第307話 カーク村
そわそわしたり、病気になったり、怪我をしたり、棒切れでしばかれたり、父に関して衝撃の事実を知ってしまったり……。
いろいろと濃い二週間ではあったが、ようやく僕達は、最初の目的地であるカーク村にたどり着いた。
「おー、見えてきました。あれがカーク村ですか」
「うん。一日遅れちゃったけど」
「いえいえ、ほぼジスレアさんの読み通りですよ。さすがですね」
「ありがとう」
出発から二週間でカーク村に到着するとジスレアさんは予想したが、実際には二週間と一日。
確かに一日だけズレてしまったわけだが、ほぼ読み通りと言っていいだろう。
ヘズラト君の動きを少し見ただけで、ここまで正確に予想できるのはすごい。
「いやー、それにしても緊張します。なにせエルフ族以外の人間と会うのは初めてですから」
うまく異文化コミュニケーションをとれるか、少し心配。
「きっと大丈夫。カーク村の人達はみんな温厚」
「なるほどなるほど」
温厚な人達なのか。そう聞くと、少し安心。
うん、まぁたぶん大丈夫だろう。なんとなく、そんな気もする。
僕も今世ではエルフ族だけど、前世では人族だったわけだし、おそらくは大丈夫だと――
……うん? あれ? いや、別に僕は元人族ってわけでもないのかな?
てっきり人族は、いわゆる普通の人間っぽい感じだと勝手に想像していたけど……実際のところはわかんないよね。
どうしよう。なんかすごいの来たら……。
肌が緑色で、頭はスキンヘッドで、髪の毛がない代わりに頭から触覚とか生えていたら、どうしよう……。
「キー」
「ん?」
ここへ来て余計な心配事が増えてしまい、僕が無駄に頭を悩ませていると、大ネズミのヘズラト君が話し掛けてきた。
「どうしたの?」
「キー」
「あっ……。いや、でも……」
「キー」
「そっか、それは確かにそうかもしれないね……」
うーん……。とはいえ、それもなんかちょっとなぁ……。
「ジスレアさんはどう思いますか?」
「まず訳してくれると助かる」
「……あ、失礼しました。実はですね、『カーク村に向かう前に送還してほしい』と、ヘズラト君に言われまして」
「送還? ヘズラトを?」
「はい。召喚獣とはいえ、モンスターの自分が村に現れたら、村の人達を驚かせてしまうかもしれないと……」
「あー。そうか……」
ヘズラト君の言うことはわかるんだけど、ここで帰しちゃうのもなんかね……。
ヘズラト君も今まで頑張ってきたわけで――というか、僕を背に乗せてずっと運んでいたヘズラト君は、むしろ僕より頑張っていたんじゃないかな……。
そんなヘズラト君が、ようやくたどり着いたカーク村に入れないのは可哀想だ。このイベントを体験できないのは、あまりにも不憫に思える。
「ヘズラト君は服も着ていますし、清潔感もあってモフモフしています。そこまで怖がられることもないと思うのですが……」
「うん。そもそも大ネズミを怖がる人なんて、あんまりいないだろうし」
「…………」
「…………」
いや、その物言いは、なんかちょっと微妙だけれども……。
ヘズラト君の方も、なんとも言えない表情をしている。
「だけど、子供とかは怖がるかもしれない」
「あー……」
そっか。小さい子からしたら、やっぱり怖いか。
んー。それは本意ではないな。それは子供も可哀想だし、ヘズラト君も可哀想だ。
まぁ少し時間があれば、子供の方こそヘズラト君に懐きそうな気もするけどねぇ。
「とりあえずアレクは初めてカーク村に行くわけだし、最初はアレクだけの方がいいかもしれない」
「やっぱりそうですよね……。第一印象は大事です。いきなりモンスターを引き連れて村へ入るのは、常識がない人物だと思われてしまいます」
「うん。アレクの言う通りだと思う」
「あ、すみません。これはヘズラト君に言われたことです」
「そう……。ヘズラトは本当に賢いね……」
賢くて、よく気が付く自慢の召喚獣だ。
「それじゃあ送還しようか、ごめんねヘズラト君」
「キー」
「ありがとう。タイミングを見計らって、また召喚するから」
「キー」
「じゃあ、『送還:大ネズミ』」
「キー……」
僕はヘズラト君から降りて、軽く抱擁を交わした後、ヘズラト君を送還した。
よし。それじゃあ頑張ろう。ヘズラト君の気持ちを無駄にしないためにも、頑張って異文化交流を進めよう。
「ではジスレアさん、カーク村に向かいましょうか」
「うん。……うん?」
「どうかしましたか?」
「あれ」
「おや?」
ジスレアさんが指差した先を見ると、僕達と同じように、カーク村へ向かう人影が見えた。
「やや。あれはもしや……カーク村の人ですかね?」
「たぶんそうだと思う」
外へ出かけていて、村に戻ってきた人だろうか? 目をよく凝らすと――
