはどうだった?」
「うん。やっぱりアーツを使っていないときよりも、上手く受け流されたかな。バランスを崩されそうになったよ」
「ほー」
なるほどなるほど。まぁ軽くお世辞が入っている気もするけどね。実際にはそこまでじゃないだろう。
見たところ、最初の素パリイと『パリイ』で、父の動きは変わらなかった。いくらスキルアーツとはいえ、これで簡単にバランスを崩す剣聖様じゃあないだろう。
「上手く使えば、そのまま相手を転ばせることもできるんじゃないかな?」
「ほうほう」
いつかこれで、父をすってんころりんさせてみたくもある。
「じゃあもう一度――と言いたいところだけど、その前にこっちも試してみようか……」
「こっち?」
「『光るパリイ』の方も……」
「え? あぁ、またヒカリゴケのやつ……?」
「うん」
「というか、もう覚えているの……? さすがに早くない……?」
そんなことを言われても困る。僕だってそう思うけど、もう生えてきちゃったのだから仕方ない。
というわけで、一応こっちも試してみよう。どうせろくでもないアーツなんだろうけど、一応はやっておこう。
「じゃあ父、もう一回お願い」
「うん……」
再び剣を構える父に対し、僕も剣と呪文の準備をする。
「いくよー、てい」
「光るパ――」
あ、呪文が間に合わん。
「あれ? アレク、今のは?」
「速いよ父」
「えぇ……?」
『パ』の辺りで、剣が届いてしまった。
その結果、『光るパリイ』は発動せず、素パリイになってしまった。
……まぁ父に文句を言うのも違うか。次はもう少し急いで言ってみよう。
「もう一回お願いできる?」
「うん。……ゆっくりやった方がいい?」
「あー。さっきと同じでいいよ? 次はもうちょっと早口で挑戦してみる」
「そっか。じゃあ、いくよー――てい」
「『光るパリイ』!」
かなり早口で言ったため、なんかもう『ヒカァパリ!』くらいの発声だった気もしたが、一応はどうにか発声できたと判断されたようで、『光るパリイ』の発動に成功した。
とりあえず上手に受け流すこともできたし、体から魔力が抜けた感覚もある。
「父、一応発動したみたいだけど……あ」
「…………」
父が持っている木剣に――光る苔がもさりと生えていた。
「やっぱりそんな感じかー……」
「うん……」
今までの光るシリーズ同様、相手にヒカリゴケを生やすアーツらしい。
「……とりあえず取っていい?」
「いいよ?」
僕が答えると、父は自分の剣に付いた苔を手でむしり始めた。
「別に毒があるとかでもないんだよね?」
「大丈夫」
なんならその苔は、食べても大丈夫な苔らしい。
「……前から思っていたんだけど、これはなんなの?」
「ヒカリゴケだけど」
「いや、それは知っているけど……なんの意味があるの?」
それは僕が聞きたい。
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