「おおぉ……。普通のおっさんだ……」
普通のおっさんが、歩いている……。
エルフのように若々しい美形でもなく、とりあえず緑色でもない。いわゆる普通の人間が、テクテクと歩いている。
……なんだかむしろ安心感を覚えるな。
メイユ村には若い美男美女しかいないから、むしろああいう普通のおっさんにホッとする。どことなく親近感を覚える。
「……は、話し掛けてみてもいいですか?」
「ん? うん」
「そうですか……よし、じゃあ行きましょう」
さっそく交流することにした僕は、ジスレアさんと一緒に、普通のおっさんに向かって歩き始めた。
いやはや、やっぱり少し緊張するね。
◇
「こ、こんにちはー」
とりあえず挨拶をしながら近くまで寄ったところ、普通のおっさんは足を止め、こちらに視線を寄越した。
うん? 正面からじっくり見てみると、あんまりおっさんって感じでもないかな? 三十代半ばくらいで、体も引き締まっていて、そこそこ精悍な顔付きをしている。
装備を見に纏い、マジックバッグらしき物を担いでいる姿から想像するに、狩りでもしてきた帰りだろうか。
「いやー、どうもどうも」
「…………」
「僕達はエルフの森から旅をしてきた者でして、ちょうど今ここへ着いたんですよ。もしかしてカーク村の方ですか?」
「…………」
「えーっと……あ、今日は狩りですか? どうです? 何か取れました? 見た感じ、そういう装備かなーって、そんな印象を……えっと……はい」
「…………」
……かなりフレンドリーに話し掛けてみたはずなのに、普通のおじさんからは返答がない。無言だ。ずっと無言である。
なんか間違っただろうか……。
緊張のため、少し早口になってしまった気がするけど、そのせいかな……。
普通のおじさんは、何やら驚いたような表情でこちらを見ている……。
「あー、その……あれですね、今日はいい天気ですね。最近は涼しくなってきて、すごしやすい季節になりましたよね」
「…………」
「だいぶ暑さも収まった感じで……。ねぇ、そんな感じで……」
「…………」
とりあえず切り替えて、季節の話題から始めてみたのだけど、やはり言葉は返ってこない。
会話の取っ掛かりに最適な、季節の話題という無難なテーマで攻めてみたのに、おじさんは何も言葉を返してくれない。
季節の話題なのに……。僕が絶対の信頼を置く、季節の話題だというのに……。
「いや、あの……」
「…………」
「は、ハウアーユー?」
「…………」
ダメか……。
もしかして、エルフ族と人族では使用する言語が違ったりするのかなと考え、英語で挨拶をしてみたのだけど、やはりダメだった。『アイムファインセンキュー』とも返ってこない。
……まぁよくよく考えると、これで返事が来るのもおかしな話だけど。
いやしかし、これはいったいどうしたものか――
「こんにちは」
「…………え? あ、あぁ、こんにちは。……アンタはあれだな、少し前にも村に来たな」
「うん」
僕の後ろで様子を見守っていた――というか、様子を見かねたジスレアさんがおじさんに話し掛けると、あっさりと言葉が返ってきた。
え、なにそれ……。じゃあなんで僕は……。
「それで確か、名前が――」
「ジスレア。それで、この子はアレク」
「どうもー……」
「…………」
やはり僕には返ってこない。
なんなのだいったい。ひどいじゃないか。なんで僕だけ無視するんだ。ここまで露骨に無視を――いや、無視ってわけでもないのか、なんかガン見されているし……。
「今日は話ができてよかった。ありがとう」
「あ、あぁ。それじゃあ……」
「うん。じゃあ」
会話を切り上げる判断をしたらしい。ジスレアさんは別れの挨拶を送り、おじさんも村へ向けて歩みを再開した。
時折こちらを――というか僕をチラチラと振り返りながら、遠ざかっていくおじさん。
「……なんかダメでしたかね?」
おじさんを見送ってから、僕はジスレアさんに問いかけた。
「いや、アレクがダメだったわけでは――ん、まぁたぶん原因はアレクにあるんだけど」
「えぇ……?」
僕が原因なのか……。
なんだろう……。やっぱり一番最初に季節の話題から始めるべきだったのかな……。いの一番に、初手季節の話題で……。
「これはちょっと、対策が必要かもしれない」
「対策ですか……?」
わからないけど、対策でどうにかできるならしてほしい。あそこまで会話ができないのは、さすがにつらい。
……というか、そもそもの原因を教えてほしいのだけど?
「とりあえず出直そう」
「はい? えっと、つまり今はカーク村には寄らないんですか?」
「うん。戻る」
「戻る?」
「メイユ村に」
「メイ…………え?」
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